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40話 新たな仲間(第一章エピローグ)

「沢村梨恵、23歳。都内の大学卒業後に一人暮らしを始める。文房具の製造会社に就職。休職届を出していたが、現在は正式に退社。そして天目探し屋の事務としてアルバイトを開始」

「こんな感じでどうでしょう、梨恵さん?」


 これは天目探し屋の社員名簿。正確には、その草稿だ。ノートパソコンの画面に表示してある。要約を本人に読み上げてもらい、間違いがないかの確認を頼んだ。住所や電話番号なども記載しており、社外秘の資料となる。これを基にして全文を仕上げたら、改めて見てもらう。


「大丈夫です、賢悟さん!」


 彼女は大きく頷いた。それから知紗兎さんにも一通り目を通してもらう。これで問題ないそうだ。

 今から二人で事務所の中を見て回るらしい。俺は自分の仕事を続けよう。今回の依頼について、報告書を作成しないと。正確には追記・修正だな。毎日のように、新しい関連情報が出る。さらには情報屋から追加で貰った資料もあった。それらをまとめておく。




 俺たちが東京に戻ってから、約二週間が経過。所長は研究所で起きていた過去の実験内容を公表。


 告発文には『HE』の文字。つまり『human experiment』人体実験。


 中心人物である総務部長を始め、何人もの関係者が取り調べを受けた。規模こそ縮小されていたが各地で似たような施設を作っていたみたいだ。

 それから関連企業として、わりと大きな製薬会社の名前が挙がっている。世間で注目の的になった。


「案内、終わったぞ。賢悟、報告書の進み具合は?」

「問題ありません。昨日に公開された情報は記載しました」


 知紗兎さんに返答したあと、俺は席を立った。入れ替わりに彼女が座る。追記や変更点を説明しながら、内容をチェックしてもらう。――どうやら問題なさそう。満足したように彼女は頷いた。


「よし、確認完了」

「ところで梨恵さんの姿が見えませんね」

「風呂に入っている、一階にある来客用のやつ」


 唐突だな。


「急になぜ?」

「興味がありそうに見ていたからだ」


 かなり立派な作りで、さぞ驚いたはず。もしかして単に自慢したかっただけではないだろうか。

 だけど設備を確認することは悪くない。最近は忙しかったらしいので、骨休みになればいいけど。


「なるほど。そういえば彼女の近況は聞きました?」

「梨恵の両親についてか。夫婦でカフェを経営することに決定したみたいだな」


 ただし開店は少し先のことになるそうだ。そして娘は天目探し屋事務所で働く。これは能力の訓練も兼ねているとか。

 今日は案内と説明だけで、来週から勤務である。事務や経理が分散されるのは、本当にありがたい。


「お世話になった高宮先生や佐藤さんたちに、きちんと挨拶へ伺いたいですね」


 それから聞太さんの同僚――鈴木さんにも。違法と知らずにアンチエイジングの薬を買っていたみたいだ。今も同じ会社で働いているようだし、落ち着いたら話を聞きにいこうと思っている。少し前に連絡したら、一連の話を聞きたがっていた。

 あとは谷町から電話があったな。速度超過で免許停止中だと嘆いていた。完全に自業自得である。前の探偵社を退職してから、本当に情報屋を始めたとか。しかし苦戦しているみたいだ。さもありなん。




 ちょっと一息つこうと、俺は紅茶を用意する。知紗兎さんの分も一緒に淹れた。部屋の中に香りが漂う。


「そういえば、天目の研究チームから連絡があったぞ。賢悟に顔を出してほしいと言っていた」

「秘宝遺物『楽園生成』の件ですね」


 あれは天目財閥の研究機関に託した。しかし所有権は俺のまま。簡単な操作なら委託が可能だけど、複雑な使用は無理だった。そのため動作チェックを頼みたいのだろう。時間に都合がついたら訪問すると伝えておく。なんとバイト扱いで給料が出るらしい。


「ところで梨恵さんの歓迎会、場所は事務所で構いませんか?」

「問題ない。適当な理由を付けて外に連れ出すから、その間に準備を頼む」


 一応、歓迎会があることは本人に伝えてある。ただ場所は確定していなかった。せっかくだし事務所で行おうと提案したのだ。

 もしかして、このことを相談するために風呂を勧めたのだろうか。そして準備の段取りを確認。だいたい料理を並べるくらいだな。とりあえずデリバリーでピザを頼み、あとは肴になるものを作ろう。ここぞとばかりに知紗兎さんがリクエストをしてくる。できるだけ要望に応えるか。あくまで梨恵さんの歓迎会だけど。


「――素晴らしい体験でした!」


 どうやら風呂から上がったらしい。俺と知紗兎さんは話を切り上げ、梨恵さんに視線を向けた。


「よし、服を買いに行こう。変装用のやつだ」

「あ、目立たないようにですね。外出するなら、お気を付けて」


 探し屋の仕事は、訳ありの人や物品を捜索することもある。そのとき人目に付く服装は好ましくない。時と状況に合わせ、数種類の服を用意するのだろう。かつて俺も同じように購入した。事務所から費用が出て助かったのを覚えている。

 それからすぐに知紗兎さんと梨恵さんが買い物へ出掛けた。歓迎会は昼過ぎから始まる。昼食は取らずに帰るらしいので、手早く用意しよう。




 全ての準備が整った。二人が帰る時間に合わせピザを頼んだので、冷めない内に食べることが可能かな。

 荷物を置きにいった知紗兎さんが戻ってきた。少し遅れ梨恵さんも姿を見せる。


「お料理、ありがとうございます! でも歓迎会は夜からだと思っていました」

「こういうことは業務時間内に行うべきだ」


 どうやら知紗兎さんの持論みたいである。帰りが遅くなっても悪いし、いいことだと思う。


「二人とも座ってください、さっそく始めましょう」

「はい、失礼します」

「美味そうだな」


 俺の正面に梨恵さん、隣に知紗兎さんが座る。席に着くと、全員が杯を持った。乾杯の音頭は知紗兎さんに任せてある。


「ようこそ天目探し屋へ。歓迎しよう、乾杯!」


 短い言葉と共に歓迎会が始まった。三人が思い思いに飲み食いしながら、談笑を続ける。




 やがて料理も少なくなり、夕方に差し掛かる。もうすぐ片付けを始める時間か。そのときスマホから着信音が鳴り響く。これは仕事用の転送メールだ。


「知紗兎さん!」

「なんだ、仕事なら後にしてくれ」

「隠し財宝の捜索依頼です!」


 これは珍しい仕事だ。普段は遺失物やペット探しが多い。なんというか冒険心をくすぐる依頼である。いや、決して普段の仕事を否定するわけではないけど。


「ずいぶん嬉しそうだな。まあ、私も興味がある。詳しい内容は?」


 依頼の経緯を説明したファイルが添付されている。ざっと目を通しつつ、二人に説明した。

 連絡をくれた人は山奥の農村に住んでいるらしい。そこに各地の住民をまとめる有力な一族がいた。しかし本家が製薬会社と手を組んで、違法な薬の原料を栽培。今回の騒動で会社の行為が発覚し、本家にも影響が起きたみたいだ。平たく言うと失脚し、分家の一人が当主になった。


「もしかして依頼は元分家の人間か?」

「そうだと思います。当主を継いだときに屋敷内を確認したら、隠し財宝を示した古文書が見つかったとか」


 俺と知紗兎さんは顔を見合わせる。ほぼ同時に頷いた。


「この仕事、請けるぞ」

「了解です。さっそく返答しましょう」

「え~と、私は食器を洗いますね」

「すみません、梨恵さん!」


 本来なら俺たちが片付けをする予定だった。歓迎会の主役に任せるのはどうかと思うからだ。とはいえ状況が変わった。


「私は農村とやらを調べてみよう。いざとなったら天眼通の使用も辞さない」

「そのときは頼みました。だけど先に資料を当たってください。地方の風習なども確認しておかないと」


 付近の住民から不興を買うと、捜索に支障が出るかもしれない。あらかじめ注意事項をチェックしたい。

 とにかく俺はメールに返信だな。詳細は会って話したいらしい。スケジュールを見て都合のいい日を連絡。ほどなくして向こうからメールが届いた。


「知紗兎さん! 来週、依頼人が事務所に来るそうです」

「わかった。準備をしておく」

「まずは道具を点検しましょう。すぐに移動するかもしれません」


 俺は停めてある白色のワゴン車に向かおうとする。そのとき梨恵さんが片付けを終えて合流した。自動車に積む道具を説明していく。この中には人里離れた秘境の探索に使えそうな物もある。


「そういえば賢悟さんは冒険家を目指しているとか。怖くないですか?」

「まったく恐怖が無いと言えば噓になります。山の奥で誰にも知られず、まったく動けなくなることだって考えられるので」


 初めて知紗兎さんと会ったとき、互いに遭難しかけていた。楽観視はできない。充分に注意したい。


「安心しろ、私が君を見つけ出すさ。天の眼からは逃げられない」


 今は遭難の話をしているのに、なぜか逃走を前提に言われた。たぶん別のことを考えているのだろう。俺が失踪したら、どこまでも追ってきそうだ。

 しかし悪い気はしない。もしも彼女が姿を消したときは、俺も全力で捜索すると思う。天目探し屋の一員として、必ず発見してみせる。


今回の話で第一章が完結です。

第二章の開始は来月以降の予定となります。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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