20話 見えない公園
登り道を歩き続けて疲れた。ちょうど座れる場所があるな。腰を下ろして、休むことにする。
町を一望できる眺めで、吹き抜ける風も心地いい。しばしの休息を取り、やがて知紗兎さんが立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き出した。おそらく町全体が見えやすい場所に移動するつもりだろう。
「見晴らしの良い景色だな。これなら天眼通も充分な効果を発揮できる」
「だけど例の施設とは反対ですよ」
こちらから見えるのは海側の町並み。目的の建物は視界に入らないはず。
「構わない。一つずつ可能性を消していこう」
「承知しました」
俺は地図を広げ、現在地を説明していく。案内板も設置されており、だいたいの方角は分かるはず。
話を聞き終えた知紗兎さんは大きく頷いた。
「よし、始めるぞ」
邪魔をしないよう、余計な言葉は挟まない。隣を見ると、梨恵さんも同じようにしている。
数十秒ほど経っただろうか、知紗兎さんの身体が揺れた。俺は慌てて彼女の肩を抱くように、その身体を支える。
「無理しないでください!」
「すまない。疲労で足がふらついた」
近くに休憩する場所があって助かった。椅子まで連れていき、座ってもらう。
「辛いなら俺だけ先に降りて、車を取ってきますよ」
「大丈夫だ、少し休めば自力で帰れる。それより地図を広げてくれ」
言われた通りに、机上へ地図を展開させる。俺は知紗兎さんの隣に座り、一緒に地図を見た。
彼女の指が一ヶ所を示す。
「ここは小さな公園ですね。何か見えたのでしょうか」
「いや、逆だ。ここだけ何も見えなかった」
以前に聞いたことがある。稀に天眼通の力を防ぐ場所が存在するらしい。神社や仏閣、またはパワースポットと呼ばれる場所など。その一部に見通せない所があるとか。
だけど示された場所は本当に小さな公園だ。子供のころに、遊びに行ったこともあったはず。そんな特別な空間とは思えない。
「今回の件と関係は?」
「ないと思う。だが気になるので行こう!」
好奇心に満ちた顔をしていた。しかし今は仕事中。観光に来たわけではない。
「梨恵さん、少し寄り道して構いませんか?」
「あの、私も行きたいです!」
「そうだよな、気になるよな!」
依頼人の許可が下りる。というか結構、乗り気である。疲れてハイテンションになっているのだろうか。あるいは不安を紛らわせたいのか。
それと知紗兎さんが同類を見出したように喜んでいる。独断で行動しないだけ、自制が利くようになったと思う。
つかの間の休息を取ってから、山の麓まで戻った。ここから車で公園に向かう――つもりだったけど予定変更。
「だいぶ汗をかきました、風呂に入りましょう。近くに日帰りの温泉があります」
「賛成、賢悟も観光したくなったか?」
「調査に必要だから提案したのです」
このあと聞き込みもする。相手に不快感を与えると、聞ける話も聞けなくなってしまう。梨恵さんも問題ないそうだ。公園の前に温泉へ向かった。
車で移動は速い。十五分と掛からず到着した。三人で中に入り、先に上がったら休憩所で合流することを決める。
「じゃあ、また後でな」
「失礼します」
知紗兎さんと梨恵さんを見送ると、俺も中に入った。さて、汗を流すとしよう。開店直後に来たからか人は少ない。ほぼ貸し切り状態だ。
――俺は早めに上がり、休憩所でコーヒー牛乳を飲んでいる。最初に梨恵さんが姿を現す。見るからに湯上りだな。
「お待たせしました。あ、ちょっとフルーツ牛乳を買ってきます」
「残念ながら、ありませんでしたよ」
「え?」
実は俺も探したけど無かったのだ。まあ、コーヒー牛乳も好きだから構わない。話をしていたら知紗兎さんも来た。
「良い物、飲んでいるじゃないか。私はビールを買ってこようかな」
「仕事中なので駄目です」
「……冗談だ」
いや、本気の目をしていた気がする。
「とりあえず二人の飲み物を買ってきます。休んでいてください」
「お、悪いな」
リクエストを聞いてから購入しにいった。知紗兎さんは緑茶を所望、梨恵さんはフルーツジュース。果物、好きなのかな。
買ってくると知紗兎さんが机に突っ伏している。隣に座る梨恵さんも眠そうだ。身体を動かした後に温泉である。睡魔に襲われても不思議はない。俺も眠い。
「どうぞ、お茶とジュースです」
声を掛けてから二人の正面に座る。俯いていた梨恵さんが顔を上げた。少し船を漕いでいたけど、休憩の邪魔をしてしまったかな。
「あ、ありがとうございます」
「むう、ご苦労」
知紗兎さんが身体を起こした。この様子だと天眼通の使用は難しそうに見える。
「今日は聞き込みを中心に動きましょう」
「せめて公園だけは確認しておきたい」
「……わかりました」
とはいえ休息は必要だ。もう少し休んでいくことになった。その間に俺は受付へ行き、沢村聞太さんを知らないか聞く。他の従業員にも確認してもらったが、誰も心当たりはなし。人目を避けているようだし、当然とも言えるだろう。仕方ない、俺も休むか。
時間が経つにつれて来客が増えていく。唐突に梨恵さんが耳を抑える。それから眉をひそめた。
「すみません、ちょっと耳鳴りが。さっきまでは大丈夫だったのですけど」
「人の喧騒がよくないのかもしれません。出ましょうか」
知紗兎さんも多少、疲れが取れたらしい。公園の調査に支障はないそうだ。車に乗り込み出発。狭い道を通ると、やがて国道に出た。そこを右折して、しばらくは直進である。川沿いには桜が咲き誇っていた。
公園には駐車スペースが無かったはず。少し歩くけど三時間ほど無料の駐車場がある。そろそろ昼飯も食べに行くので、都合がいい。
「その公園には歩いてどれくらいだ?」
「たしか五分ほどだと思います」
俺は車から降りながら答えた。二人が外に出たことを確認して、ドアをロック。さっそく移動を開始。
町内を歩いていると懐かしさを感じる。これが郷愁の念だろう。
「ご友人は地元に残られているのですか?」
梨恵さんの質問を聞いて、ちょっと考える。進学や就職を機に故郷を離れた者も多い。ただ全員ではない。頭の中で地元にいる友人たちの顔を思い浮かべた。
「わりと残った人もいるのですね」
「え、ええ」
「どうしました?」
今、俺は声に出していないよな。表情を見て判断したのか。
「ははは、お気になさらず。そういえば友人の家が近くにありました。元気かな」
「ほう、興味がある」
なぜか知紗兎さんが関心を示した。ちょっと珍しいと思う。普段は他人に関心を持つことが少なかったはず。
俺は彼女に訝しげな視線を向ける。
「何を考えています?」
「私たちは同じ職場で働く仲間じゃないか。親睦を深めるために、子供時代の話を聞き出そうかと」
弱みを探ろうなどと思っているのでは。適当にはぐらかしながら、先頭を歩く。思ったより早く公園に到着。
このとき知紗兎さんの顔色が変わった。真剣な表情をしている。顔は強張って、眼光が鋭くなったのだ。
「天眼通が完全に防がれた。真っ白で、何も見えない」
俺の目には、普通の小さな公園が映っていた。だけど彼女は嘘を言っていない。そのくらいは分かる。睨み付けるように、正面を見つめていた。
「あの、知紗兎さん?」
「ところで賢悟、君は結界の存在を信じるか?」
「ありますよ、きっと」
考えるまでもない。俺は確信を込めて言った。
「驚くほどキッパリと断言したな。根拠は?」
「さっき友人の話をしたでしょう。そいつから結界を発生させる、特別製の水晶を見せてもらいました。手で触れようとしても、弾かれるのです」
「……そうか、疲れているのだな」
あ、信じていないぞ。懐疑の視線が痛い。とはいえ気持ちは分かる。俺も初めて見たとき、混乱したからな。




