35話 一心不乱に穴を掘る
俺たちは所長と会ったあと、筆談で回収の計画を立てる。午後は全て準備に追われた。
そして夕刻の所長室。ここからが計画の始まりだ。隣に座る知紗兎さんへ視線を向ける。彼女は無言で頷いた。盗聴器は残したままである。おそらく余計な発言をしないよう、気を付けたのだと思う。
「それでは本日の報告です。東側の休憩所で秘宝遺物を発見。同時に不正の証拠と大量の薬も確認しています」
「すぐに回収をするのでしょうか?」
「期限は一週間でしたね。まだ余裕があるので、明日の午前中から作業を開始するつもりです。夜間は見えないと思いますが、地面に目印を付けておきました」
この会話は全てブラフである。区切りが付いたところで報告を終えた。それから梨恵さんを迎えに能力鍛錬室へ行く。もうホテルへ戻る時間だからな。
彼女は父親と自然な感じで話していたと思う。どうやら多少は打ち解けることができたようだ。失踪した件は、完全に割り切ってはいないだろうけど。
「ところで担当の方は?」
「田中さんなら少し早めに戻られました。時間までは親子二人で話してくださいと連絡を受けています」
「適度に家族で話す時間を作ってくれている。気を遣ったのかもしれない」
梨恵さんの言葉を受けて、聞太さんが補足をした。四人で軽い雑談をしてから、部屋を出る。聞太さんは引き続き研究所に泊まるため、俺たちは三人でホテルへと戻った。
日付が変わって四時間ほど。三人で外に出る。事情を話すと梨恵さんも協力してくれることになったのだ。臨時所員の扱いらしい。
日の出前の真っ暗な道を車が進む。目的は秘宝遺物と資料の回収。まず研究所の入り口まで行き、所長と合流。また手伝いを頼んだサーバー担当の人もいる。
「よく来てくれました。予想の通りに進んでいます」
「おはようございます、所長。それでは俺たちも行きましょう」
そして五人で秘宝遺物が保管されていた場所に行く。研究所内に大きめの荷車があったので、引きながら来てもらう。俺たち三人は先にワゴン車で移動。
目的の場所に全員が着いたころ、夜が明ける。予定通りだ。ここからは時間との勝負だ。俺と知紗兎さんは地下に降りた。照明は問題ない。そのまま作業が行えるだろう。二人で秘宝遺物の前に立つ。
「知紗兎さん、鍵を使います。最後の確認ですが、俺が所有権を持って構わないのですね?」
「問題ない。ただ形式上は天目探し屋の物だからな」
少し意外に思う。彼女は秘宝遺物に興味を持っていたはず。なぜか権利を譲ると言ってきた。なにか考えがあるのだろうか。
「それでは再起動しましょう」
鍵を差し込み、右に回す。現在、研究所内には誰もいない状況だ。内通者が東の休憩所に向かったことを確認したあと、他の皆に外へ出てもらった。
目に見える変化は起きていない。音も光もなく、だけど無機質な声が聞こえた。『新規契約者の存在を確認。登録後、再起動開始』と言っていた気がする。それがシステム音声なのか、意思のある声なのかは分からなかった。
「どうやら始まるようです」
「よし、その間に資料を全て運び出すぞ」
そして始まる分担作業。まず俺が箱を地上への出口付近まで運ぶ。知紗兎さんが電動の荷揚リフトに括り付け、梨恵さんが上げる。残った二人がワゴン車と荷台に積んでいく。それを繰り返した。
――ひたすら作業に没頭。ようやく終わりが見えた。
「これが最後の箱ですよ!」
「了解! 沢村梨恵、上げてくれ!」
「はい!」
終了。予想よりも、早く終わったと思う。チームワークの勝利である、たぶん。おっと、本命も忘れてはいけない。秘宝遺物『楽園生成』である。以前は研究所の模型を動かせなかった。でも今は嘘のように簡単に持てる。慎重な足取りで模型を運んでいき、上げてもらった。
そして俺と知紗兎さんも地上へ出る。秘宝遺物をワゴン車に積んで作業完了。
「もう完全に朝ですね」
「そうだな。資料を運んだら、急いで東の休憩所に行くぞ」
研究所の駐車場に戻り、あらかじめ用意しておいた台車へ資料を載せる。入口は最初から開けておいたのだ。荷運びは沢村聞太さんにも手伝いを頼んだ。
今ごろ所長たちは荷台を引きながら、こちらへ向かっているはず。荷物を下ろしたら、来た道を引き返す。このとき聞太さんも一緒に乗ってもらった。少し進むと所長たちの姿が見える。
「乗ってください!」
「こちらです、所長」
「ありがとうございます」
聞太さんがドアを開け、所長を招き入れる。荷台はサーバー担当の人に任せて、俺たちは休憩所に向かった。
そして発見、内通者だ。彼女は普段と違い、動きやすい服装をしている。様子を窺うと、一心不乱に穴を掘っていた。それから車のエンジン音で俺たちに気付いたみたいだな。ちょっと距離があり、はっきりとした表情は見えない。きっと驚いているとは思う。
「田中さん、おはようございます」
「探し屋……なぜ、ここに?」
東休憩所にいたのは、能力の訓練を担当していた田中さんだった。同時に人事の管理をしている係員でもある。
彼女は手を止めて、俺たちを見ていた。全員でワゴン車から降りて、彼女の方に向かう。このままだと話がしにくい。
「秘宝遺物の回収が終わったので、報告に来ました」
「まさか騙したの!?」
「人聞きが悪いことを言うな。盗み聞きして、自滅しただけだろう」
その通りだけど、本人は納得していないようだ。不服そうな顔で睨んできた。
「無断で盗聴器を仕掛けるのはダメですよ」
「とりあえず穴から出たらどうだ?」
「ちょうど椅子もあるでしょう。座ってください」
改めて見ると、田中さんは結構な大きさの穴を掘っている。かなり疲れたはず。腰を下ろしてもらおう。
「……そうします」
足下が危なっかしい。夜明けから一人で穴を掘り続ければ、そうなるのも頷ける話だ。田中さんが座ったのに合わせ、所長にも着座してもらった。東の休憩所には椅子が四つある。聞太さんと梨恵さんも着席。
俺と知紗兎さんは立ったまま、集まった者を見渡した。
「さて、田中さん。総務部長に密告したのは、貴女で間違いありませんね?」
「その通りよ、なぜ私だと分かったの?」
彼女の言葉遣いが変わった。こちらが素の話し方なのだろうか。
「老化防止薬の優良顧客名簿、それで確信しました。きっと薬を融通する代わりに総務部長へ協力しているのだと」
「正解」
「田中君は本当に薬を使っているのですか? 私には年相応に見えます」
所長が首を傾げていた。しかし本人が使うために、薬を購入したとは限らない。誰かに渡したとも考えられる。
あの名簿は購入した人のリストであり、使用者は区別していない。
「おそらく家族に送ったのだと思います」
「それも正解。ずっと母に渡していたわ」
それから彼女は詳しい動機を語ってくれた。ある日のことである。母親と一緒に老化防止のセミナーへ参加。そこで配られたのが例の薬だ。セミナーの内容自体は至ってまともであり、不審な点は感じられなかった。そのため安心したのだろう。違法な薬とは知らないで、母親が試供品の服用を始める。
生活に支障もなく数日が過ぎたころ、母親が自損事故を起こした。それから変なことを言い始める。周りの人が老けて見えたそうだ。さらに鏡を見たら自分自身の年老いた姿が映って、大きく取り乱したとか。
「もしかして事故のショックにより、幻覚を見るようになったのですか?」
「おそらく。脳や視力に異常は無くて、精神的なものだろうと」
対応に困っていたころ、田中さんは手元に老化防止薬があることを思い出した。これは若返る薬だと言いながら渡したのだ。
そして母に飲ませ、鏡の前に立ってもらう。すると嘘のように症状が収まった。最初は田中さんが傍にいる必要もあったけど、やがて一人で薬さえ飲めば落ち着くようになる。以来、毎朝の日課となったらしい。
「このときは違法だと知らなかったのですよね。いつ知りました?」
「何度か購入した後だったと思うわ。販売元を知りたいと言うと、明らかに態度が変わったの。それで独自に調べたのよ」
調査の結果、認可を受けていない薬だと判明。だけど販売停止になれば、母親の症状が再発する恐れがあった。十中八九、プラシーボ効果だろうけど確証はない。結局、彼女は見なかったことにしたらしい。




