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37話 楽園の終わり

 研究所の駐車場に戻ったら、見慣れない自動車が停まっていた。かなりの大型。ここまで来るのも大変だろうに。

 総務部長かもしれないと、俺は警戒する。そして横目で所長の様子を窺った。


「あれは救援です。現七罪を危険視している人は多くて、手助けを頼むと快く力を貸してくれました」

「あ、なるほど」


 それなら良かった。どうやら今は不正の証拠を中心に、各種の資料を運び出しているらしい。


「能力の訓練をするのであれば、今までのデータが必要でしょう。田中君、お願いします」

「承知しました、所長」


 どうやら俺たちに情報を渡してくれるみたいだ。


「場所はどこですか?」

「能力鍛錬室の横、事務用の部屋よ」


 田中さんは率先して歩き出した。事務室まで案内してくれるのだろう。俺たちは彼女の後を追った。

 部屋に入るとアタッシュケースを取り出し、中に書類を収納するよう言われた。入れる書類は、どんどん彼女が用意していく。あっという間にカバン容量が限界を迎えた。


「もう入りませんよ!」

「これで最後、なんとかして」

「なら私が手で運びます」


 梨恵さんが最後の紙を受け取った。研究所の入り口まで引き返そうとするけど、なぜか田中さんは動かない。


「私は部屋を引き払う準備をするので残るから。貴方たちには、いろいろと迷惑を掛けたわね」

「お気になさらず。落ち着いたら、また会いましょう。これは俺の携帯電話番号を書いたメモです」


 保養地の契約についても、知紗兎さんからの説明が必要だろう。本人の代わりに俺の連絡先を渡したのは、高頻度で彼女は携帯電話を持ち歩かないからだ。

 その場で田中さんは登録して、俺のスマホに掛けてくる。こちらも登録完了。


「さて、もう私たちは行く」

「それでは失礼します」


 知紗兎さんの言葉を聞き、俺は田中さんに声を掛けてから踵を返した。これから所長に挨拶をして、研究所を離れるつもりだ。




 すぐに所長は見付かった。駐車場で資料の整理をしている。不正の証拠を警察に持っていく準備だろう。

 俺たちの姿を見ると、早足で近くまでくる。


「皆さん、戻ったようですね。楽園生成の停止、お願いします」

「まだ数日は生活すると聞きました。大丈夫でしょうか?」


 所長の要請に俺は疑問を持った。最短でも数日は残ることになるはず。その間のインフラ設備は止まってしまう。電気や水道が使えないと、かなり困るぞ。食事も一苦労だ。


「ご心配なく。自家発電の装置や貯水槽があるので、しばらくは大丈夫ですよ」


 秘宝遺物が止まっときに備えて、用意をしていたのか。よく分からない仕組みで動いているなら、唐突に故障することもあるだろう。考えてみれば当然の準備とも言える。


「わかりました。すぐに停止させましょう」

「念のため、研究所内に放送をします」


 庶務室に放送機器があるらしい。所長が移動した直後、施設内へ放送が流れた。内容は言うまでもなく、楽園生成の件。

 かなり重大な話だけど、所長の声は落ち着いていた。先代の頃とはいえ研究所の違法行為が発覚すれば、本人にも大きな影響がある。それでも落ち着いていられるのは、覚悟を決めたからだろうか。


「所長が戻ってきたな」

「穏やかな表情ですね」


 放送を聞いた俺たちはワゴン車の後方へ移動した。そこに秘宝遺物が置いてあるからだ。そして所長と合流。なにやら一枚の封筒を持っていた。かなりの厚さだ。

 跳ね上げ式のバックドアを開き、研究所の模型に手を触れる。材質が分からない不思議な触感。


「連絡は終わりました。お願いします」

「よし。賢悟、頼んだ」

「楽園生成、機能停止!」


 所長と知紗兎さんの声を合図に、俺は秘宝遺物へ指示を出す。マニュアルを見た限り、基本は音声操作らしい。思考を読み取ることも可能との記載があったけど、半信半疑である。

 俺の言葉で一斉に照明が落ちていった。駐車場の入口から差し込む光だけだと、かなり暗く感じる。これが本来の明るさなのだろう。


「これで依頼の達成を確認しました。安海さんと天目さんには、感謝の言葉もございません」

「調査報告は後日となりますけど、よろしいでしょうか」

「もちろんです。それから、こちらを持ち帰りください」


 厚みのある封筒を所長から受け取った。


「これは?」

「秘宝遺物や現七罪に関する情報をまとめました。突貫での作業となり荒い部分もありますけど、お役に立ったら幸いです」


 手に持つと、かなり重い。


「こんなに……ありがとうございます、所長」

「感謝する。それでは私たちは、もう行く」

「貴方たちには、お世話になりました。道中、お気を付けて」


 他の人は作業に追われており、挨拶できなかったのは残念だな。所長も俺たちを見送ったら、すぐに告発の用意をするらしい。

 知紗兎さんが助手席に座り、梨恵さんは後部座席へ乗った。出発の準備が終わり白のワゴン車を発進させる。




 それから状態の悪い道を進んでいく。狭い道で対向車が来たら大変だな。


「待て、前から車だ」

「今、来たら大変だと思ったところですよ!」


 ちょっと待て、このタイミングで対向車とは。かなりの確率で総務部長である。しかし俺の目では見えない。天眼通で前方をチェックしてくれたのだろう。

 鉢合わせると厄介だと思う。俺は避難できそうな場所を探すが、見当たらない。少し進むと待避所があった。仕方なく停車させる。


「ここだと向こうから丸見えですよね。大丈夫でしょうか」


 梨恵さんが不安そうにしている。俺も同じ気持ちだ。しかし知紗兎さんだけは、いつも通りに見える。

 とにかく待つしかない。


「知紗兎さん、梨恵さん。そのまま待っていてください。気付かれずに通り過ぎることを期待するしかありません」

「……そうですよね」


 なんとなく小声で会話を続けた。向こうに聞こえることは考えにくい。とはいえ例外もある。天眼通や天耳通などの能力を持った人たち。総務部長の近くにもいるかもしれないのだ。

 息を潜めて車が来るまで待機する。やがて黒のワゴン車が通った。窓から見える者は運転手だけ。若い男だったので、きっと総務部長ではないだろう。後部座席は見えないので、そちらに乗っているのだと思う。やがて車が横を通った。


「不自然なくらい、こちらを意識していませんでした」


 相手は俺たちの車に気付いていない。まるで見えていないかのようだった。狭い道を進むとき、対向車の存在を気に掛けるものだ。待避所に視線を向けたものの、こちらには目を止めなかった。人が入りにくいはずの場所にも関わらず。


「もう見えなくなった。私たちも行こう」

「そうですね」


 これは偶然ではなく、秘宝遺物『楽園生成』の効果かもしれない。機能停止でも最低限の稼働はしている。人の意志を読み取ること、少し信じる気持ちになった。ただ俺の呟きに反応したとも考えられるけど。とにかく戻ろう。

 ホテルへと到着したとき、ようやく一仕事が終わったという実感を持った。まあ報告書の作成は残っているけど、それは後日でいいらしい。今日は休もう。


「――さて、日も落ちた。宴会だ」


 夜になって、知紗兎さんから声を掛けられる。日中は三人でノンビリしていた。思ったよりも疲れていたのだと思う。知らない土地での活動は、それだけ疲労するものだ。


「恒例ですね」

「探し屋の必須業務だからな」

「お酒も料理も美味しくて、私も楽しみです!」


 仕事が終わった後は大いに飲む。宿泊の予定は明後日までとなっている。つまり明日は完全に休暇と言えるだろう。知紗兎さんだけでなく、梨恵さんも乗り気だ。俺も反対する理由はない。この日は三人で酒と料理とデザートに舌鼓を打つ。

 研究所の未来について考える。あの場所は研究者にとっての楽園だろう。誰にも邪魔されず、研究に打ち込める環境。だが秘宝遺物の回収と共に楽園は失われた。これからどうなるのか、未来を知る術なんて俺にはない。でも良くなるといいな。あそこに生活していたのは良い人ばかりだったから。新しい環境で幸せに暮らしてほしいと願っている。


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