27話 組織の名称『現七罪』
話を終えた沢村聞太さんは公園を出た。タイミングを見計らったように、一台の車が来る。あれで帰るらしい。
これで梨恵さんの依頼は完了。正確には報告書を作成して、彼女に渡してからが終わりだ。
「……帰るか、運転よろしく」
「了解しました」
眠そうな知紗兎さんに答えてから、三人で車に乗り込む。もう夜も遅いせいか、交通量は少ない。
ただ動物が現れるらしいので、速度に気を付けつつ道を進む。
「あ! 母に連絡しないと!」
後部座席にいる梨恵さんが声を上げた。きっと無事に発見できたことを伝えるのだろう。家族で話し合う時間が取れることを祈る。
「もうすぐホテルに着きますよ。部屋で腰を据えて電話をしたらどうでしょう」
「あ、そうですね」
なにも走る車の中で電話することはない。それから伝える内容も考えた方がいいだろう。いきなり全てを打ち明けても困りそうだ。というか俺なら絶対に困るぞ。知紗兎さんから天眼通のことを聞いたとき、どうしようかと思ったものだ。
ホテルに到着したら、さっそく梨恵さんが通話を始める。そして俺は報告文書の作成を行うため、ノートパソコンと向かい合った。ちなみに知紗兎さんは晩酌中。一人で静かに飲む分なら問題ないか。そう思っていたら、こちらに近付いてくる。
「報告書なんて後でいいだろ。さあ、飲むぞ!」
「せめて一段落つくまで待ってください」
作業を残せば余計に面倒となる。行動の記憶が薄れていくのも問題だ。なんとか四苦八苦しながらも仕上げていく。
やっと概略は完成したので、あとは細部を詰める。その前にチェックを頼もう。
「知紗兎さん。確認を――できませんね」
かなり飲んでいる。彼女に視線を向けると、右手をヒラヒラさせた。おそらく、明日にしてくれという合図だと思う。
「無理」
「はあ、わかりました」
「ならば祝杯だ」
考えてみたら、それもいいだろう。一仕事、片付いたことには違いない。明日の新しい案件に向け、英気を養うのだ。
そのとき通話を終えた梨恵さんが来た。もちろん彼女も誘おう。父親の居場所が分かり、少しは安心できたのかな。表情が柔らかく見える。
「どうでしたか?」
「詳しいことは話さないで、父と会ったことを伝えました。きっと母も安心したと思います。それと離婚の件についても、もう一度きちんと話し合うそうです」
進展はあったようだ。また時間の都合が付けば、こちらまで足を運ぶとも言っていたらしい。
「お~い、とにかく沢村梨恵も座るといい。飲もう」
「そういえば売店で地酒を買っていましたね。お勧めはありますか?」
「賢悟、どうだ?」
二人の質問に少し困る。
「俺は故郷の酒に詳しくないのですよ、進学を機に地元を離れたので。とりあえず酒好きの親戚が飲んでいたものは覚えていますけど」
「ああ、それはいいな。教えてくれ」
購入した酒瓶の中から何本か持ってきた。机の上に並べて置く。たしか古代米を使った焼酎は飲んだことがあったな。あとは日本酒に地ビール。その他いろいろ。
それから三人で飲み始める。ただし俺は明日に響かない程度で抑えよう。新たな依頼人と会うわけだから。
翌日、俺たちは研究所の門前に到着。今回は最後まで車で来た。道が通じていることを聞いたからである。ちょっとギリギリの道もあったけど、なんとかなった。
車から降りて、門のインターホンを使用。
「だれか」
「天目探し屋の安海賢悟です。福田所長と面談の約束があります」
所長の名前は事前に聞いておいた。沢村聞太さんから、詳細を説明してもらったときのことである。
すぐに門の扉が開く。どうやら電子制御みたいだ。このエネルギーも秘宝遺物で賄っているのだろうか。
「中に入ったら、壁に沿って左へ進むといい。駐車場の入り口を開けておくので、そこへ車を停めること。許可証を受け取ることを忘れないように」
「ありがとうございます」
礼を述べて、言われた通りに進む。意外と距離があった。改めて建物を見ると、かなりの大きさだ。漆黒で長方形型の建造物。見える範囲では窓もなく、威圧感を受ける。
「それにしても愛想の無い受付だ」
「まあ、いろいろな人がいるものです」
愛想の無さなら、知紗兎さんも負けていないけど。ただ彼女の場合、依頼人への対応は意図的なものらしい。端的に言えば人を選んでいる。相手の礼儀や言葉遣いなどを気にするうちは、本当に探したいものではない。藁にも縋る想いで事務所を訪ねた者にこそ、天眼通の力は必要なのだと言っていた。
しかし知紗兎さんは聞き込みの相手にも愛想が無い。そちらの対応は完全に素の性格だと思う。不思議なのは、気分を害する人が少数だということ。なぜか彼女の態度に納得してしまう。
「あ、見えたぞ。ちゃんとした場所だな」
ハンドルを右に切って、駐車場に入る。そのとき入り口のシャッターが降りた。一瞬、三人に緊張が走る。閉じ込められたようにも感じたからだ。
「とにかく近くに停めます」
「そうだな」
隠された研究施設だ。用心に越したことはないだろう。すぐに逃げられる場所へワゴン車を停めた。それから最低限の荷物を持って、車から降りる。
これから許可証を貰いに行く。ただ広い空間に人の姿は見えない。数十台の車が停められるスペースに、俺たちだけがいる。辺りを見回すと施設の中に繋がる扉を発見した。行ってみよう。
「扉が開く!」
知紗兎さんが警告を発するように声を上げた。姿を見せたのは二人の男である。一人は沢村聞太さん。
そして隣に立つ見覚えのない者。年齢は五十代くらいかな。背は高く痩せ型で、白髪が目立つ。また黒いシャツの上に白衣を着ていた。
「初めまして。天目さん、安海さん。私が当研究施設の所長、福田です」
「これは、ご丁寧に」
男の穏やかな挨拶に、軽く頭を下げて答える。俺たちを知っているようだけど、簡単に自己紹介をした。しっかりと頷きながら話を聞く姿に好感を持てる。そして研究所内の立ち入り許可証を受け取った。
それから沢村聞太さんは、梨恵さんを手招きして呼び寄せる。彼女は疑いもせず近付いていく。
「福田所長、私と娘は訓練場に向かいます」
「ああ、頑張ってくれ」
「失礼します。父さん、行きましょう」
父と娘、二人は施設の中に入っていった。残されたのは俺と知紗兎さん、そして福田所長。
「まずは私の部屋へ、いらっしゃってください」
なんというか物腰が丁寧すぎて、ちょっと怖いな。所長が歩き出したので、後を追う。それほど通路は広くない。二人が横並びで何とか通れるくらいか。
先導されるまま歩くと、エレベーターに乗った。行き先は地下のようだ。
「今まで一度も人を見掛けませんね」
「ここで生活する者は少ないですので」
エレベーターから出ると、ちょっと歩いた。所長の部屋は、研究所の最奥にあるらしい。扉はロックされておらず、そのまま室内に招き入れられた。かなり不用心だと思う。
「鍵を開けたままでしたが、大丈夫でしょうか?」
「問題ありませんよ、必要な研究データは全て共有しています。それと閲覧権限を設けて、個人情報を管理しているのです」
寝るとき以外は、所長室を開放するみたいだ。
「また総務部長派に対する牽制を兼ねています。私は組織の一員であり、おかしな隠し事は一切していないと」
「ほう、組織か。詳しく聞きたいものだ」
知紗兎さんが関心を持った。それから俺も気になっている。高宮先生から貰った資料によると、研究者たちの集団があるらしい。しかし名称も目的も不明。
「研究内容が認められず、居場所を失った者たちの集まりです。長いこと、細々と活動をしていました。しかし最近、一部の者たちが暴走を始めています。現七罪と名乗り、研究のためには手段を選ばない」
話を聞く限り、危険なグループみたいだな。もしかして所長の依頼を受けると、どこかで恨みを買うのではなかろうか。




