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39話 家族団欒

 明くる日の朝。俺は知紗兎さんと一緒に、自分の実家へ向かっている。ホテルで手土産も買った。両親の分と、捜索で世話になった人たちへ配るものだ。いろいろ協力してもらったからな。

 ホテルから車で進むこと十五分ほど。実家が見えてきた。二階建ての一軒家だ。庭に自動車を停めて、知紗兎さんを家の中へ案内する。声を掛けるとすぐに母親が出てきた。母は清掃関連のパートタイム労働者で、今日は休みと聞いている。


「ようこそおいでくださいました。貴女が天目知紗兎さんですね。息子がお世話になっております。どうぞお上がりください」

「こちらこそ世話になっている。御母堂、本日の招待に感謝を」


 ちなみに父親は仕事中だ。建設関係の中間管理職である。帰りは夜だな。一応、できるだけ早く帰るとは言っていたらしい。

 知紗兎さんのことは事前に連絡しておいた。少し変わっているかもしれないと、伝えてあるので大丈夫だろう。それはともかく御母堂という言葉を、初めて会話で聞いた。


「さあ、どうぞ。それと賢悟もお帰り」

「ただいま、母さん」


 久しぶりだというのに、息子の帰省はついでか。久方振りに母親の姿を見ると、思ったよりも老けていない。ちょっと前に知命を超えたはずだけど、一本の白髪も無い。染めているのだろうか。


「昼食の支度をしている間、知紗兎ちゃんは部屋でゆっくりしてね」

「それなら私も手伝おう」

「あら、そう? じゃあ、一緒にやりましょう」


 知紗兎さんが率先して家事をするようだ。ちょっと珍しいと思う。それから俺は休んでいるように言われた。お言葉に甘えるか。しばらく待つと米を炒める香りが漂ってきた。どうやらチャーハンを作っているみたいだ。

 三人で雑談しながら昼食を取った。なんとなく不思議な光景だと感じる。昼食が終わると知紗兎さんがアルバムを見たいと言い出した。断る理由もない。部屋から持ってくると、さっそく眺め始めた。


「面白いですか?」

「すこぶる興味深い」


 楽しんでいるならいいか。ときどき母親が口を挟んで、昔の思い出を語る。俺が忘れていた話も覚えていた。

 しばらく談笑を続けていると、母さんが買い物に行くと言い出す。きっと近所のスーパーだろう。


「母君は休んでいてくれ。代わりに私たちが買ってこよう」

「だったらメモを渡しておくわ。よろしくね」


 ということになり二人で買い物に出掛けた。かなり大きい建物で駐車場も広い。平日の夕方前だからか、ずいぶん空いている。

 頼まれた物をカゴに入れていくと、肉の売り場で知紗兎さんが足を止めた。


「賢悟、ラーメンが食べたい」

「構いませんけど、いつでしょう?」


 今日は夕食の献立が決まっているらしい。


「明日の夜がいい。ご家族に振る舞ったらどうだ?」

「わかりました。一緒に材料を買っておきます」

「よし、頼んだ。チャーシューは大きめで」


 彼女の視線はベーコンブロックに刺さっていた。それで言い出したのか。四人で食べる分の食材を、相談しながら揃えていく。


「――こんなものかな。知紗兎さん、買い忘れはないですか?」

「大丈夫だ」


 結構、量が増えたな。冷蔵庫に入るか心配だけど、まあ何とかしようか。会計を済ませたら、寄り道をせずに帰宅。生鮮食品が傷む前に保管する。




 夕食は母と知紗兎さんが作る。俺は明日のラーメン用にレシピを確認しておく。必要な物は揃えたはずだ。ふと気付いたら、車のエンジン音が聞こえた。それから玄関のドアが開く音。


「今、帰ったぞ!」


 父さんの声だ。一応、声を掛けにいくか。玄関を見ると、靴を脱いでいるところだった。


「久しぶり」

「ああ、元気でやっていたか?」

「それなりに」

「せめて正月くらいは戻ってこい」


 ちょっと実家には帰りにくいからな。キッチンから知紗兎さんが来て、俺の隣に立った。母さんは調理中か。とりあえず父さんとの会話を続ける。


「善処するよ」

「それで、こちらの方が?」

「お初にお目にかかる、御尊父。私は天目知紗兎。御子息には世話になっている」


 二人は互いに挨拶を交わした。悪い雰囲気ではなく、少し安心。父さんは細かいことを気にしないから助かる。

 それから知紗兎さんは夕食の準備に戻った。勤務中だと俺が食事の用意をする。家事も込みで雇われているためだ。彼女のエプロン姿が新鮮に感じた。


「さあ、できたわ!」


 母さんの声を聞いて、俺は立ち上がる。配膳くらいは手伝おう。食器類や料理をテーブルへと並べる。買ってきた寿司、揚げたてのエビフライ。それから生野菜のサラダに、豆腐となめこの味噌汁。また肴として総菜がいくつか。ほとんど子供のころに俺が好きだったものだ。

 夕食が始まると、最近の状況を聞かれた。上手くやっている旨を答える。嘘ではない。それから職場環境の話になり、自然と知紗兎さんへ視線が向いた。


「ところで愚息は役に立っているのかな?」

「もちろん。無二のパートナーと言っても過言ではない」


 ちょっと言い過ぎではなかろうか。父さんは世辞だと考えたのか、当たり障りのない返答をしていた。


「迷惑を掛けていないなら安心だ」

「とんでもない。ぜひ社員にと誘っているが、断られたくらいだな。お二方からも説得してほしい」

「あら? それは初耳ね」


 母さんが首を傾げた。


「まあ、言わなかったし」

「フリーターが悪いとは言わんが、せっかくの機会だ。考えてみたらどうだ」

「私も同感。アルバイトで学費を返済するのも大変でしょう」


 それは社員になっても、大きく変わらないと思う。また正確に言うなら、会社の役員に誘われている。これは労働時間の都合だ。探し屋の仕事は長期に渡ることも多い。そのとき労働者としての扱いだと、上限に引っ掛かる恐れがある。そのため正式に役員待遇での契約を打診されたのだ。


「いや、俺は冒険家を目指しているから」


 両親の視線に呆れの色が混じった気がする。ちなみに知紗兎さんは変わらない。きっと答えを予想していたのだろう。


「夢を否定するつもりはないが、社員をやりながらでも可能では? 休日を使って出掛けるとか」

「父さん、それは普通の旅行だと思う」


 それからも何度か言われたけど、そのたびに断る。いつかは秘境に行ってみたいものだ。


「いっそ探し屋の冒険ブログでも開設したらどうだ?」

「それは気になりますね」

「うむ、そうだろう。帰ったら検討するぞ」


 人が寄り付かない場所を探すこともある。風景を写真に撮り、記録として残す。いいかもしれない。個人で行くより、許可も取りやすいはず。




 翌日の昼過ぎ。俺は台所で料理の準備をしていた。午前中は知紗兎さんと一緒に世話になった人への挨拶回りをしている。父は夜まで仕事、母は午前中のみ勤務。

 そして午後になって、母親と知紗兎さんは二人で町を見て回っている。俺は家に残り、ラーメンを作る仕込みだ。ちょうど料理本を見付けたので、参考にしながら昆布と煮干しから出汁を取る。しばらく水に漬けておき、その間に麺を打とう。


「か、硬い!」


 強力粉と薄力粉の割合は前と一緒で8:2ほど。しかし明らかに硬い。水の分量を間違えたかな。四苦八苦しながら、ひたすら打っていく。やっと一段落して、そのまま寝かせた。

 次は出汁。昆布と煮干しを入れた水を火にかける。まずは中火だ。沸騰の直前に昆布を取り出した。弱火に変えて、アクを取る。しばらく煮出しして火を止めた。そこに醤油、みりん、鶏がらスープの素、生姜、にんにくを加える。


「あら、良い香り」

「美味そうだな!」


 集中していたら、いつの間にか母親と知紗兎さんが帰ってきた。煮出しに思ったより時間を掛けていたみたいだ。次はトッピングの用意。作っておいた煮卵を取り出して、半分に切る。ベーコンブロック贅沢に四等分。醤油、みりん、酒、生姜で味を付けた。さらに残った汁でモヤシを炒める。買っておいたメンマは皿に出しておく。

 そろそろ麺もいい頃かな。台の上で麺棒を使い、伸ばしていった。知紗兎さんが目を細めて、こちらを見ている。なんとなく楽しそうだ。麺を切るものの、かなり太くなってしまった。まあ、いいか。


「とりあえず準備はできました」

「片付けは私がやっておく。休んでくれ」

「ありがとうございます」


 麺が想定より硬く、打つのに疲れた。遠慮なく休ませてもらう。やがて父が帰り夕食の時間となる。麺を茹でたら、すぐ食べられるようにしておこう。酒と副菜を出してから茹でる。

 準備も終わり、四人での食事が始まった。他愛のない話だけど、穏やかな時間。たった一日で、ずいぶん知紗兎さんも馴染んだ気がする。良いことだろう。明日は東京に戻る。ゆっくり今日は休みたい。車でも結構、時間が掛かるからな。


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