17話 地図が重なり新たな発見
情報屋から必要な話を聞いた俺は、すぐ沢村家に戻ることにした。貰った地図を早めに渡したいからだ。
近くに車を停めて玄関の扉を開くと、目の前には知紗兎さんと梨恵さんが立っていた。おそらく車のエンジン音で到着したことが分かったのだろう。
「首尾はどうだ?」
「上々ですよ」
知紗兎さんに情報屋から提供された資料一式を見せる。
「お二人とも、とりあえず居間に行きませんか?」
「そうします」
梨恵さんの提案に同意した。玄関先で話すことではない。居間に移動し、三人で資料と睨めっこ。
俺はノートパソコンで貰ったデータを表示させているけど、量が多くて目を通し切れていない。他の二人は地図をチェックしていた。休憩を挟みつつ確認するが、ただ時間だけが過ぎていく。
「――知紗兎さん、今日は終わりませんか」
「そうだな、もう夜も遅いか。ところで明日の朝食にラーメンが食べたい」
「構いませんけど、唐突ですね」
何度か作っているが、おおむね好評だ。一部の地域には『朝ラー』という文化があるらしい。
ふと彼女の持つ地図を見る。福島の拡大図で、複数の箇所に赤色の印があった。ラーメン県として名前が挙がる場所だから、食べたくなったのだろう。そういえば高宮先生の地図にも、似たような場所に印があったはず。
「何を言っている、三日に一度は食べるべきだろ」
たぶん多いと思う。ちょっと前に食べたばかりだし。まあ、俺も嫌いじゃない。とりあえず材料の準備を考えるとしよう。長期の移動を考慮し、日持ちする食材は用意した。しかしラーメンを作るには少し足りない。明日は早起きして、買い物に行こう。早朝から開いている店があるらしい。
「梨恵さんも同じもので大丈夫ですか?」
「あ、はい。お任せします」
決まりだ。さて、寝よう。
そして朝。起床したら買い物に出掛ける。道案内として梨恵さんも来てくれた。ちなみに知紗兎さんは夢の中。
到着した店には、広い駐車場があった。停めやすくて助かる。時間が早いせいか客は少なそうだ。
「ところで何を買うのでしょう」
「まず強力粉と薄力粉。かんすいの代わりに重曹で麺を作ります。具材はメンマにチャーシュー、もやしにワカメ。定番を揃えます」
二人で話をしながら食材をカゴに入れた。調味料は車に積んであるため、購入の必要は無い。探し屋の仕事で車中泊をした。そのときに調味料を揃えたのだ。
おそらく夜は移動になるため、車内で食べられる物も買っておく。かなり多めに用意した。
「ずいぶん夜食を買いましたね」
「知紗兎さんが食べそうですので」
天眼通を使うと腹が減るらしい。このところ頻繁に使用しているうえ、また頼ることになりそうだ。せめて充分な食事くらいは用意してあげたい。できるだけ栄養バランスも考えつつ。
買い物を済ませた俺たちは帰路に就いた。少しだけ彼女とプライベートな会話もする。趣味や普段の生活について聞いた。音楽全般が好きらしい。話をしていたら移動の時間も短く感じる。もう沢村家に到着。
「お疲れ様でした。少し休憩します?」
「すぐ始めましょう。麵を寝かせる時間がほしいですから」
梨恵さんは麺づくりを見学したいとのこと。職人技でもない、素人の手打ち麺。見て面白いかは不明だ。
調理道具は沢村家の物を借りる。さっそく始めたのだが、いきなりミスをした。普段とボウルの重さが違うため、小麦粉の計量を間違えてしまう。ここのボウルは事務所や自宅にある物と比較して、かなり重さがあった。横着せずに一つ一つ量ることは大切だな。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「なんとか帳尻を合わせます」
こねているとき気付いたので、慌てて調整する。なんとか形になりそうだ。少し麺を寝かせよう。これからスープを作るのだが、ちょっと休憩。梨恵さんに感想を聞くと、自分でも打ってみたいと言われた。
しばし休んで、ラーメン作りを再開。打った麺を細く切った。さすがにスープを一から仕込む時間は無い。既存の調味料を合わせるだけにした。
「私が取り出しますね。え~と、味付けに使う物は――」
「――めんつゆ、醤油、鶏がらスープの素、すりおろし生姜、ごま油、柚子胡椒。こんなところです。人に会うかもしれないので、ニンニクは無しで」
調味料一式を前にして梨恵さんが迷っていたので、横から口を挟んだ。いろいろ買っていたら、いつの間にか多くなってしまった。彼女は言われた調味料を並べてくれる。
これで準備は完了。二つの鍋で湯を沸かし、片方をスープ用にする。沸騰したらワカメ、メンマ、もやしを入れる。さきほど合わせておいた調味料を投入。そして様子を見ながら味を調えていく。
「茹でる用の鍋も沸騰していますよ!」
「ありがとうございます、梨恵さん」
味見に集中して、見落とすところだったな。即座に麺を茹で始める。タイマーをセット。時間は三分。茹でながらスープを仕上げる。もうすぐ完成というときに、知紗兎さんが姿を見せた。
「良い香りだな」
「計ったようなタイミングで来ましたね」
などと言っていたら時間だ。ラーメン鉢は無いため、通常の皿を使う。スープの中に、水を切った麺を入れた。その上に海苔、チャーシュー、ゆで卵を乗せる。
これで完成。麺が伸びないうちに食す。三人で卓を囲い、食事を始めた。なんというか、いつもながら普通のラーメンである。
「旨いぞ、賢悟!」
「本当に美味しいです」
「ありがとうございます」
まあ、二人に好評で良かった。
食事が終わり、調査を再開しよう。しかし、その前に現状の確認だ。手元にある資料は、高宮先生から貰った研究者たちの居場所と連絡先。
そして情報屋から入手した人体実験に関わるデータだ。最初に確認するものは、実際に研究が行える施設の地図。まず場所を探すことが重要だろう。
「今回の依頼は、梨恵さんの父親――沢村聞太さんを探すことが目的です。最初に知紗兎さんが使った天眼通で、人体実験という言葉が見えたと聞きました」
「おそらく現代版七つの大罪事件と関係がありそうだ」
実は依頼を率先して引き受けた理由でもある。知紗兎さんは例の事件に対して、興味があるらしい。
「かつて聞太さんは『妖精の声』が聞こえていたそうです。だんだんと聞こえなくなったものの、最近になって再び聞こえるようになりました」
「沢村聞太は天耳通と呼ばれる力を持っていた。それが失踪の原因かもしれない」
「それで父は高宮先生と会ったのでしたか」
そのとき研究資料の一部を渡しているらしい。俺たちも同様の物を貰った。この地図に示された研究者たちの居場所。このどこかを訪れた可能性がある。
「しかし印の数が多い。特定するのは難しいだろう」
「ひたすら梨恵さんが連絡をしてくれたものの、全て該当なしです
「あとは連絡先が分からない場所を探すしかないのでしょうか」
それでも日本全国に散らばっている。特定までには、かなり時間が掛かる。もう少し絞り込みたい。
「ここで情報屋から貰ったデータも活用します。昨日、知紗兎さんは福島の地図を見ていましたね」
「ああ、覚えている。何箇所か印が付いていたな」
「高宮先生の地図でも、似たような感じでした」
「なるほど。つまり二つの地図を照らし合わせるのか」
知紗兎さんの推測した通り。二種類の地図で同じ地域に目印があったら、そこを訪れた可能性が高い。
とはいえ確定とまでは言えない。推測の部分が多すぎる。それでも地道に捜索を続けるのが探し屋だ。
「……地味だな」
「そういうものです」
やる気が減るようなことを言わないでほしい。梨恵さんは不満ひとつ漏らさず、真剣に作業を続けている。俺も見習わないとな。それから知紗兎さんは、俺以上に見習ってください。
しばらくのち、おおむねチェックが終わる。候補は三つまで絞り込めた。大きな前進だろう。