34話 世の中は不思議に満ちている
光は収まったものの、またもや鍵が熱くなる。ただ持てないほどではなかった。とにかく研究所の模型――秘宝遺物『楽園生成』を確認していく。持ち上げようと試みたけど、まったく動かない。固定されているのだろうか。
動かせないと回収は不可能だ。次は入り口部分にある穴を見る。ここに鍵を差し込めそう。しかし何が起こるか不明なので、もう少し情報がほしい。
「どこかに研究データは残っていないでしょうか」
「その箱を調べてみよう」
軽く見ても数十箱はある。近付いて確認すると、側面にラベルが貼られていた。全てではなく、だいたい半分くらいかな。研究日誌と書かれており、日付と番号で管理されていた。
ただし何の研究かは記載されていない。この中から秘宝遺物に関する情報を探し出すのは一苦労だ。
「数が多すぎるな。天眼通を使う」
俺は箱から少し距離を取った。知紗兎さんの邪魔をしたくない。しばらくして、彼女は一つの箱を指差す。ラベルの日付は二十年ほど前から始まっている。
「これですね、開けますよ」
「扱いは慎重に頼むぞ。研究データは引き渡す手筈だからな」
「そうでしたね」
秘宝遺物の本体は報酬として貰えるけど、捜索の途中で見つかった資料は所長に提出する。丁寧に箱を開封した。中にはノートが二列、横並びとなっている。
とりあえず左上の物を手に取った。表紙には『楽園生成』と記載がある。これで間違いないようだ。パラパラとページを繰りながら、内容を読み上げていく。
「科学とは異なる発展を遂げた、とある精神文明の遺産。それが楽園生成」
誰にも邪魔されない快適な空間を作り出す効果。所長から聞いていた通りだな。遺産は一つではなく、他にも多数の物が世界に散らばっているらしい。
「使用方法は分かるか?」
「あ、解説がありました」
どうやら使い方は単純。鍵を差し込み、右へ回すことで起動。楽園生成が動いたあとは、自動で環境を維持するみたいだ。
ただし鍵の所有権を持つ者だけが起動を行える。この所有権に関しては、別項を参照されたし。
「その別項は?」
「近くには書いてありません」
「…………上段、左から二冊目」
知紗兎さんが指をこめかみに当てながら、静かに言った。天眼通を使ったのだと思う。とにかく言われた通りにノートを取り出した。該当の部分を見付けたので、要約をまとめる。
「最初に鍵を差し込んだ者が所有権を持つ。ただし長期間、楽園生成の影響下から離れると権利を失う。そのとき次に鍵を使った者が新たな所有者となる」
この長期間だが、一定ではないらしい。かつて楽園生成は海外に存在したとか。紆余曲折を経て日本の研究者に渡り、この地で活用することになる。初代の所長が権利を持っていたようだ。
ちなみに今の所長は三代目。初代所長が引退後、二代目が強引な研究を始めたと聞いている。
「ところで、この研究日誌は誰が書いたのだ?」
「前書きには書記長のサインが入っていましたね。ただ中身を読む限り、研究員が持ち回りで担当していたようです」
申し送りを兼ねていたのだろう。たまに次の研究者への連絡がある。この日誌で情報の共有をしていたみたいだ。
「つまり個人ではなく、全体の研究成果を記したものか」
しばらく日誌の内容を追った。ところどころ気になる記述がある。とりわけ一つ確認したい箇所を見付けた。
「秘宝遺物には、意思が宿るそうです。あり得ると思います?」
「無いとは言い切れないさ。世の中は不思議に満ちている」
特殊な能力を使う知紗兎さんが言うと、かなり説得力がある。とりあえず使用に関する項目を読んでいこう。
やがて重要そうな文を発見。所有権が空白のとき、鍵を持った者が近付くと光を放つらしい。さっきの現象と同じだ。そして権利の譲渡には再起動が必要とある。
「どうやら今の所有権者は誰もいなくて、鍵を使えば回収できそうです」
「それは重畳。発見できても、持ち出せなかったら報酬にならないからな」
ちなみに所有者だけが動かす権利を持つとか。どんな仕組みなのだろう。そして日誌の続きに目を通す。人に危害を加えるような道具ではないみたいだ。ちょっと安心できる。
しばらく読んでいると、気になる警告文があった。
『再起動には一定時間を要する。その間は機能が低下ないし停止。注意されたし』
最初に起動すれば、ずっと効果は続く。だが所有権を切り替えるとき、再起動の必要があるらしい。
もしかしたら子供のころバイク練習場まで来たとき、ちょうど再起動中だったのかもしれない。再び来ようとしたとき、すでに起動は完了。そのため二回目は辿り着けなかったと考えられる。
「困りましたね。再起動をするなら、研究所に連絡が必要です」
「そうだな、ほぼ全ての扉が電子制御だった。閉じ込められる恐れがある」
「さらにインフラが停止するかもしれません」
ここで問題となるのが内通者の存在。下手な動きをしたら、総務部長に連絡するだろう。備え付けの設備以外で、通信手段を確保していると厄介だ。
「とりあえず他の箱を開けてみるか。報告に必要となるはず」
できれば詳細なリストを作りたいけど、ちょっと量が多い。概略だけ把握して、あとは所長に相談だな。
俺たちは協力して箱の中身を確認していく。どうやら昔の研究所では不老不死と生命進化について、重点的に調べていたらしい。
「ラベル無しの方はどうでしょう」
「これは――薬か?」
知紗兎さんが錠剤の入った袋を取り出した。大量の薬が保管されている。いや、隠してあると言った方が正確だろうか。薬事承認を受けているか疑わしい。
また薬の他に、紙の束も置かれている。表紙に『老化防止薬、優良顧客名簿』と記載されていた。
「五十音順ですね。数は多くありません」
「おそらく通常の客は別で管理しているのだ」
ざっと目を通していると、一人の名前が目に留まった。さ行の中ほど。念の為、最初から名前を確認していく。
やはり間違いない。俺たちの知っている人だ。
「知紗兎さん、ちょっと見てください。進藤菊音の後ろ、仙田三郎の前です」
「――もしかして沢村聞太の同僚か」
そこに鈴木さんの名前が記されていた。梨恵さんからフルネームを聞いている。少なくとも同姓同名だ。
俺は初めて会ったときの、若々しい見た目を思い出す。資料内容を確認したら、この老化防止薬は一定の効果を発揮したとある。また肌に塗る薬やサプリメントも作ったけど、それらの効果は安定しなかったらしい。
「賢悟! こちらには被験者のリストがあったぞ!」
手を止めて、彼女の示す箱を見る。ぎっしりとファイルが詰まっていた。これは一人ずつ詳細なデータを取っているのか。
さらに調べを進めて分かったことがある。無許可で臨床試験を行っていたのだ。高額の報酬で人を雇い、充分な説明なく実験をする。しかも虚偽の情報を混ぜて、さも安心安全であるかのように装っていた。人を騙すマニュアルまであったぞ。
「改めて資料を見ると、かなりの人数が関わっていたようですね」
「そうだな。顧客や被験者たちの動向が気になる」
「あ!」
知紗兎さんの言葉を聞いて、ふと思い付いた。まずは被験者リストを目で追う。だが外れ。
次に優良顧客名簿の続きを確認していく。鈴木さんの続きからである。ほどなくして、目当ての名前を発見。
「どうしたのだ、賢悟?」
「内通者を確信しました。この資料が参考になったのです」
最初に会ったときを思い返すと、妙なことを言っていた人だ。きっと秘宝遺物と資料の回収を邪魔してくるはず。不正の証拠が出ることは、その内通者にとっても看過できない事態だからである。
「今日は芝居日和となりそうです」
「ならば所長に出演依頼を出すとしよう」
無事に回収を済ませるため、相手を誘導したい。入手した情報を手早くまとめ、所長室へと向かった。




