23話 消えたバイク練習場
午前の聞き込みを開始。しばらくして郵便物が届いたと連絡を受けた。俺たちはホテルに戻り、梨恵さんと合流。すっかり顔色が良くなっている。
そして三人で郵便局に向かった。まずは知人に挨拶しておこう。ちょうど受付に顔馴染みの女性がいる。たしか今年で三十路を越えたはずだけど、昔と同じように若々しい。バイトのときは世話になった。配達員の経験もあるため地理に詳しい。噂好きで人間関係に興味津々なのは玉に瑕。
「来たわね、安海君。話は聞いているわ」
「お世話になります」
俺は頭を下げ、改めて用件を切り出した。悪友は外勤のため、今は不在である。代わりに彼女が対応してくれるらしい。梨恵さんが身分証明書を提示して、書類の入った封筒を受け取った。
「積もる話もあるし、休憩所に行きましょう」
彼女は今から休憩を取るみたいで、そのまま案内してくれた。中に入ると、先に梨恵さんは書類の確認。
俺と知紗兎さんは話を聞く役割だ。沢村聞太さんの目撃情報を尋ねるけど、誰も見た人はいないとのこと。
「この地図の場所に研究施設があるようなのです。心当たりはありませんか?」
「基本、建物の内部には入らないからね。外観だけだと分からないわ。それ以前に配達へ行ったこともないかな」
そして地図に視線を落とし、指でなぞっていく。おそらく道や周辺の景色を思い浮かべているのだろう。仕事で関わりがなくても、休日に近くへ行くときもある。
彼女の指先が止まった。それから左手を頬にあて、首を傾げる。なにか考え事をするときの癖だったはず。
「どうしました?」
「ここ、わかったかも。バイク練習場があったと、貴方が言っていた場所でしょ」
「あ!」
そういえば子供のころ、遠出した先で見た覚えがある。彼女に話したら、興味を持って聞いてくれたっけ。バイトを始める何年も前のことで、本当に昔のころだ。
「ほう、詳しく聞かせてもらおう」
「食い付きますね」
今まで俺たちの話を聞いていた知紗兎さんが興味を持った。二輪の免許を持っているからだろう。
ただ昔のことなので、詳細は覚えていなかった。
「練習場というからには、大規模なコースでもあったのか?」
「そんな本格的ではありませんでしたよ」
とりあえず覚えていることを話そう。最初に見た風景は、タイヤが埋め込まれた斜面だ。バイクがジグザグに走って、斜面を駆け上がる動画を見たばかりだった。それで練習場と思ったのである。
他にも障害物走で利用できるような板や木が設置されていた。周囲は舗装されていない道なので、オフロード練習も可能だ。さらに道の脇には、バイクが置かれた小屋もあった。
「――という話を友達にしたら、何人かで見に行くことになりました。休み明けに伝えたので、週末が待ち遠しかったです」
「だけど場所が分からなくなったのよね。それで郵便局員なら詳しいだろうって、相談に来たのを覚えているわ」
そうだったな。さして親しくない子供の話を真剣に聞いてもらった。
「そのあとも何度か探したけど、見つかりませんでしたよ」
「私も手伝って、いろいろ調べたけど分からなかったの」
「それで練習場が消えたと。単純に考えたら、賢悟が場所を勘違いしたのだろう。ところで土地の所有者に話は聞いたのか?」
これは彼女が対応してくれたので、俺自身は詳しく知らない。ちょっと子供には教えにくいことだったらしく、概要だけ聞いた。
「残念だけど所有者が不明なの。元の持ち主は親類縁者がいなかった。亡くなったとき、内縁の妻に権利が渡ったと噂が流れたとか。その人も町を離れて、何十年も帰っていない」
所有者不明土地か。探し屋をしていると、たまに遭遇するときがある。失踪者や遺失物などを捜索中に、私有地内を調べたい状況ができるのだ。
とはいえ他人の土地に無断で入ることはできない。権利者の許可が必要となる。そのとき所有者と連絡が取れない場合もあり、非常に厄介な状況に陥ってしまう。
「とりあえず道が続いている限り、行ってみます」
「それしかないだろう」
「気を付けてね。最近、町内で動物の目撃情報が多いの」
鹿やイノシシだろうな。あとは猿やタヌキもいる。接触事故を起こしたり、畑を荒らされたり大変だ。
これから行く場所は山に近い。森の中を進むようなものである。充分に注意することを心掛ける。
「これで……完成です」
しばらく会話を続けていたら、書類を確認中の梨恵さんが顔を上げた。どうやら署名と捺印も完了したようだ。印鑑を持っているのは、捜索へ行く前に俺が頼んだからである。沢村聞太さんの家族だと、証明が必要になるかもしれない。
今更だけど、隣で会話は邪魔だったかな。まあ、本人は気にせず集中していた。
「お疲れ様でした。問題はありませんか?」
「何度も読み返しました。大丈夫だと思います」
その場で郵送の手続きを取ってもらう。なにがあるか分からないから、早い方がいい。終わったら谷町に連絡。到着次第、対応を進めるそうだ。
ここでの用事は片付いた。礼を言ってから、郵便局を辞する。外に出ると、日が高い。そろそろ昼飯か。
近くの飲食店で空腹を満たしたあと、いよいよ施設の捜索に向かう。場所は少し離れているため、しばらく車での移動だ。
川沿いの道を進むと、一本の橋が見えてくる。昔、そこを通ったことは確実だ。橋の数は多くないため、よく覚えている。橋を渡って左折すると、あとは一本道が続く。やがて広い空き地を発見。
「だいぶ進みました、ここからは徒歩で行きましょう。車を停めます」
「今から許可を?」
「大丈夫です。ここは無料の駐車場として、開放されている場所なので」
ちなみに悪友の親戚が管理をしているらしい。あとで礼を伝えてもらおう。
「わかった。なら目的の場所へ向かおう。道は思い出せるか?」
「正直、うろ覚えで……とにかく記憶を辿りながら行ってみます」
さっそく歩き始める。ここからは川を背に、山へ向かって進む感じだ。かつては畑だった土地を横目にしながら、凸凹道を踏みしめていく。少し歩きにくいため、足下に注意を払う。
移動しながら周囲を見ても、思い出の風景と一致しにくい。記憶が薄れたのか、景色に変化があったのか。
「きゃっ!」
俺の右斜め後方から、小さな悲鳴が聞こえた。梨恵さんが体勢を崩しているのを見て、とっさに正面に立つ。倒れそうになる身体を支えた。どうやら大きめの石に躓いたみたいだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
こういう道は慣れないと辛い。足を痛めていないか確認して、再び歩き始める。わずかに速度を落とそう。子供でも日帰りできた距離だし、まだ時間に余裕はあるはずだ。
ひたすらに足を動かす。もちろん、周囲に視線を向けることも忘れない。目的は沢村聞太さんの発見で、そのために研究施設を捜索しているのだ。
「賢悟、分かれ道だぞ。どっちに行く?」
「ちょっと待ってください」
左右に続く、二本の道らしき跡があった。俺は立ち止まって、周囲を確認する。バイク練習場までの道が思い出せない。突然、記憶が曖昧になった気分だ。
「一度、天眼通を使おう。人の通った跡を確かめたい」
考えても答えは出ないか。ここは知紗兎さんの言う通り、天眼通に頼る。彼女は数十秒ほど地面を見てから顔を上げた。
「その様子だと成功しましたね」
「ああ、問題なく。一本だけ半年以内に何度も使われた道がある」
そして知紗兎さんは正面の道を指差した。左でも右でもなく正面。不意に、昔の記憶が蘇る。この道は通ったことがある。そのときは三本の道で迷い、棒を倒して行き先を決めたのだ。どうして忘れていたのだろう。
ともかく進む先は分かったので、歩を進める。しばらくして、少し開けた場所に出た。俺は足を止めて頭を捻る。
「……おかしい」
「どうした?」
「俺の記憶が確かなら、ここにバイク練習場があったはずです」
右手側に見える斜面に、タイヤが埋め込まれていたと思う。だが今は何もない。そして左手側に障害走が可能な場所があったのだ。だが影も形もない。
さらに草木が生い茂る場所に、バイクを収納した小屋を見た。単純に考えれば、撤去したのだろう。だけど、いまいち腑に落ちない。