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32話 一芝居

 とにかくサーバー担当者と話してみた。所長の顔色が悪くて心配だ、何か理由を知っているかと聞かれる。十中八九、密告者の件である。所長は内密に探したいと考えていた。嘘は付かずに、当たり障りのないことを伝えよう。


「調査が難航中で、それが原因かもしれません」

「……そうか、ありがとう」


 それから少し話を続け、通信が終わった。純粋に所長を心配しているようだな。岩本室長に視線を向ける。目を細め、口元を引き締めていた。ずいぶん険しい表情である。あまりに真剣な様子で、ちょっと声が掛けにくい。


「実際のところ、たった一週間で発見できるのか?」

「なんとかする。私たちは探しの専門家だからな」

「そうですよ、岩本室長。我々、プロフェッショナルに任せてください」


 厳密に言うなら、専門家は知紗兎さんだけか。だが不安に陥ることを言っても、室長を困らせるばかり。ここは明るく話しておく。


「おお、それは頼もしい!」


 そのとき資料管理室の扉が開かれて、外から誰か入ってきた。作業服を着た若い男である。通路には清掃道具を積んだ台車が見えた。きっと掃除カートだろう。


「室長、失礼する。ゴミの回収に来た」

「関家君、いつも助かるよ」

「……そっちは探し屋の二人か、おはよう」


 どうやら俺たちに気が付いたようだ。初めて会ったときと違って、柔和な態度を見せている。

 その理由は昨日、帰り際に起きた一件。ワゴン車に積んであった道具について、質問を受けた。できるだけ丁寧に説明したら、ずいぶん喜んでいたな。


「おはようございます。お忙しいところ、すみません。関家さんに聞きたいことがあるのですけど、よろしいでしょうか?」

「今はゴミの回収中。歩きながらでよければ構わない。ただし僕に近付くなよ」


 接近を忌避しているのは、俺たちのためでもある。過去を暴かれ、不快な思いをしないように気を遣っているのだ。

 少しだけ室長を交えて話をした。この二人、わりと仲が良い。どうも工学の話が好きなもの同士で、馬が合ったみたいだ。




 話に区切りが付いたので、資料管理室を出た。岩本室長の前だと、聞けなかったことがある。まず通路の近くに人気(ひとけ)が無いことを確認。


「例の鍵ですけど、他の人に話しました?」

「いや、所長に口止めされたからな。誰にも伝えていない」

「なるほど。その件は俺たちも調べているのです。もし何か気が付いたら、教えてください」

「わかった、できるだけ協力しよう。君たちに見せてもらった機械は、面白かったからな。その礼だ」


 そこまで気に入ったのか。探偵が使う道具を参考に、知紗兎さんが揃えたもの。ただ探し屋の仕事では、一度も使ったことがない物もあった。

 なんにせよ、協力してもらえるのなら助かる。だけど関家さんも完全に味方とは限らない。疑うのは心苦しいけど、慎重に事を進めよう。


「ありがとうございます」

「ところで初めて見る機械はいいな。盗聴器なんて、まず目にしないぞ」


 まともな日常生活を送っていれば、縁のない道具である。一応、探し屋の仕事で使うこともあるかと用意したらしい。ほぼ新品同様で積みっぱなしだけど。

 だが、ちょっと待て。盗聴器か。ふと関家さんの言葉を聞き、思い立ったことがある。知紗兎さんを見ると、ちょうど視線が合った。彼女も同じことを考えたな。


「庶務室ですけど、少し調べたいことがありました。お忙しいようなので、俺たちだけで入っても構いませんか?」

「いいぞ。ただ物を動かしたら、戻しておいてくれ」

「ご了承いただけて助かります。部屋を荒らすつもりはないので、ご安心を」


 所長から私室以外の捜索は許可をもらった。でも自分が仕事で使っている部屋を勝手に入られて、気を良くする人はいないだろう。快く許可を貰えたのは、とてもありがたい。関家さんに礼を言って、その場を離れる。




 そして庶務室の前に到着。ここからは物音を立てず静かに行動する。


「できるだけ時間を掛けたくない。最初から使う」

「お願いします」


 知紗兎さんの目が細まった。天眼通の発動。そのまま待っていたら、彼女に手を引っ張られた。

 なんだろうか。疑問に思いつつも、手を引かれるまま移動する。しばらく歩き、立ち止まる。そして手を離された。


「どうしました?」

「例の物を発見、コンセントだ。かなり昔に設置されたな。高性能みたいだから、念のために部屋から距離を取った」


 俺たちは小声で会話をしている。また盗聴器という言葉は使わない。他の場所に仕掛けられた恐れもあるのだ。というか庶務室だけとは考えにくい。


「まずは所長に報告しましょう」

「そうだな」

「一応、筆談の準備をしておきます」


 所長室に盗聴器があるかもしれない。そう思ったのは知紗兎さんも同じだった。部屋の前に着くなり、天眼通を使用。


「やはり仕掛けられていたぞ。庶務室の物と同型だ」


 知紗兎さんが耳元で囁くように話した。俺は声を出さずに頷くと、入口から少し離れる。手帳を開いたら、十数ページに渡り書き込んでいく。文章の内容は二人で相談しながら決める。




 準備ができので、部屋に入ろう。


「福田所長、現時点での報告に参りました」

「ありがとうございます。さあ、中へ」


 俺は入室の挨拶をしたあとに、所長に見えるよう手帳を開いた。一ページずつ、ゆっくりと指し示す。


『声を出さず』

『筆談の準備を』

『盗聴器あり』


 所長が目を見開いた。驚いているけど、声は出さなかった。事前の警告を守ってくれたのだろう。


「どうぞ、お掛けください」


 来客用のテーブルに着くよう促された。所長の声は少し震えていたな。しかし、そこまで不自然な態度ではない。なんとか平静な様子を繕えている。

 それから俺は手帳を机の上に置き、あらかじめ記載しておいた箇所を示す。その間にも、当たり障りのない報告を行う。部屋にいるのに無言が続いたら、相手側に警戒されるからだ。


『庶務室にも盗聴器あり、入ることが可能な人は?』


 所長は文に目を通したあと、すぐさま返答を書いていった。かなり達筆である。書道の心得でもあるのだろうか。


『全員。以前は持ち回りで雑用を担当』


 つまり誰でも仕掛けられる機会があったわけだ。今までの話を聞いて、不信感を持った人がいる。だけど確証がない。それに内通者を特定しても、邪魔をされたら意味がない。とはいえ放置は危険すぎる。




 ここから一芝居を打つ。知紗兎さんと相談し、仕掛けられた盗聴器を逆利用することに決めたのである。


「ところで所長、思ったよりも捜索範囲が広いのですよ。依頼料、もう少し上乗せできませんか?」

「う~む。金額を上げたい気持ちはありますが、難しいでしょう」


 手帳には『悩んでいる振りをして、話を長引かせてください』と記載してある。指で示したら、所長は頷いて話を合わせてくれた。

 相手の出方が分からない。強硬手段に訴えられると困る。報酬を無心することにより、金で取引が可能と思わせる狙いだ。


「そこをなんとか」

「実は資金の都合で……」

「では分割払いは如何ですか?」


 ちょっと白々しいか。演技は得意じゃないので、早めに本題へ入ろう。なんとか会話の流れをコントロールしたい。


「考慮しますけど、急な値上げは予算委員会への説明が困難かと」


 そんな話をしつつ、俺は手帳の記載を見せる。あらかじめ受け答えを想定して、いくつかパターンを用意しておいた。


『報酬を上げるには、名目が必要。そう話してください』

『了解』


 所長が筆談で承諾してくれた。そして少し考えている。


「……金額向上の理由があれば、委員会への説得もできるのですが」

「ならば早期解決できたら割増しというのは?」


 これは本気じゃない。天目探し屋の規則では、依頼途中での金額交渉は原則的に禁止している。

 俺は手帳の一文を見せた。そこには『自信を問い掛けてほしい』という記載。


「まずは掛け合ってみます。そこまで言うなら、自信があるのでしょう?」

「もちろん。すでに目星は付きました」


 きっぱりと断言。実際のところ、まだ確証はないためハッタリである。それから俺たちは表向きの話をしながら、筆談で計画を説明した。所長は驚きつつも協力を約束してくれる。


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