29話 研究所の巡回
地下一階のサーバールームを出て、順番に施設を巡る。医療設備が整った部屋もあり、特に臨床検査室には力を入れているようだ。貰った資料の一つ、所員名簿を確認する。医師免許の保有者がいたから、その人の管轄かもしれない。
各種研究室を見て回った。残念ながら秘宝遺物の手掛かりはない。立ち止まり、俺と知紗兎さんは今までの調査を振り返る。また改めて資料を読んだ。
「……人望ありませんね、総務部長」
「自分の地位と名声に固執する者だな」
副所長を名乗っているが、他の役員から承認を受けていない。今まで総務部長が副所長を兼任していたことを根拠としているとか。とはいえ就任には役員会議での可決が必須。そこで反対の声が多く上がり、就任には至らなかった。つまるところ現状では自称である。
「少人数の研究所ですから、ほぼ全員が役職に就いていますね」
「そうだな、兼任も珍しくない。ああ、反対された理由が載っているぞ」
「秘宝遺物の独占を防ぐため、なるほど」
どうやら私物化しようと計画をしていたらしい。過去にも一度あり、そのときは厳重注意となる。そして二度目が発覚。所員の信用を失う。
秘宝遺物の管理は副所長か所長の権限が必要で、総務部長の役職では不可能か。それで強引な方法を使い、副所長になろうとしているみたいだ。
「ただ能力は優秀みたいですよ」
「その部分は所員も評価していたな」
研究についても熱心ではあるようだ。しかし手段に問題が多く、他の研究所でも指摘されていた。そこを前所長に拾われ、当時の総務部長を補佐するようになる。つまり副所長の補佐とも言えるだろう。
そして二人が失脚したあと、総務部長の後任に就く。これも反対する声があったけど、総務部内の人事として押し切ったらしい。
「――あ、次の部屋に着きました」
扉のプレートに『能力鍛錬室』と記載されていた。梨恵さんと聞太さんは大丈夫かな。
ここの研究所は基本的にオートロックとなっている。俺は預かったカードキーで鍵を開けようと、扉に近付いた。
だが開錠する前に扉が開かれる。そこに梨恵さんが立っていた。偶然、外に出るところだったのだろう。
「今から移動するのですか?」
「お二人の話し声が聞こえたので、出迎えに来ました。どうぞ中へ」
どうやら偶然ではなかったようだ。ちなみに俺と知紗兎さんは小声で会話をしていた。通常なら部屋の中から聞こえるものではないと思う。
とにかく招かれたので入ろう。広さや雰囲気から、学校の教室を思い浮かべた。
「お邪魔します。訓練中に申し訳ありません」
「……今は休憩中。構わない……です」
初めて見る顔だ。正確には資料で見たけど、顔を合わせるのは初めてだ。ここに勤める研究員の一人。若い女性で性格は内向的とある。今まで会った他の研究員と同じように白衣を着ていた。体格は小柄でショートヘア。
彼女は目を合わせることなく、ささやくように言葉を発した。俺は素早く資料の名簿を見た。名前と所内での役割が載っている。どうやら研究以外では人事管理を担当しているようだ。
「田中さん、ありがとうございます。すみませんが、何点か質問させてください」
「……はい」
「この部屋で物を隠せそうな場所はあるでしょうか?」
俺の問い掛けに、彼女は首を横に振った。そして研究所内での心当たりは、全て探したらしい。それから何度か問答を行うものの、捜索の進展はなかった。
「ところで今、研究所に不在の方がいると聞きました。どんな方なのです?」
「……優秀な人だと思います。副所長は自分が研究所の代表になるべきだと、よく周りに語っていました。――ごめんなさい、休憩時間が終わりました」
いつの間にか梨恵さんと聞太さんが近くで待っていた。今の話で気になることもあるけど、訓練の邪魔はしたくない。だいたい必要なことは聞いたし、疑問な点は後でも構わないだろう。
田中さんに礼を言って、部屋を辞した。所長と総務部長をのぞくと所員は三人。そのうちの二人に会った。できれば最後の一人からも話を聞きたい。
「次は資料室だな」
「そうですね、岩本室長と呼ばれる人が管理しているとか」
さっそく行ってみよう。近くだったため、すぐ部屋は見つかった。資料管理室と書かれたプレートがある。資料室は通称みたいだ。
岩本室長は一日の大半をここで過ごすらしい。この部屋の名前が示す通り、主な職務は資料の管理。それ以外にも過去のデータを精査、共有すべき情報の発信など多岐にわたる。また医師免許を持っており、所員の健康状態も管理しているとか。最新の医療知識も取り入れているようだ。
「失礼します」
驚かせないように一声かけてから、資料管理室に入った。かなり中は広く、本や書類が多くの棚に収められていた。パソコンも置いてあり、そこでデータの確認をするのだろうか。
「やあ、お客さんは久しぶりだ! ゆっくりしていってくれ!」
「お世話になります」
ずいぶん若そうに見える男である。しかし資料の記載では齢五十を超えていた。どうやら所長と同年代らしい。かなり体格はよく、また黒髪を長く伸ばしている。
それはともかく一つ気になることがあった。上下ジャージ姿に活動しやすい靴。研究中だと聞いていたけど。
「あ、そうだ。ここは資料室、大声での会話は禁止だからね!」
「……承知しました」
岩本室長の声も大きいけど、大丈夫だろうか。
「なにか質問があるんだって。なんでも答えるよ!」
「今は運動中ですか?」
「この服装かい? 資料の整理で重い箱を運んでいたのさ!」
納得の答えだ。学生時代に倉庫整理のバイトをしたことがある。中身が本だと、結構な重さとなった。隙間なく箱に詰まった大量の典籍を運んで、ひどい筋肉痛になったことを覚えている。
なんとなく聞いてしまったけど、もちろん本当に確認したいことは違う。
「それでは本題に入らせてください」
「どうぞ、どうぞ!」
ずいぶんと陽気な人だと思う。コミュニケーションが取りやすくて助かる。それから他の所員に聞いたことと、同じような質問を繰り返す。秘宝遺物について何か知っていること、置かれている場所の心当たりなど。だが、いずれも空振り。
一通りの質問を終えた俺は軽く頭を下げる。
「――ご協力、ありがとうございます」
「あまり、お役に立てず申し訳ない」
恐縮そうに岩本室長は言った。少し元気が無くなっている。いきなり部屋へ押し掛けて、こちらこそ申し訳なく感じる。
「そんなことありません、大変参考になりました。最後に一つだけ、いいですか。所長の反対派について、お聞かせください」
「総務部長のことでしょう。昔は取り巻きがいましたけど、今はいませんよ」
資料の記載と変わらないか。それでも当事者の話は助かる。室長の言ったことをまとめると、能力は高いけど上昇志向が強すぎて周囲と摩擦を起こしやすい人だ。
そして室長は「個人の研究者としては優秀でした」と結ぶ。上に立つ者としては問題があると、言外に述べているのだろう。
俺は改めて礼を伝えて、資料管理室を出た。それから知紗兎さんの顔を見る。
「嘘は言っていないと思う、あの男の言葉は本心からのものだ。もっとも、一から十まで語っているかは分からないけどな」
「もう少し調査が必要ということですね」
これで所員の話は全て聞いた。厳密に言うと、他に二人の女性が所属している。しかし長期の研修で、しばらく研究所には戻らないらしい。そのため調査の人数に入れていない。電話も通じないとは、どんな所で生活しているのか。
まだ話を聞いていないのは協力者の一人。庶務に携わっている人である。地上で仕事をすることが多いとか。もうすぐ、地下一階の確認も終わる。それから挨拶に行こう。