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42話 情報屋からのメール

 夜7時に起こしてくれ、そう彼女は言った。現在時刻は6時58分。案の定、起きる気配がない。

 ベッドの上、黒い下着姿で眠っている。たぶん風呂に入ったあと、そのまま寝てしまったのだろう。煽情的な姿で目のやり場に困る。


「知紗兎さん、起きてください」

「ぐ~ぐ~」


 いや、絶対に目覚めているだろ。声に出して『ぐ~ぐ~』言う人、初めて見た。


「所長、もう時間ですよ」

「……依頼人が不在のときは所長と呼ばないように」

「やっぱり起きているでしょう」


 とりあえず着替えてほしいと思う。これから知紗兎さんは書類仕事を片付ける。その一つは俺と梨恵さんで作成した報告書のチェックである。おそらく客は来ないだろうけど、今の姿で仕事は問題だ。


「クローゼットから着替えを出しますよ」

「はあ、わかったよ。黒のレディーススーツを頼む」

「了解です」


 言われた通りの服を出す。彼女は動きやすい装いを好むけど、もう今日は外出の予定はない。激しい運動はしないので、このスーツでも大丈夫だろう。


「賢悟も残らないか?」

「いえ、今日は約束がありますので」

「そうだった。優秀じゃない方の情報屋と会うらしいな」


 酷い言われようだ。


「あれでも長所があるのですよ。噂話に関しては、わりと詳しいと思います」

「へえ、そうなのか。まあ仕方ないから、一人で頑張るとするよ」


 ちょっと気落ちしている。こちらの話が終わったら、差し入れでも持ってくるとしよう。おそらく俺の用事は時間が掛からないはず。少しだけ仕事の話をしつつ、一杯やるだけだからな。

 知紗兎さんに挨拶をしたら事務所を出た。すでに梨恵さんは退勤しているため、事務所に残るのは知紗兎さんだけ。入り口の鍵を掛けておくように頼まれたので、忘れずに対応。外に出ると肩掛けカバンの位置を変え、歩きやすいようにした。




 電車を使い品川まで移動。あまり滅多に行かない場所だけど、今日は向こうから指定があった。駅から少し離れた居酒屋で待ち合わせだ。教えられた店名を頼りに目的の場所へ行く。約束の時間には少し早いか。ゆっくりと街灯に照らされた道を進んだ。

 スーツに身を包んだサラリーマンや、学生らしき人たちの姿が見える。また鬼の面を被り、真っ黒な忍び装束を着ている者も。至って普通な光景だ。店の近くまで来ると、相手から電話がきた。もしや遅れるという連絡か?


『店に着いたっす! 中で待ってるっすよ!』


 予定の時間より早い。今回は遅刻しなかったようだ。了承した旨を告げ、電話を切る。待たせるのも悪いし、少し急ごう。

 ようやく居酒屋に到着。中に入り、先に来ている者の名前を告げる。該当の席に案内してもらうと、すでに先客は一杯やっていた。


「元気だったか」

「安海さん、久しぶりっすね!」


 こいつは谷町。情報屋だ。知紗兎さん曰く、優秀じゃない方の。実際のところ、専門知識や調査能力は高いと言えないだろう。ただ顔が広く、噂話を掴むことには長けている。

 先に料理は頼んであるらしい。とりあえず俺は生ビールをもらう。卓上の端末を操作して注文。すぐに運ばれてきた。それと同時に料理もくる。本題に入る前に、先にいただくとする。


「――それで例の件は?」


 酒と料理を一通り楽しんだあと、話を切り出した。少し気になることがあって、谷町に調査を頼んだ。内容は現代版七つの大罪事件に関する書き込みについて。

 きっかけは知紗兎さんの疑問。誰が最初に言いだしたのか、それを知りたい。


「オレの仲間に当たってみたんすけど、みんな話題になってから書き込んだって」


 最初に『現代版七つの大罪事件』と書き込まれた日付は判明した。だけど口頭で噂が広がったのは、それよりも早いみたいだ。

 世間に出回った最初の事件は『TD』である。つまり麻薬の使用。その詳細が知られたときには、すでに大罪事件として噂が広まっている。


「やはり誰かが意図的に情報を流したかもしれない」

「あ~、そうっすね。タイミングが良すぎるような」


 このことに意味があるかは分からない。だけど知紗兎さんの直感は信憑性が高いのだ。調べてみる価値はあると思う。


「悪いが引き続き調査を頼む」

「ういっす。代わりに良い情報があったら回してください」

「了解」


 教えられるのは当たり障りのないことに限るけど、それでも助かっているとか。各地の激安商品やサービスの情報なども商売にしているらしい。また少し変わった店の紹介も行うみたいだ。

 俺も穴場のボードゲームショップを教えた。店内のマナーも合わせて伝えたら、わりと喜ばれた。


「最近、探し屋の仕事はどうっすか?」

「ま、ぼちぼちさ」


 さすがに居酒屋で詳細は話せないな。飲みながらだし、無難な説明に終始した。そして酒も進んだころ、スマホの着信音が鳴る。これはメールか。雑談しながら、内容を確認した。


『資料、用意完了。いつでも受け渡し可能。今日くるなら場所を送るわ』


 これは情報屋からだ。谷町ではなく、かなり世話になっている方の情報屋。早く受け取った方がいいな。今から伺うと返信。ちょうど前回のレポートを渡したいと思っていたから好都合。


「悪い、仕事だ。天目探し屋の名前で、領収証を貰っておいてくれ」

「こんな時間に大変っすね」


 支払いは割り勘。伝票を見てから、半分より多めの金額を置いておく。こちらの都合で話を打ち切る詫びである。それと領収証の件で手間をかけるからな。

 まだ谷町は飲むらしい。見送りを断り、店を出る。




 指定された場所は夜の公園だ。俺の居場所は教えてないはずだけど、当たり前のように近くの公園を指定されている。中に入り、人気の少ない場所を探す。


「こんばんは、早かったわね」


 唐突に後ろから声を掛けられた。人の気配は感じられなかったが、いつものことだと気にしない。

 情報屋の女性。服装は前と変わらずか。キャスケット帽を被って、コートを着ている。マスクとサングラスで顔を隠すのも一緒だ。夜とはいえ今は夏。暑くないのかな。


「たまたま近くにいたもので」

「あら、そうなの。偶然ね」


 ちょっと、しらじらしい。おそらく分かっていて連絡したと思う。どんな方法か分からないけど、顧客の居場所を把握しているという噂があった。

 とにかく用事を済ませよう。俺がレポートを渡すと同時に、彼女から封筒を受け取った。封筒の記載を見る。


 CSI『causing social injustice』、社会的不正に関して。


 初期に起きた事件を見て、声を上げた人たちがいる。その場所は長野県の山奥。天目探し屋が請けた隠し財宝の捜索も長野である。影響があるかもしれない。念のため、調査を頼んだ。


「こちらも確認させてもらうわね」

「お願いします」


 今回の課題は少し気まずかった。彼女は金銭の代わりに、特殊な報酬を要求することがある。全員ではなく、特定の人間に絞っているらしい。その一人が俺だ。

 彼女が出すテーマに沿って行動し、内容をレポートにして提出。また条件として知紗兎さんも一緒に行うよう言われている。今回のテーマを記したメモを見た。


『感情と欲望が集いし四角の箱。色を好みし者たちが訪れるだろう。中に見えるは天が蓋われた四つ足。されど使うべからず。目指すべき四つ足は異なる物。叡智を高めることも人の欲』


 今までの傾向から、なんとなく場所の検討は付いた。実際に行ってみると、中に入った知紗兎さんが楽しそうで驚いた記憶がある。お嬢様育ちだからな、彼女は。きっと新鮮だったのだろう。

 情報屋はレポートに目を通している。その間に俺も資料を確認した。まだ世間に出回っていない内容が多数。裏付けも信頼できそう。やはり優秀だ。


「いくつか質問するわ。準備はいい?」

「大丈夫ですよ」


 俺は資料をカバンにしまい、代わりに手帳を取り出す。万全の態勢で臨みたい。


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