25話 真夜中の小さな公園
梨恵さんの言葉が向こうに聞こえたか気になるけど、今は話を進める。
「私たちは沢村聞太様へ面会に訪れました。ご息女が話を希望していると、伝えてもらえますか」
俺は努めて丁寧な言葉遣いを心掛けた。それから本人がいることを前提にして、交渉を始める。もし見当違いであれば、相手の反応で分かるだろう。向こうの姿が見えないため、反応を知るには音しかない。しっかりと耳を澄ませる。
『しばし待て、確認する』
どうやら通話を切ったようだ。確認ということは、望みがあると考えてもいい。あとは門前払いにならないことを祈るか。――数分ほど、この場で待機した。
『本人に伝えた。沢村聞太は娘と会うことを望んでいない』
「嘘です!」
「落ち着いてください、梨恵さん!」
気色ばんだ彼女を慌てて止める。今、事を荒立てるとまずい。少なくとも本人がいると確信できた。いなければ、はっきり言えばいいのだから。
「でも!」
「俺に考えがあります。任せてください」
「……はい」
やや納得していない様子だけど、なんとか抑えてくれた。
「失礼しました。それでは手紙だけでも届けていただけるでしょうか。郵便受けに入れておきますので」
『承知した』
俺たちは礼を言って、その場を離れる。ある程度の距離を取って、知紗兎さんが立ち止まった。
「手紙を本当に受け取るか見るぞ」
「お願いします」
ここは彼女に任せよう。体力は大丈夫だと思うけど、ちょっと心配だ。帰り道は要注意である。
すぐに反応があった。知紗兎さんの様子で分かる。
「男が一人、出てきた。若そうだと思うが、実年齢は不明。スーツ姿で短髪。門に近付いて手紙を取り出した。……持ち帰るようだ」
「捨てられなくて、ひとまず安心ですね」
そう俺は言ったものの、あとから廃棄されることも考えられる。気休めの発言に過ぎない。
「手紙には言われた通り、待ち合わせ場所と時間を書きました。本当に来てくれるでしょうか」
「信じて待つといい。賢悟に考えがあるみたいだ」
「正直、なんとも言えませんよ。しかしダメなら次の手を検討します」
手紙が沢村聞太さんに渡る。それを読んで動こうする。無事に指定の場所まで、たどり着く。そもそも自由に外へ出られる環境なのか不明。
ぱっと考えられるだけでも問題が多いと思う。絶対に大丈夫とは、口が裂けても言えない。今から複数の策を練っておくべきである。
「戻って休息を取るぞ。指定の時間は遅かっただろ」
「夜に公園で待つと、梨恵さんに書いてもらいました」
これで会えるといいのだけど。懸念は娘が来たことを知って、施設から逃げ出すことである。理由も残さず失踪したのだから、充分にありえるだろう。
そのため、知紗兎さんが常に警戒をしている。施設に人の出入りがあれば、すぐ気づくとのこと。反面、消耗が激しい。彼女が休息を望むのも当然だ。
――真夜中の公園。月光の下、俺と梨恵さんは沢村聞太さんを待っている。もう完全に深夜だな。もともとピンポイントでの時間指定はしなかった。向こうにも、都合があるのだから。また日付の指定もしていない。今日から夜の待機が続くかもしれないけど、それでも希望があるだけいい。
知紗兎さんは公園の外、近くに住む知人宅で待機中。知人は気の優しい女性で、訳を話したら快く場所を提供してくれた。
「動いたぞ!」
二人で話をしながら待っていると、慌てた様子の知紗兎さんが声を掛けてきた。向こうの動向を知らせに来てくれたようだ。彼女は公園の敷地外にいる。近付いて話を聞こう。
これで事態が進展したら助かる。梨恵さんも不安だろう。あと何日も続けて夜の公園にいたくない。
「こちらに来ますか?」
「そこまでは分からない、まだ建物を出たばかりだ。慎重に車で移動中」
道が狭いうえに、見通しも悪い。夜間に走りたくない道の筆頭だ。慎重にもなるだろう。あるいは目撃者を警戒しているのか。
俺は梨恵さんを見る。彼女には公園で待機するよう頼んでおいた。
「念のため、車に行きましょう。少し離れます」
「わかりました。どうか、お気を付けて」
一人で残すのは心配だけど、相手に逃げられたら困る。それに天眼通で補足できない状況も考えられるのだ。沢村聞太さんと行き違いになることは避けたい。
問題は自動車の行き先か。もしも別方向に進むのであれば、車で追う必要もあるだろう。
「よし。賢悟、準備するぞ」
知紗兎さんの言葉を聞きながら、すぐに駐車場へ移動。彼女に視線を向けると、軽く頷いた。それから右の手掌を見せる。まだ動くなという合図か。つまり順調に事が進んでいるようだ。ここに向かわない様子を見せれば、すぐに追いかける。
しばらく沈黙の時間が続いた。険しい表情の知紗兎さんを見つつ、今後の行動を考える。
「普通に移動すれば、もう到着するころですか」
「かなり速度を抑えている。しかし朗報だ、すでに町中へ入ったぞ。逃走を図っている様子はない」
本当に良い知らせである。
「今、どこにいますか?」
「神社の近くだ、車だと数分も掛からない距離。もう間違いないだろうな、ここの公園に向かっている」
それなら俺たちも公園の敷地内に入ろう。中央に立っていた方が警戒されない。三人で待つことは手紙で伝えてもらった。人数が違うことで引き返されても困る。
少しだけ待つと、一台の自動車が道路脇に止まった。助手席の扉が開いて、男が降りる。街灯の光に照らされて、姿が確認できた。
何度も写真で見た顔――沢村聞太さんだ。そして梨恵さんは言葉も無く、父親を見ている。
「あ、車が戻っていきます。運転手は誰でしょうか」
「手紙を取り出した人間だと思う。この公園内だと天眼通が使えないから、断言はできないけどな」
近付くにつれて、はっきり姿が見える。丈が長い1枚の服を着ていた。患者衣のように感じる。サンダルを履き、両手には何も持っていない。
「お父さん!」
梨恵さんが叫ぶような声を上げた。
「久しぶりだな、梨恵」
「なんで急にいなくなったの!?」
「理由は――そちらの二人ならば、分かるのではないか」
急に話を振られた。連絡もしないで失踪した理由か。推測はできている。ただし証明する手段はない。
「私は知らん。難しいことを考えるのは、相棒の役目だからな」
「堂々と言わないでください。俺だって確証はありませんよ。なんとなく、想像はしていますけど」
「ぜひ聞かせてもらいたい。探し屋という存在に興味がある」
なにか変な期待をされていると思う。まあ、いい。話を進めるか。
「事の発端は、沢村聞太さんの天耳通。幼き頃に目覚めて、成長するにつれて使えなくなる。しかし最近、力が復活した。時期は半年前から数年前の間でしょうか」
「強く自覚したのは、二年ほど前からだったよ。それ以前から心が不安定なとき、無意識の内に使っていたと思う」
おそらく沢村良枝さんとの関係が悪化した頃だろう。心身に負荷を与える要素があれば、能力の発動に悪影響を及ぼすみたいだ。
「そして沢村聞太さんには、一つの懸念があった。能力が娘にも宿っているのではないかと。そこで貴方は対処法を探すことにした。地元に戻り、高宮さんのことを知る」
捜索の途中で、梨恵さんは天耳通を使用していた感じがする。的外れな懸念ではない。
「やはり先生に会ったようだな。特殊な力を研究する組織が多くて驚いただろう。この場所まで辿り着くのは感心するよ」
「優秀な情報屋に頼みましたよ」
彼女に貰った地図と照らし合わせたから、この場所が判明したのだ。さて、話は始まったばかり。
探し屋としての仕事は、二人を対面させたことで終わっている。契約に記載してあるからな。これからはアフターサービスの時間。改めて気合を入れていこう。




