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43話 環境汚染、PTE『polluting the environment』の調査依頼

「行った場所はファッションホテルね。他にも言い方があるけど、それを採用した理由は」

「あまり直截的な言葉を使いたくなかったので」


 このレポートを書いているとき、横で知紗兎さんが見ていたという理由もある。はっきりと記載するのは気まずかったのだ。


「選んだのは天蓋付きベッドのある宿泊所。まずは調査を開始。研究目的であり、使用には当たらないと。わりとグレーな気がするけど、なんで調べたの?」

「知紗兎さんが興味津々で、止められなかったのです」


 文言に『使うべからず』とあるのに、嬉々として確認していた。といっても別に特別な機能があるわけじゃない。すぐに調べ終わった。


「そういえば彼女、いいとこのお嬢様だっけ。こういうホテルとは無縁かな」


 天目財閥は宿泊施設の経営もしていたはず。それも全国展開だ。どこに行っても泊まる場所には困らないだろう。

 だけど主に富裕層向けで一般には知れ渡っていないため、いまいち話を聞いてもピンとこない。ロイヤルスイートに招待しようかと言われて、反応に困った覚えがある。


「きっと見慣れない内装が珍しかったのでしょう」

「まあ、人の好奇心は止められないからね。それで次、ここで机に向かったと」


 そこまで言ったとき、情報屋の目が鋭くなる。


「ベッド以外で四つ足といえば、まず机や椅子を思い浮かべますので」

「そして叡智を高める――高速思考術の訓練を実施」


 この部分は迷った。勉強でもすればいいかと思ったけど、それだけでは弱い気もした。知識を深める勉強と叡智を高めることを同じに捉えていいかも分からない。そこで知恵の根幹となる思考力を上げる訓練をしたのだ。


「とはいえ時間内だと基本を説明するだけでしたけど」

「問題ないわ。面白いことを思い付いたわね。捗った?」


 高速思考術を簡単に言うと、頭の回転を速くする技術。俺は山崎という友人から練習の方法を聞いた。一緒に教本も貰っている。今回、それを活用したわけだ。

 だいたい二時間くらいだったか。基礎の部分を丁寧に繰り返している。


「思ったより集中できましたよ」

「それはよかった。あれは使いこなせると便利だから頑張ってね。なんでも達人になると、周囲の時間が遅くなったような感覚を得るらしいの」


 山崎から聞いたことがある。半信半疑だけど、あいつなら可能かもしれないな。そんな雰囲気を感じたのだ。


「ところで彼女、26歳だったはずよ。レポートの内容だと大はしゃぎなのだけど、話を盛ってる?」

「……全て事実です」


 なんというか物珍しそうに部屋の中を探り回っていた。そして備品の一つ一つを真剣にチェック。

 ただ分からないことを俺に聞くのは困った。某道具のメーカーには詳しくない。というか、なぜ知っていると思ったのか極めて遺憾である。


「楽しそうで微笑ましいわね。――さて今回も問題なし。これ、次の課題」

「拝受します」


 渡されたのは小型の封筒。中には謎かけのような文言が入っているはず。これも知紗兎さんと二人で見るよう指示されている。とりあえずカバンにしまい、戻ってから確認だ。分かりやすい指令だったらいいけど。


「それでは次の調査依頼を聞きましょう」

「環境汚染について、調べてください」


 隠し財宝の件に関係があるかもしれないのだ。まだ捜索の仕事を開始するには時間がある。しかし念のため、事前に周辺地域の情報を集めたところ変な噂が流れていた。曰く、手あたり次第に自然を掘り返しているとか。その結果、周辺の土壌に悪質な変化が起きたらしい。そのせいで本家と分家で揉めていたとも。

 結局、本家は別の件で失脚。環境に関しては、うやむやになってしまった。


「つまり、PTE『polluting the environment』を探るのね」


 こちらの狙いを察してくれたようだ。それと本格的に財宝を探すなら、地形への影響を考慮しなければならない。そのための情報もほしい。


「よろしくお願いします」

「うん、任せて。今回の課題は次の仕事が終わってから対応してね」

「しばらく遠出するので、ありがたいです」


 俺たちの動向を把握しているのか疑うくらい、ベストタイミングで情報を渡してくれるからな。


「じゃあ、もう私は行くわ」

「ありがとうございました」


 情報屋が後ろを振り返ると、長い髪が目に移る。正面からだと分かりにくいが、知紗兎さんと同じくらいの長さかな。

 ふと気が付いたら、姿が見えなくなっていた。いつものことで、だんだん慣れてきたと思う。さて、事務所に戻ろう。




 天目探し屋事務所の仕事部屋に入ると、中から冷たい空気を感じた。最近は夜も暑過ぎるから、冷気が心地よい。

 紙とパソコンを交互に睨みつけていた知紗兎さんが顔を上げる。


「お帰り。だけど情報屋に会ってから、そのまま自宅に戻ると言っていたような。もしや差し入れか? 差し入れだな!」

「それもありますよ」


 俺は近くの店で買ったコンニャクゼリーを机に置く。夜も遅いので、糖分の高い菓子は控えたのだ。

 それから二人分の紅茶を淹れる。


「おお、ありがとう。ちょうど何か腹に入れたいと思っていた」

「ゼリーとはいえ、食べすぎに注意してください」

「わかったよ。でも三つくらいなら構わないだろ?」

「まあ、それくらいなら大丈夫では」


 言いながら自分の分も取り出した。――量は少ないため、すぐ食べ終わる。そのあとは紅茶を飲みながら話をしよう。

 それと忘れないうちに情報屋から預かった資料を渡す。封筒の中には紙と一緒にフラッシュメモリが入っていた。こちらは後で確認しよう。


「今日は例の男と会う、そう言っていなかったか?」

「谷町との話し中に連絡をもらったのですよ」


 簡単に経緯を説明すると、知紗兎さんは軽く頷いた。そして俺に左手を伸ばす。これは次の課題を出してくれという意思表示だな。

 俺はカバンから小型の封筒を取り出して開けた。知紗兎さんが横に来て、隣から覗き込む。


『東の京に聳える洋館。天に登りし階梯を踏みしめた。臥房に向かいて安臥の時が到来する。止まり木で休むこと禁じてはならない。眠りも語りも等しく価値あり。安寧こそ活力の源に』


 彼女が声に出して読み上げた文を頭の中で反芻。すぐにでも対応できそうだが、情報屋は次の仕事が終わってから対応するように言っていた。指示は守るべきだ。


「ところで明日は休みだぞ。どうする?」

「貰った資料を確認しておきましょう。数日後には東京を発つ予定ですし」

「なら休日返上か。昼食にラーメンが食べたい」


 また唐突だな。とはいえ昼なら時間もあるし問題ない。二つ返事で了承した。




 翌日の午前中。昨晩の内に煮卵を作っておいた。水を多めに入れることで、漬け込み過ぎを防止。食べる頃には良い感じになる……はず。

 今回の麵は強力粉と薄力粉を9:1の割合にした。ちょっと薄力粉が少ないのは色々と分量を試しているからだ。麺をこねていると、知紗兎さんが姿を見せた。


「おお、やっているな」

「できるまで、まだ時間が掛かりますよ」


 俺は手を止めて、顔を彼女に向けながら答えた。どうやら冷たい飲み物を取りにきたらしい。冷蔵庫から緑茶を取り出している。少し疲れがあるようだな。資料の確認に手間取っているのかもしれない。


「私は戻る。それでは頑張ってくれ」

「知紗兎さん、ほどほどに休憩してください」

「わかったよ」


 彼女が右手をヒラヒラさせながら、俺に背を向ける。ともかく作業を続けよう。やっと麵が打ち終わった。あとは時間を置き、その間にスープを作る。

 今日は混合削り節と昆布で出汁を取る。今日の朝、事務所へ来てから昆布を水に入れておいた。鍋を火にかけ、沸騰直前に取り出す。そこに混合削り節を加えて、アクを取りながら弱火で煮出した。火を止めて混合削り節が沈むまで待つ。あとはザルとキッチンペーパーでこせば出汁の完成だ。


 丼を用意して中に醤油、めんつゆ、鶏がらスープの素を入れる。それから具材の用意。チャーシュー、もやし、メンマ、ナルト、煮卵を準備した。

 鍋で麺を茹でること三分。丼に出汁を投入して、調味料と混ぜる。そこへ茹でた麵を絡ませ、上にトッピングを追加。


「完成だな!」


 いつの間にか知紗兎さんが来ていた。手が空いているらしい。せっかくなので、冷蔵庫からサラダを出してもらう。

 時間は正午前か、ちょうどいいな。そして二人の昼食が始まる。穏やかな時間が好ましい。


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