24話 迷いの森
「ここで間違いないのか? 見た感じ目印も無い。ただの広い空間だ」
「歩いていて急に開けた場所へ出たのです。強く印象に残っていますよ」
「それも道理か。ならば、いつから変わったのか見るぞ」
本日、二回目の天眼通である。
「梨恵さん、俺たちは少し下がりましょう。邪魔になってしまうので」
「あ、はい」
移動の際は、知紗兎さんが最後尾にいたからな。視界を確保するために、彼女の死角へ移動する。あとは静かに待つだけ。
知紗兎さんの様子から察するに、どうやら苦戦しているようだ。彼女は忙しなく顔を動かす。やがて動きが止まり、それから数十秒ほど経過。
「……なんとか少し確認できた。賢悟の言った通りの光景だな」
「いつから何もない場所になったのでしょう?」
「そこまでは分からなかった。もう少し情報が必要だろう」
ならば先に進むしかない。地図と方角を照らし合わせて、施設の場所を求める。まだ先だと考えられた。それと山の一部を切り開いたらしく、道が曲がっている。直進は不可能なため、時間が掛かるだろう。
しかも道幅は狭く、すでに車の通行は困難なほど。研究設備や荷物の持ち運びも大変そうだ。ちょっと心配になってきたけど、戻っても始まらない。俺は道の先を見据えた。そして一つ思い出す。
「たしか子供のころに来たときは、道が工事中でした」
地面に二本の杭が刺さっており、鎖が掛けられていたのだ。また工事中の看板が設置されていたと思う。通行止めではなく、注意を促す内容だったかな。ここまで来るのに、結構な時間を使っている。帰りのことも考えて、引き返したはず。
「つまり行く先に何があるか分からないと」
「そうなります」
また木々に遮られて視界が悪く、遠くまで見渡せない。研究施設があったとして近くまで行かないと確認は不可能だろう。
それから前方の道は大きく曲がっている。これも視界が制限されて厄介である。とにかく注意して進もう。
どれくらい歩いただろうか。かなり疲れた。
「こんな場所で研究が可能とは思えないな」
「そうですね」
知紗兎さんの言葉に、俺は即座に同意した。見たところ、電線が通っていない。つまり電力なしで研究していることになる。一昔前ならともかく、今の時代に考えにくいだろう。仮に自家発電で賄ったとしても、不便なことに違いはない。
歩き続けていると、だんだん傾斜がきつくなってきた。山に登っている感じで、崖下に落ちたら危険である。自動車が通れるギリギリの幅。悪天候だと通行禁止になっても不思議はないくらいだ。
「道の端が崩れかけている。気を付けてくれよ」
「了解しました」
「ちょっと怖いですけど、なんとか頑張ります」
梨恵さんの声は少し震えていた。それでも前に進む。うっかり下を覗き込むと、かなり恐怖を感じるのだ。
「ああ!」
いきなり知紗兎さんが短く叫んだ。唐突だったから心臓に悪い。とにかく理由を聞こう。
「なにか、ありましたか?」
「今、見えた。この先だ。天眼通に映った風景の場所!」
「もしかしてスケッチブックに描いた休憩所!? すぐ行きましょう!」
どうやら目的の場所が近いらしい。きつい傾斜が終わり平坦な道になる。周囲は木々に囲まれ、森の中を歩く気分だな。かろうじて道らしき跡が見えるけど、いつ消えるか分からない。周囲だけでなく、地面にも注意する必要がある。
そして俺たちは道から外れた所に、椅子や机が置かれているのを発見する。ただ問題が一つ。
「周りをロープで囲っています。俺の見たところ、かなり新しい物ですよ」
これはスケッチブックに描かれていなかった。視界の外だったのか、見たときは無かったのか。おそらく後者だと思う。描かれた風景は周囲の様子も映っていた。きっと最近、ロープを張ったのだ。
それはともかく、この状況だと勝手に入ることはできない。明らかに立ち入りを禁止している雰囲気である。
「ここまで来たからには、勝手に入りたくなるな」
「駄目ですからね」
知紗兎さんも本気で言っていないだろう。俺は軽く止めるだけにした。
「こういうとき探し屋さんの仕事では、どうするのでしょう?」
「土地の所有者に連絡を取ります」
「しかし該当の人物が分からないのだよな」
梨恵さんの質問に俺が答えたあと、知紗兎さんからの指摘。目の前に手掛かりがありそうなのに、できることは少ない。問い合わせることができるように、写真を撮っておく。
「――撮影、終わりましたよ」
「あとは、この場所を記録しておこう」
「そうですね。手帳に書いておきます」
ということで記載が完了。これで次に来るとき困らないだろう。
「さて、捜索再開だ」
まだ道は続いている。俺たちは周囲に気を配りながら、また歩き出す。休憩所があるならば、近くに利用している人がいるかもしれない。
「あ、止まってください」
「どうした?」
周囲の景色に違和感があった。見たところ、ただの一本道。
「なにか変です」
「わかった、天眼通で確認する」
「お願いします」
短い言葉だけで、知紗兎さんは察してくれたようだな。正面を見てから、唐突に右を向く。そちらには――別の道があった。
不自然なほど自然な道。どうして今まで気が付かなかったのか。バイク練習場に来るまでの分岐点でも、似たようなことがあった。
「特に不審な点は感じられない、通常の分かれ道だ。行くとしたら右だな、誰かの通った跡がある」
「俺は一本道だと思いました。その時点で普通ではないでしょう」
指摘されるまで、右側の道に気が付かなかった。だけど道があると認識したら、気づかなかったことを疑問に感じる。注意力の問題とは考えにくい。
「人を遠ざける特殊な力が働いているのかも。注意して進んでくれ」
俺は知紗兎さんに了解の返事をして、また先頭を歩き始める。そのあとも何度か分岐があった。俺には分からなくて、知紗兎さんに教えてもらう。
おかしな感覚だと思う。迷いの森とは、こんな感じかもしれない。
「……判別が難しいですね。そういえば梨恵さんは分かりますか?」
「だんだん分かるようになってきたと思います」
あ、そうだったのか。それは助かる。知紗兎さん一人だけだと、心配だからな。負担も大きいだろうし。
それから数十分ほど歩くと、塀で囲まれた建物を発見。重々しい門は、人を寄せ付けない雰囲気だ。見るからに、いわくありげな施設だと思う。背筋が寒くなってきた。
二人の様子を窺ったら、知紗兎さんは平然としている。一方の梨恵さんは、俺と同じような感じだ。こちらが普通の感覚だと思いたい。
「ちょっと待った。これ以上、近付くと監視カメラに映る」
「そんな物があるのですか?」
「不思議なことに、ほとんど内側に向いているが」
知紗兎さんが全く不思議ではなさそうに言った。監禁用の施設だと、疑っている感じである。他に内側を監視する理由が思い付かなかったのだろう。
まずは沢村聞太さんの所在を確かめないと始まらない。しかし正面から尋ねて、答えてくれるだろうか。
「行きましょう。梨恵さん、手紙は持ってきました?」
「もちろんです」
あらかじめ認めてもらった手紙。対面で会話が難しいときに、役に立つと思ったからだ。
俺たちは堂々と門に近付く。不審な動きは厳禁だ。門の横にインターホンがあるため、それで連絡を取る。
『だれか?』
お手本のような誰何の声だ。とりあえず応答があって助かった。無反応は本当に困るからな。声の感じは無機質で、性別や年齢の区別もつかない。
「奥で父の声が聞こえました!」
俺が相手に返答する直前、唐突に梨恵さんが言葉を発した。どうやら思わず声を上げてしまったみたいだ。
不審に思われなかったか心配である。