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15話 手紙の声を聞いた者

 梨恵さんが手紙を読み上げていく。大部分は家族を心配する内容である。息子に贈った激励の言葉。その妻への感謝。孫娘を心配する様子。厳格な言葉遣いだが、人情に溢れた性格が伝わる手紙だった。

 読んでいる途中で梨恵さんが言葉を止める。口元に手を当て、両目を見開いた。震える声で続ける。


『最後に伝えておきたいことがある。この手紙を読んでいるのなら、この先を知る必要は無い。だが、もし手紙を聞いているのなら、心して耳を傾けてくれ』


 通常、手紙を聞くとは言わないだろう。しかし万物の声を聞く能力を使えば別。この筆者は天耳通が使われる可能性を考慮しているのだ。

 手紙は息子と孫娘――梨恵さんに向けて書かれたものである。つまり彼女にも、特殊な力が備わっているかもしれないのか。


『私の息子――聞太は幼少期のころから、妖精の声が聞こえていた。当然ながら、最初は疑った。なにかの病気かと思い医者に診せたら、まったく異常は無いと言われる。何度も環境を変えたり、関係ありそうな本を読んだりした』


 きっと引越しの回数が多かった理由だな。


『原因は分からないまま時が過ぎ、やがて聞太の能力は落ち着いてきた。私は心の底から安堵したものだ。しかし、それから新たな問題が起きる。私自身が不思議な幻聴に悩まされることになった』


 俺は梨恵さんの読み上げる声を黙って聞いていた。手紙の記載によると、彼女の祖父も特殊な能力を持ち始めたようだ。


『この現象について調べていたとき、高宮先生に出会った。少し変わった人だが、信用できる方だ。もし自分の力に悩んでいるのなら、彼女を訪ねるといい。きっと相談に乗ってくれるはず。最後になったが、我が家族に安寧が訪れることを祈る』


 しばらく静寂が空間を支配する。


「沢村聞太さんが手紙の内容を知ったことはあると思いますか?」

「……可能性としては、充分にある」


 知紗兎さんは少し考えてから、俺の質問に答えた。関係性が深いほど、天眼通の効果は発揮するらしい。天耳通も同様だと仮定。本人に宛てた身内の直筆ならば、どこで内容を知っても不思議はない。あるいは夢で見ることも、ありえるそうだ。この場合は夢で聞くと言うべきか。


「とにかく高宮先生という方に会ってみましょう」

「そうだな。先生と呼んでいることから、医者や教員などが考えられる」

「あ、大学名が書いてありました」


 住所も記載されており、東京都内の大学だ。さらに本人の住所も書かれていた。かなり近い。


「近所なら、さっそく行ってみるか」

「だけど知紗兎さん。今からだと、戻ったときには遅い時間ですよ。突然の訪問は先方に迷惑かと」

「仕方ない、明日にしよう」


 自分たちの都合だけを考えて、一方的に押し掛けると不興を買う。そうなると、聞ける話も聞けなくなってしまうのだ。

 とりあえず車まで戻ることにした。その前に埋めた場所を復旧させる。それから地図を頼りに、来た道を引き返す。下り坂が続くので気を付けないと。


「――そろそろ車を停めた場所に着きます。梨恵さん、知紗兎さん。身体に異常はありませんか?」

「私は大丈夫です」

「疲れたぞ、寝たい」


 まあ、問題ないだろう。


「車で寝ていても構いませんよ。よければ梨恵さんも」

「ご心配には及びません。それより運転、代わりましょうか? 安海さんが一番、疲れていると思います」


 かなり穴を掘ったからな。埋めるときは少し手伝ってもらったけど。とはいえ、お客様に運転を頼むことはしない。やんわりと断ろう。

 ちなみに知紗兎さんは、自動車の免許を持っていない。ただ大型自動二輪免許は取得しており、たまに乗っているとか。


「気にしないでください。こう見えて、それなりに持久力はありますから」

「体力に自信あるとは言い切らないのだな」

「見栄を張る必要は無いでしょう。――話をしていたら、着きましたね」


 ようやくワゴン車まで到着。周辺は夜の帳に包まれている。車の陰で汚れた服を脱いで、いつものジーンズとジャケットを身に着けた。二人は中で着替えている。声を掛けられたら、俺も乗車。帰路を急ごう。

 ――問題なく沢村家に戻った。待っていたのは、畑仕事が終わった佐藤さんだ。今、来たみたいだな。まだ荷物を持っている。


「お主ら、戻ったか。首尾はどうだ?」

「収穫はあったと思います」


 俺たちは手紙の内容について説明した。それから高宮先生という人に心当たりが無いか尋ねる。しかし「残念ながら知らない」と返された。

 梨恵さんが夕食に誘うものの、今日は自宅に戻るらしい。漬物が心配だとか。


「ところで、お風呂に入りませんか。すぐ準備しますので、お二人は先にどうぞ」


 お客様を優先とのこと。昨日もそうだったし予想はできた。断るのも悪いので、お言葉に甘える。


「賢悟、一番風呂を譲ってやろう」

「ありがとうございます」


 知紗兎さんは後で構わないらしい。珍しく自分から労ってくれたな。遠慮なく、入らせてもらおう。ただ風呂が沸くまで時間がある。その間に使った道具を手入れするか。汚れた服も洗わないと。食事の支度もあるな。わりと忙しい。

 ――こうして沢村家、二日目の夜は過ぎていく。




 朝、出発の時間。すでに全員が車に乗り込んでいる。


「シートベルト、大丈夫でしょうか」

「問題ない。出してくれ」

「了解、出発します」


 住所はナビに入力済。高宮先生の家は、十五分ほど進んだ場所みたいだ。かなり近いと思う。

 田畑が広がる道を進むと、茅葺き屋根の家が見えた。表札は見えない。とはいえ入力した住所からすると、ここで間違いない。邪魔にならなそうな場所へ車を停め、三人で玄関の前に立つ。


「すみません! 高宮先生、いらっしゃいますか!」

「はいはい! ちょっと、お待ちくださいな!」


 よかった、在宅のようだ。少し待つと、引き戸が開かれる。出てきたのは高齢の女性。杖を突いた、お婆さんだ。長い髪は白く染まって、腰も少し曲がっている。ただ知性の豊かさを感じる顔つきだと思う。


「朝早くに申し訳ございません。沢村さんの件で、お話を伺わせてくれませんか」

「……まあ、お上がりなさい」


 そのまま茶の間に通してくれた。お茶と羊羹が目の前に出され、一口ずつ頂く。どちらも美味である。

 一息ついたところで、互いに名乗り合う。梨恵さんの名前を聞いたとき、顔色に変化があった気がした。しかし彼女は何事も無かったように話を進める。


「貴方たちには妹が世話になったわね。お礼を言わせてちょうだい」

「妹? 誰のことだ?」


 知紗兎さんの疑問は、俺の疑問でもある。


「不審者に対応してくれたのでしょ」

「あ! 谷町さんが隠れていた家の持ち主ですね!」


 梨恵さんの言葉で、誰か分かった。谷町が勝手に入った土地の人だ。しかし姓が違っていたと思う。はっきりとは覚えていないけど、高宮姓じゃないのは確かだ。そうなら手紙の内容を知ったとき、気が付いたはず。まあ長い人生、苗字が変わることもあるか。デリケートな話題なので、初対面では聞かないことにする。


「正解よ。沢村家とは付き合いがあったけど、梨恵ちゃんとは初めましてね」

「もしかして父や祖父のことを、なにか知っているのでしょうか!?」

「落ち着いてください、梨恵さん」


 勢い込んで尋ねる彼女を制した。高宮先生が少し困っているようだ。少し時間を置いて、場を鎮める。


「一つ聞かせてもらえるかな。貴方たちは、どうして私の住居を知ったの? 私は実家を出てから、自分の居場所を伝えたことなんて数えるほどよ。大学には実家の住所を伝えているし」

「祖父の手紙を見付けました。そこで高宮先生に相談するといい、そう記載されていたのです」


 梨恵さんは冷静に状況の説明をできている。ここは彼女に任せよう。


「そうだったの。では用件を聞きましょう」

「父が――沢村聞太が会いに来ていませんか?」

「半年ほど前に来たわ」


 はっきりと高宮先生は頷いた。これは重要な情報だろう。半年前と言えば失踪の前後である。もっと詳しく話を聞きたい。


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