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21話 現代に生きる結界

 ふと思って梨恵さんに視線を向けたら、困ったような顔をして目を逸らされる。味方がいない。


「君、騙されたのでは?」

「知紗兎さん、失礼なことを言わないでください。人を騙す奴じゃないです」

「だが物理法則に干渉可能な結界を発生させる水晶。言葉にしただけで嘘くさい。友人もインチキ商売の詐欺被害にあったとか」


 そういえば入手経路の説明をしていなかったな。あれは購入した品物ではないと聞いている。

 できるだけ詳しく伝えるように、あのときの話を想起する。考えてみたら、もう二年くらい前のことか。なんとか思い出そう。


「海外を旅していたとき、手に入れたと聞きました。購入した品ではなく、迷宮の最深部から持ち出したみたいです。国の許可は取ったと言っていましたね」

「よく立ち入りが許されたな」

「なんでも恐ろしい大蛇がいて、内部の物が取れなくなっていたとか。取った物を国へ納める代わりに、一部の品を報酬として受け取ったらしいです」


 そのなかに、さきほど言った水晶が含まれていたみたいだ。他に金銀財宝などを少し貰ったらしい。

 酒を飲みながら聞いた話なので、おそらく多少の誇張はあるだろうな。それでも事実無根ではない。冒険を成功させ、貴重な品を入手したのは確かである。実際に物を見せてもらった。


「つまりトレジャーハンターだな。その水晶は古代の遺物とでも言うのか」

「まだ疑っていますね」


 知紗兎さんの声に、疑念の色が混じっていることを感じた。


「当然だろ。私の目で見たわけではないのだ」

「ごもっとも」


 まあ、そうだよな。これが逆の立場であれば、おそらく俺も信じていなかったと思う。彼女の天眼通だって、最初は半信半疑だったのだ。


「その方とは昔から仲が良かったのですか?」

「実のところ、それほどでもありませんでした。ただ俺は安海で、向こうは山崎。そのため出席番号が近くて、ちょっと話したくらいです」


 梨恵さんの問い掛けに、首を横に振った。番号から考えると、俺の後ろに山崎が座っていたはず。あいつとは小中高と一緒だったけど、どうにも印象が薄い。


「口ぶりから親しい友人だと思ったぞ。前に話を聞いたが、話が合うと言っていたよな」

「親しくなったのは、東京で再会してからなので。今では、いい飲み仲間ですよ」


 そもそも学校以外で顔を合わせることも少なかった。書店やコンビニで見掛けたこともあるけど、せいぜい軽く挨拶するくらい。


「もしかして飲みながら将棋を指して、完膚なきまでに敗れたという相手では? 裸玉で負けたと聞いたぞ」

「……そんなこともありました」


 そういえば知紗兎さんに話した記憶がある。だが何週間も前のことだったはず。よく覚えていたな。

 

「まさか19枚落ちで負けるとは思いませんでした」

「そんなに将棋が強い人なのですね」

「高校を卒業してから、頭脳を使うゲーム全般が得意になったと言っていました。特別な思考法を覚えたとか」


 コツを聞いたら、手製の厚い教本を貰った。俺も二年ほど前から訓練中である。なんとなく考える力が向上したかも。錯覚ではないと信じたい。


「そろそろ公園に入らないか」


 知紗兎さんの言葉を聞き、目的を思い出す。そうだ、俺たちは調査に来たのだ。しかし見た目は変哲もない公園。俺の目には不思議な点が見当たらない。




 とにかく三人で中に入った。他の利用者はいない。調べるなら、都合がいいな。改めて園内を見回すと、なんというか普通である。ベンチに砂場。それから鉄棒にブランコ。多くの人がイメージする公園そのままだと思う。


「異常は無いようですけど」

「賢悟、よく聞いてくれ。ここは――天眼通が制限されている!」


 深刻そうに知紗兎さんが言葉を発した。


「もしかして危険な場所でしょうか」

「いいや、むしろ安らぎを感じる。ただの直感ではあるが、害は無さそうだ」

「……私も似たようなことを思いました。それから気のせいかもしれませんけど、耳鳴りが完全に収まったような」


 二人の意見が一致している。少し気になることは、梨恵さんの耳鳴りについて。ある程度の予想はしているけど、確証は無いため問い掛けはしない。安易に口出しすることで、状況が悪化したら怖い。


「良かったじゃないですか。また酷くなるようなら、すぐに言ってください」

「ありがとうございます」


 あえて明るく声を掛けた。


「すまない、ここを出よう。変な言い方だが、落ち着きすぎて落ち着かない」

「よく分かりませんけど、了解しました」


 知紗兎さんは冗談を言う口調ではなかった。もしかしたら、ここの公園は特殊な力を抑える場所なのだろうか。結界という言葉が脳裏をよぎった。




 俺たちは公園から出る。その直後、携帯電話の着信音が鳴り響いた。登録されていない番号だな。


「事務所の固定電話から転送されました。依頼人かもしれません」

「スピーカーで話してくれ」


 月額料金は掛かるものの、転送された電話だと分かるサービスは助かる。仕事と私用で同じスマホを使っているからな。

 通話を開始して、すぐスピーカーモードに切り替える。


「こちら天目探し屋事務所。依頼受け付け担当の安海です」


 あまり愛想よく応答しない。これは事務所の方針である。一歩、引いた視点から探すことも重要。その表れらしい。


『安海さん、谷町っす!』

「どうした、何かあったのか?」

『オレ、情報屋に転職しました! 仕事ないっすか?』


 不法侵入をしていた他社の探偵か。なんだ、唐突に。勤め先が危ないから、職を変えるのは分かる。だけど急すぎる気もする。そもそも従業員の待遇がどうなるのかも知らない。

 とりあえず仕事の件を返答しよう。知紗兎さんに視線を送ると、無言で首を横に振った。まあ、そうだよな。


「間に合っているので、他を当たってほしい」

『そこを何とか!』 


 谷町が食い下がってきた。おそらく切羽詰まっているのだろう。しかし情報屋は信用が命。たいして知らない相手と取引は難しいのだ。

 熱意は買うけど、それだけで務まるとも思えない。知紗兎さんの判断は正しいと思う。


「だいたい上司への報告はどうなった? 呼び戻されていたよな」

『いやぁ、大目玉っす。これはクビも時間の問題かなあ、と』


 それで解雇される前に転職を考えたらしい。営業停止中に身勝手な行動で処分。他の探偵社に再就職は困難であり、フリーランスの情報屋を始めたいのか。かなり無理がある。


「仕方ない、あとで詳しい話を聞くよ。企業として依頼は出せないけど、個人的に調査を頼むかも」

『ありがたいっす!」


 根が悪い人間とも思えず、少しだけ相談に乗ることにした。なにか特定の分野に詳しければ、依頼も考えよう。


「ところで梨恵さんへの返金は進んでいるのか?」

『あ、そうでした。全額ではないですけど、九割を返す方向で進めているっすよ。ただ手続きを急がないとヤバいっす』


 経営状態も悪いだろうし、他に被害者もいるはずだ。ここで遅れると、年単位で時間が掛かるかもしれない。


「手続きに必要な書類を郵送してほしい。梨恵さん、構いませんよね?」

「ぜひ、お願いしたいです」

『ところで送り先は?』


 谷町の当然な質問に対し、わずかに答えを迷った。この件は急ぎなので、近くに送ってもらいたい。しかし宿泊施設だと制限があるかもしれない。とはいえ実家へ郵送は気が引ける。


「郵便局留めで頼む」


 俺は最寄りの郵便局名を告げた。正確な住所までは覚えていないが、すぐ分かるだろう。谷町が通話を続けながら調べ始める。


『発見!』

「速達でよろしく」

『ういっす』


 それから現在の状況を聞き、通話を切った。多少の進展があり、梨恵さんも少し安心しているように見える。

 しかし重要な話をしているのに、谷町の乗りが軽い。ちょっと心配になったぞ。無事に届くことを祈ろう。


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