4話 母親との面談
俺と知紗兎さんは、沢村良枝さんの前に座った。軽く会釈してから、自己紹介。相手は緊張しているようだ。
中途半端な時間だからか、店内に人は少ない。多少、踏み込んだ話も可能。
「さっそくですが、知っていることを教えていただけますか」
「わ、わかりました。ただ娘が全てを話しているはずです」
「人が変われば、見方も変わるでしょう。貴女自身の口から聞かせてください」
畳み掛けるように、お願いする。勢いに逆らえず、良枝さんは話し始めた。でも内容は娘さんの話と同じである。新しい情報は無い。
「それで待ち合わせ場所にいなかった理由は?」
「……ごめんなさい。少し時間が空いてしまい、休んでいたのです。気が付くと、時間が過ぎていましたわ」
知紗兎さんの問い掛けに、沢村さんは目を逸らしながら答えた。これは動揺しているみたいだ。
どうも腑に落ちない。間違いなく隠し事をしている。
「電話くらい出てもいいだろう」
「うっかりカバンに入れたままで、分かりませんでした」
「そうなのか。スマホを机の上に置き、相手が切るのを待っていたようだが」
「なっ、見ていたのですか!?」
確かに知紗兎さんは見ていた、天眼通の力で。そういえば、今はスマホを置いていない。煩わしくなって、しまったのかな。
「さて、どう思う?」
沢村さんは目を泳がせている。なんか尋問のように感じて、気が引けた。だけど知紗兎さんの力は情報が多ければ、それだけ精度が増す。どうしても関係者の話は必要である。
とはいえ今の雰囲気だと話しにくいと思う。俺は知紗兎さんに視線を向けると、彼女は無言で頷いた。少し話の矛先を変えたい。電話の件について、疑問に思ったことがある。
「ところで呼び出し音が続いていましたけど、留守電や伝言サービスは使わないのでしょうか。もし大切な情報を聞き逃したら、困ると思います」
「……機械の操作は苦手なので」
彼女の態度から嘘だと分かった。それから娘の沢村梨恵さんによると、自分より使いこなしているらしい。また苦手なら誰かに頼んでもいい。
しかし安易に嘘だと指摘するのはマズイだろう。相手を怒らせるかもしれない。ここは注意深く話を進めるべきだ。
「なにか事情があるなら、話していただけませんか?」
「捜索を続ければ、隠し事が判明するかもしれない。その前に明かしては?」
「あの、娘には秘密にしてもらいたいのです」
その場合、ちょっと困ったことになる。父親の失踪に関係が無ければ、もちろん構わない。だけど関わりがあったら、娘さんに伝える必要がある。そうでなければ契約違反だろう。
「すみませんが、話の内容によります。でも打ち明けるタイミングや方法などは、一緒に考えることが可能です」
これで受け入れてもらえると助かる。沢村良枝さんは下を向き、考え込んでいるみたいだ。
彼女にとって重要なことだろう。初対面の人間に話すのは、抵抗があるはずだ。やがて答えが出たのか、顔を上げた。
「わかりました。どうか聞いてください。夫の失踪理由について、心当たりがあります」
「ご存知だったのですか!?」
娘さんの話だと理由は不明だった。
「夫とは何年も会話が無く、あるとき離婚の決定をしました。失踪したのは、それから数日後のことです」
「断言はできないが、原因の一つとは考えられるな」
知紗兎さんは慎重に考え、判断を保留したようだ。確かに決定的とは言えないと思う。さらに詳しい話を聞く。娘の梨恵さんは大学合格後に一人暮らしを始めた。夫婦二人の生活になると、どんどん会話が減っていったという。家庭内別居に近い状況となったみたいだ。
そんな生活が続くこと数年ほど。梨恵さんの就職を機に、離婚話が持ち上がる。何度か話し合いをして、別れようと決めた。まだ離婚届けは出していない。
「……少し不自然だと思います」
「私も賢悟に同意する」
これだけなら、姿を隠す理由として弱い気がした。梨恵さんには、夫婦仲が悪いことを隠しておきたかったらしい。社会人になったばかりである。正式な離婚は、彼女が落ち着いてから切り出したいと。
重い雰囲気になってきたな。少し話題を変えよう。
「ところで今の生活は大丈夫ですか?」
「知人のカフェで働いていますので、一人で暮らす分には問題ありません。それと夫から生活費も送られています」
だけど可能なら手を付けたくないみたいだ。また良枝さんはカフェの個人経営を目指しており、勉強も兼ねて働いているとか。
「話は変わるが、沢村梨恵から電話があっただろ」
「貴方たちが来る、少し前にありましたわ。後で連絡しようと思っていますけど」
「ならばメールは見たか? まだなら確認するといい」
釈然としない感じではあるけど、良枝さんはバッグから携帯電話を取り出した。けっこう新しい機種のスマホである。
言われた通りにメールを確認しているようだ。
「え? 今、休職届を出したって」
「やはり知らなかったか。彼女は今日から、父親の捜索に専念すると言っていた」
「そんな、あれだけ頑張って就職した会社なのに……」
梨恵さんは母親に相談していなかったらしい。もしかしたら反対されると思っていたのかもしれない。
「それと離婚の件だが、彼女は薄々気付いているのだと思う」
「ご両親を心配されていましたから。様子が変だと考えても不思議はありません」
「なら夫を探しているのは、私たちを復縁させるために?」
可能性はあると思う。ただ依頼のとき俺たちに言わなかった理由は分からない。単純に確証が無かったからか。あるいは口にすれば、疑いが事実に変わりそうだと感じたか。
「そこは本人に聞くといい。今日は時間があるのだろう」
「……そうですね。これからは私も一緒に夫を探します」
「本気で探していなかったのは、もう会いたくなかったからでしょうか?」
そうだとしたら、ちょっと寂しいことだ。しかし良枝さんは首を横に振った。
「あの人が新しいことを始めるのなら、邪魔をしたくなかったのです。意味も無く連絡しない人ではありませんから」
「信頼されているのですね」
だけど少し危険な考えだと思った。事件の被害者になることを想定していない。自分たちだけは大丈夫だと、そう信じ込む人は常に一定数いるからな。できるだけ早く捜し出したい。
改めて失踪当時の話を聞くと、やはり最初は慌てたらしい。けれど生活費の振り込みがあることで、生存の確認が取れた。しかも退職前より多かったみたいだ。
「転職が成功、一人の生活を満喫中とでも。または新しい女でも作ったのか?」
「知紗兎さん、言葉が過ぎますよ!」
慌てて彼女を窘めた。俺には分かる。これは良枝さんを貶めるために言ったわけではない。ただ思い付きを話しただけである。しかし本人の前で言ったら気を悪くするし、言い方も直接的すぎる。
「だいたい、それなら離婚の成立後に失踪するでしょう。さらに、毎月の生活費も払っているのです」
言ってから、ふと思った。離婚に反対するための失踪かもしれない。同意の上で離婚を決めたと聞いたけど、あくまで良枝さん視点での話。相手の考えは違うことだってある。
現状で失踪の理由とするには、決め手が欠けるから保留としておく。
「お二人とも、よろしければ私どもの家に来てくださいませんか」
「伺おう。我々は手掛かりを欲しているからな」
それから梨恵さんと合流し、四人で良枝さん宅を調べることになった。その前に母と娘、二人で話をする。家の場所は聞いたので、時間を置いて訪問する予定だ。
せっかくファミレスに来たのだから、遅い昼食を取ろう。俺はラーメンセットを頼もうか。このところ手打ち麺とスープ作りに凝っているから、その参考にする。知紗兎さんはステーキ定食の大盛りだ。天眼通を使うと、腹が減るらしい。きっと追加で何か頼むはず。これからの家捜しに備えて、しっかり食べておきたい。