22話 便りの無いのは良い便り
さて公園の調査は終わりでいいだろう。この地域に来た理由は人探しだからな。本件の捜索に戻らないと。
時間を確認すると、もう正午を過ぎている。次の行動を考えよう。
「ところで腹が減った」
「そういえば私も」
俺も同じく。まずは昼食か。
「なにか食べたい物はありますか?」
「ソバがいい」
駐車場の近くにあった蕎麦屋を見て、食べたくなったのかな。俺は構わないが、依頼人を差し置いて主張するのはどうだろうか。梨恵さんに視線を向けると、軽く頷いた。彼女も問題ないようだ。
午後からは聞き込みを中心に動く。徒歩での移動も多くなりそうだ。しっかりと食べておこう。
――日没が近い、そろそろホテルに戻る時間だな。商店街や宿泊施設を中心に、ひたすら聞き込みを続けたが成果なし。
「ここでも情報は得られませんでしたね。地元の知人にも協力を頼みましたけど」
「人目を避けて行動しているようだからな。もしかしたら天耳通の力を使っているかもしれない」
世界の声を聞く能力か。自分が不利になる場所を避けることも可能らしい。
「ただ悪い話を聞かないのは、安心材料と言えるでしょう」
「そうだな。今のところ、事故や事件に関わった様子は無かった」
俺の言葉は希望的観測が過ぎる。だけど梨恵さんに不安を与えたくないからな。意外と言っては失礼だが、知紗兎さんも上手く合わせてくれた。
明日こそ手掛かりが見つかるといいのだけど。
「お二人とも、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
さりげなく気を遣ったつもりなのに、梨恵さんから礼を言われた。思ったよりも不安は無さそうだ。
――ホテルに戻り、借りた部屋に入る。夕食は客室で取るらしいな。俺が借りた部屋に三人で集まった。時間になると料理が運び込まれてくる。そして飲み放題のメニューを渡された。反射的に知紗兎さんの顔を見る。
「私が頼んだわけじゃない!」
「急ぎで取れる宿泊プランに最初から含まれていました」
「あ、なるほど」
梨恵さんの言葉に納得。知紗兎さんが飲みたいから追加したと思ったけど、違うようだ。というか俺は何も言っていないのに、よく考えていることが分かったな。
「ひどい濡れ衣を着せられた」
「でも飲むのでしょう?」
「当たり前だろ。それはそれだ」
元から料金に入っている。利用しないのは、もったいないか。
「あ、お刺身が来ましたよ!」
「焼き魚と煮つけは鯛だな。日本酒が飲みたい」
刺身は季節の魚みたいだ。けっこうな量があるけど、知紗兎さんなら余裕で食べ切るだろう。今日は体力も天眼通も使っているし。
さて、俺も腹が減った。海の幸に感謝しつつ、いただくとしよう。
和やかに夕食の時間が過ぎていく。朝は食が進まなかった梨恵さんだけど、今は問題ないようだ。知紗兎さんほどではないが、しっかりと食べている。
しかし食が進むに合わせて、酒も進んでいるけど大丈夫かな。二人の様子を見ていたら、着信音が流れた。携帯電話を確認すると、母親からのメールである。
「どうした?」
「家族からですよ。こちらに来ているなら、実家に顔を出せと。そして職場の人も一緒にと書いてあります」
「時間が空いたら行ってくるといいぞ。もちろん私も付き合おう!」
なにが狙いだろう、積極的すぎて怖い。弱みでも握られそうだ。少し疑いの目で見てしまう。
「やはり雇用者として、ご家族に挨拶へ行かないと」
「仕事が終わってから考えましょう」
「わかったよ、今回の件が一段落してからだな。忘れないように」
知紗兎さんの中では、行くことが決定したみたいだ。実家には『できるだけ帰るようにする』と返信しておこう。
「できるだけとはなんだ~」
さっきまで対面で座っていた知紗兎さんが俺の横に来る。そしてスマホの画面を
覗き込んだ。普段なら最低限のマナーはある。メールを横から見るようなことは、しないだろう。あまり顔には出ていないけど、だいぶ酔っている。変に絡んでくることは止めてほしい。
一方の梨恵さんは騒ぎもせず、静かに料理と酒を嗜んでいた。顔色が赤いけど、対応はしっかりしている。
「絶対に帰るとは言い切れないですから」
「え~、気合でガンバレ。……温泉に入りたい」
会話の途中で唐突だな。
「飲んだ直後に風呂は危ないですよ。少し酔いを醒ましてからにしてください」
「そんなに飲んでないぞ!」
「いや、その言葉は無理があります」
飲み放題だからか、いつもより酒を頼んでいたのを知っている。これで入るのは危険だろう。何度か止めたら知紗兎さんも分かってくれた。しぶしぶといった様子だけど。
ちなみに梨恵さんは、我関せずとマイペースに飲み続けていた。頬を赤く染め、穏やかな微笑みを浮かべる姿は絵になると思う。
「どうしました?」
「あ、いえ。美味しいですか?」
「ええ、とても」
俺の視線に気付いた梨恵さんから声を掛けられた。飲食に集中していると思ったので、ちょっと驚く。
どうやら地元の話を聞きたいらしい。今日の聞き込み中に、俺は知人と会った。そのとき何度か地域特有の話題を出している。それで興味が湧いたとか。せっかくなので故郷を売り込むとしよう。
明くる日、早朝。梨恵さんは就寝中、知紗兎さんは朝風呂中だ。昨夜は夕食後、休憩を取ってから入ったらしい。ただ眠くて短時間で上がったとか。その分を取り戻すと言っていた。意味が分かるような、分からないような。
「いや~、気持ち良かった! ところで沢村梨恵は?」
「まだ起きていないようです」
彼女は隣の部屋で寝ているはず。起きたら、こちらの部屋に来てほしいと伝えておいた。そのうち顔を見せるだろう。
「まあ、食事の時間には間に合うさ。朝を食べないなど、人生の大損失だ」
「大げさだと思います」
「そんなことはない。朝食は活力の源、一日の行動を左右するぞ」
そう言われると否定しにくい。話をしていたら、梨恵さんが来たようだ。部屋の外から声が聞こえた。入室の許可を求める声に応え、彼女を招き入れる。
「おはようございます、梨恵さん?」
「…………おはようございます」
「あの、大丈夫ですか?」
ちょっと顔色が悪い、二日酔いかな。俺の質問に弱々しく頷いていたけど、まだ休んでいた方がよさそう。彼女は促されるまま横になった。食事の時間になったら起こせばいいだろう。そのときまでに回復するかは分からないけど。
――そして朝食の時間が訪れる。少しだけ顔色が良くなっていた。
「ご迷惑をお掛けしました」
「元気が戻って、なによりですよ」
朝食は昨日と同じ形式である。思い思いの食事を取り、午前の活動を開始する。まず優先することは、梨恵さんの返金申請。午前に書類一式が郵便局へ届く手筈となっている。これは本人でなければ受け取れないはず。時間を空けてもらおう。
郵便局へ勤めている知人に、届いたら連絡をくれるよう頼んだ。昔のバイト先で知り合いも多い。また一緒に働いていた悪友が大学卒業後に就職したとか。
「連絡が来るまでは、聞き込みの続きをするぞ」
「了解しました。今日は町外れを中心に動きましょう」
施設調査が残っているけど、そちらは時間の予測が難しい。中途半端になるより時間を掛けて調べたい。最低でも半日は欲しいところだ。
午前中に書類の送付を終わらせ、午後一で調査開始だな。
「町外れなのに中心、うふふ」
シャレで言ったつもりはないけど、梨恵さんが一人で笑っていた。
「……まだ酔っていますね」
「この調子で書類を確認できるのか?」
知紗兎さんが疑問符を浮かべている。見た感じ酔いが醒めたと思っていたけど、もう少し時間が掛かりそうだ。梨恵さんは休んでもらって、聞き込みは二人だけで行くか。そもそも彼女は依頼人だしな。




