28話 驚愕の報酬
「現七罪の参加者たちは、どんなことを研究しているのでしょう?」
「まず三つの柱が存在します。不老不死、生命進化、万物統合。そこに至る内容であれば、分野は問いません」
最後の万物統合が分からない。そのため所長に聞いてみた。あらゆる力や概念を解明して一つにまとめ、そこから新たな世界の創造を目指すらしい。説明を聞いたけど、よく分からなかった。
知紗兎さんに視線を向けたら、首を横に振られた。私に聞くな、ということか。とりあえず話を進めさせてもらおう。
「この研究所のテーマは?」
「生命進化の探究です。もちろん現七罪とは違い、手段は選んでいますけど」
今の言葉を聞いて、知紗兎さんの目が鋭くなる。
「それで沢村聞太が使う天耳通に着目したわけだ」
「ええ、その通り。もしも例の力を解明できたなら、人間は一つ上の階梯に進めるでしょう!」
所長の声には熱が入っている。自分の研究に誇りがあるのだろう。だけど諸手を挙げて賛成する気にはなれなかった。一歩間違えたら、大変なことになりそうだ。
「……そうですか。ともかく依頼の詳細を教えてください」
「これは、すみません。書類を用意しましたので、ご確認を」
「お預かりします」
丁寧に綴じられた紙の束を受け取り、知紗兎さんと二人で目を通す。依頼内容は秘宝遺物『楽園生成』の回収。期限は一週間だ。それを過ぎたら総務部長が戻ってくるらしい。
どんどん資料を読み込む。この研究所内で生活しているのは七人。所員が五人、協力者が二人。沢村聞太さんは後者である。人数のわりに建物は広いな。かつては大勢が生活していたけど、今は規模を縮小しているみたいだ。
「地上一階に、地下は二階。さらに畑や果樹園もありますけど、所員が世話をしているのでしょうか?」
「ほぼ作業は不要になっています。これも楽園生成の効果で、食べるときに収穫をするくらいですよ」
それは凄い。
「人間が生きていける環境を調える秘宝遺物。噂には聞いていたが……」
「信じられませんか、天目さん」
「疑う気持ちはある」
知紗兎さんは眉を寄せていた。なにか考え込んでいるようだな。とりあえず俺は資料で気になる箇所を質問しよう。
「外観が不明となっていますね。所員で知っている人もいませんか?」
「総務部長のみだ。しかし私に教えることはないでしょう」
どうやら事前に聞き取り調査をしていたらしい。秘宝遺物は前所長派の切り札と言えるもの。やすやすと話すことはないか。
ちなみに前所長派の人員は総務部長だけみたいだ。所長が変わったとき、大幅に所員の変更があったとか。
「厄介なことだ。私の天眼通で確認できればいいのだが」
「申し訳ございません。なにぶん、私も外部から来たもので」
「数年前の所長就任に伴い、この研究所に異動と記載されていますね」
資料に所長の略歴が書かれている。不祥事で前所長が失脚したため、その後釜に選ばれた。元いた所員が外されたのは、前所長に関わりが深いと考えられたため。
「……当時は大変でした」
所長が遠い目をしている。とにかく資料を読みながら、不明な点を聞いていく。あらかた研究所内は探したものの、発見できなかった。外を探そうとしたものの、範囲が広すぎる。
途方に暮れていたところで、天目探し屋の情報を知った。独自に研究所まで辿り着けたことで、仕事を依頼しようと思ったみたいだ。
「期限は一週間。これなら、なんとかなるか。あとは報酬だが――」
「あ!」
知紗兎さんと俺は目を見合わせた。書類に書かれた報酬内容に、目を疑ったからである。着手金が五万円、無事に見つけ出したら追加で十万円。ここだけなら驚かない。しかし次の記載は容易に信じられなかった。
『また回収した秘宝遺物は、天目探し屋事務所に所有権を移すものとする』
俺は声に出して該当部分を読み上げた。ちょっと考えられない。そもそも電気や水道が通っていない場所と聞いた。秘宝遺物の効果こそ所員たちの生命線と言えるだろう。
かなり疑わしい目で所長を見る。
「これは本気ですか?」
「報酬に間違いはありません」
はっきりと所長が断言。俺は反射的に知紗兎さんの様子を窺った。明らかに嘘があれば、彼女なら気が付くはずである。
しかし肩をすくめるだけだった。おそらく情報不足で判断できないのだろう。
「失礼かと存じますが、なにか裏は?」
本当に失礼ではあるけど、確かめることは絶対に必要だ。そして所長は気を悪くした様子もなく、ゆっくりと首を横に振った。
「ここに置いておけば、いずれ総務部長たちの手に渡る恐れがあるのです。つまり現七罪に流れ、違法な実験の温床となるでしょう」
「見つけた後に、自身で管理することも可能かと」
「それは難しい。かつて研究所で起きたことを、私は正式に発表するつもりです。おそらく秘宝遺物の管理から外されると思います」
知紗兎さんの力に頼るまでもなく、所長が本心で言っていると確信できた。それだけ真剣な表情だったのだ。
「研究所はどうなるのでしょう?」
「閉鎖を念頭に、所員の受け入れ先を用意しました」
「……そうですか」
俺は知紗兎さんに顔を向ける。
「この依頼、請けたいと思います。構いませんか?」
「無論だ。天目探し屋事務所の仕事にふさわしい」
問題なく上司の了解も得られた。というか知紗兎さんも積極的に受けるつもりな気がする。そうと決まれば、さっそく行動開始といこう。
あ、その前に契約書へサインが必要か。念のため書類を再確認して依頼受諾だ。知紗兎さんが署名して完了。
「よし、いいぞ」
「天目様、安海様。どうか、よろしくお願いします」
「最善を尽くす所存です」
所長が深く頭を下げたため、俺も姿勢を正して返礼。改めて調査を開始しよう。
まずは研究所内を見て回ることにした。こちらの捜索は終わっているらしいが、自分の目で見ることも大切である。
所長は重要な案件があるので、俺たちだけで施設内を移動中。あらかじめ所員に連絡してあり、不審に思われることはないみたいだ。
「私室の捜索は、本人の立ち合いが必要。他は自由に調べて構わないと」
「とりあえず下から順番に巡ってみましょう」
地下二階は役員用の部屋が揃っている。所長や総務部長の部屋などだな。それと副所長は空席と聞いた。通例では総務部長が兼任するのだが、他の者たちが強硬に反対しているとか。近くに庭園があり、その隣に栽培用の農地もあった。地下にも関わらず光量は充分らしい。それから運動用の部屋だ。ジムみたいな場所である。研究も身体が資本ということか。
階段を上り、地下一階に移動。こちらは主に研究用の部屋が揃っている。途中でサーバールームを発見。預かったカードキーを使い、中に入った。
「天目探し屋の者です。お忙しいところ、失礼します」
「所長から話は聞いている。できるだけ協力してほしいとのことだ」
「それでは、いくつか教えてください。まず、ここの通信環境は?」
部屋の中にいたのは若い男。淡々とした話し方だけど、敵意は感じられない。
「研究チーム全体と繋がる、組織独自のネットワークが構築されている。無線だがセキュリティに問題はない」
「例の探し物ですが、場所を知っている方と連絡を取れませんか?」
「それができれば、すでにやっているさ。知ってそうなのは、前所長と関係が深い者だけ。教える奴はいない」
もっともな話だ。それでも何人か当たってみたが、取り付く島もなかったとか。そのあと研究所の環境について少し聞いた。礼を言って部屋を出る。
そういえば梨恵さんや聞太さんも地下一階にいるのかな。研究所内の見取り図によると、能力鍛錬室という部屋があった。ともかく次の場所に向かおう。