14話 朽ちた手紙
休憩後、捜索を再開した。今のところ、行程は順調である。佐藤さんから貰った手描きの地図は、ポイントを抑えていて分かりやすい。数十年前の記憶を頼りに、短時間で描いたものとは思えないほど。
問題はここからだ。まるで道が見えない。仕方なく、俺たちは道なき道を進んでいった。それから1時間くらい経過する。
「地図によると、すぐ近くにあるはず」
「宝物を隠した場所は、大きな木の根元ですね」
知紗兎さんに地図を見せてもらいながら、場所の目星を付けようとした。周辺を見回すものの、そこかしこに大木が存在している。数えるのも大変で、この中から一本の木を特定する必要があるのだ。
「はっきり中身が分かれば、私の天眼通で見つけ出せそうだが」
「佐藤さんの話では、メンコやベーゴマなどを入れたとか」
要するに休日に集まって遊ぶための玩具だろう。このあたりは傾斜もあるけど、まともに遊べたのかな。
知紗兎さんは天眼通を試すが、上手く見えなかったみたいだ。残念ながら情報が不足している。
「どうする? やみくもに掘り出すか?」
「それは最後の手段ですよ。とにかく埋めた痕跡を探します」
「だけど数十年前のことと聞きました。見つかるでしょうか?」
心配そうに、梨恵さんが問い掛けた。彼女の疑問は当然だ。
「地道に捜索、それしかありません。知紗兎さん、地図の目印はどうです?」
「大岩と小屋の間に埋まっているらしい。だから最初に、その二つを探そう」
草木に隠れて見通しが悪い。両方、見落とさないように気を付けよう。ここから道が悪くなり、歩く速度が遅くなってしまう。俺たちは注意深く進んでいく。
背の高い草が厄介だ。視界を塞がれて、探索の効率が低下する。それでも三人で捜索を続けた。ときどき知紗兎さんの天眼通に頼りつつ、目的の小屋らしき場所に辿り着く。途中で複数の大岩も見つけており、これは充分な成果だ。かなり目的に向かい前進した気がする。
「ずいぶん酷い状況だな」
知紗兎さんの言葉に俺は頷いた。壊れるのは時間の問題だ、そう断言できるほど小屋は傷んでいる。そして小屋の隣には、仮設トイレがあった。
かつては近くに作業場があり、この小屋は物置として使われていたらしい。だが作業場は使われなくなり、この周辺には誰も来なくなった。そのあと遊び場として利用したのが佐藤さんたちみたいだ。
「梨恵さん、危ないので近付かないでください」
「は、はい!」
一応、南京錠は掛かっている。しかし扉が壊れており、意味は無い。中の様子を窺うと空っぽだ。荷物は全て持ち運んだのだろう。
とにかく目印の一つであることは間違いない。あとは大岩だ。幸い移動の途中でそれらしき岩を見付けている。ただし二つ。どちらかは不明である。
「なあ、写真を撮っていただろ」
「どうぞ、一緒に見ましょう」
俺は記録用のデジタルカメラを取り出し、撮影した岩を表示させた。その一つは2メートルを超える大きさで、頂点が尖っている。
一方は1.5メートルほどであり、横幅が広かった。それから平らな部分がある。自然な形というよりは、人の手が加わっている感じだ。面倒なことに、この二つは距離が離れている。
「どちらかが目印だよな」
「おそらく、そうでしょうね。だいぶ時間が経過していますので、できれば片方に絞りたいです」
両方を基準に調べると、きっと今日中に終わらないだろう。ここで時間を取られたくない。なんとか特定したいと思う。
「単純に考えると2メートルの方だな。大岩と記されている」
「私も同じことを考えました」
知紗兎さんと梨恵さんの言うことも理解できる。ただ確定ではない。
「しかし子供時代の話ですよ。1.5メートルでも充分に大きく見えるでしょう」
「一理ある」
「それに俺が遊び場として使うなら、平坦な箇所がある岩を選ぶと思います」
低年齢の子供でも頑張れば登れそうであり、上は平らになっている。いろいろと遊べそうだ。疲れたら昼寝もできるな。
「わかった、賢悟の案を採用だ。沢村梨恵、構わないか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。さっそく向かいましょう」
時間は有限だ。周囲にある大木を地図に描き込みながら、目的の岩まで行った。その数は両手で数え切れないほど。
「……天眼通を使うぞ」
「すみません、お願いします。でも体調には気を付けてください」
「ああ、わかっている」
それから知紗兎さんは、歩きながら木の根元を調べ始めた。邪魔をしないよう、視界に入らないことを心掛ける。
そして調査開始から六本目。彼女は立ち止まって、じっと地面を見つめている。さっきと雰囲気が違う。
「当たりだ!」
「すぐに掘り出します!」
一見して特徴の無い木だ。よく梨恵さんの祖父は覚えていたな。もしかしたら、俺たちには分からない目印があるのだろうか。……いや、そうであれば佐藤さんが教えてくれるはず。たまたま記憶に残っていただけなのかな。
ともかく穴を掘る。リュックを下ろし、剣先スコップを持つ。まず表面の草ごと掘り返し、あとは無心に掘り続けた。
額に汗して掘り進めていたら、一つのツボを見付ける。予想よりも、かなり深い場所に埋まっていて大変だったな。もし知紗兎さんの能力が無ければ、心が折れていたかもしれない。
「ありました!」
「よくやったぞ!」
ツボを取り出し、慎重に運び出す。二人の視線を意識しながら、木箱を開けた。玩具の他に、一通の封筒が入っている。手紙のようだけど状態が悪すぎる。宛先の部分を何とか解読したら、『我が息子と孫娘へ』と記載されていた。
それから裏を見て、差出人を確認する。こっちも判別が難しい。湿気のせいだと思うけど、封筒がボロボロなのだ。
「祖父の名前です!」
梨恵さんの言葉で俺も理解した。よく見たら最初の二文字は『沢村』と分かる。中身を確かめる前に、開封の同意を求めた。彼女は即座に頷く。
細心の注意を払いながら、手紙を取り出した。ゆっくりと開いていく。かなりの達筆で、さらに紙が古びている。宛先と違って、文字も小さい。
「……読み取れません。梨恵さん、どうでしょう?」
「すみません、私も分かりませんでした」
身内なら文字も判別できるかなと、一縷の望みを託したけど無理だったようだ。考えてみれば彼女と祖父が、一緒に暮らしていた期間は無かったはず。文字の識別なんて無茶ぶりか。
「賢悟、スケッチブックを出してくれ。手紙を私の眼で読み取ってみよう」
「あ、はい!」
「天眼通というのは、文字の解読もできるのですか?」
梨恵さんの質問に対し、知紗兎さんは首を横に振る。
「ちょっと違う。手紙が無事だったときの姿を見るのだ」
「前に過去を視るのは、負担が大きいと言っていましたよね。様子が変だったら、止めますよ」
俺はスケッチブックを渡しながら言った。集中している知紗兎さんを制するのは大変だ。それでも危険そうなら止めないと。
「そのときは頼む。――始めるぞ」
知紗兎さんの手が、自らの意思を持ったかのごとく動き出す。次々と文字を書き込んでいった。
どうやら文章は長くなさそうだ。短時間で彼女の動作が止まる。それから大きく深呼吸。顔には疲労の色が見えた。慌てて身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。それで見た結果だが――読めない!」
「え?」
俺もスケッチブックの文字を見た。……見事な達筆だ。
「たしか知紗兎さんは、手紙から意思を読むことができましたよね?」
「知っているだろう。共通点が無さすぎる相手だと、難しいのだよ。一度でも顔を合わせていたら、読み取れたかもしれないが」
「あの、ちょっと見せてください」
梨恵さんも内容を知りたいみたいだ。俺は場所を譲って、彼女が文字を見やすくした。
「どうでしょう?」
「これなら読めます。私、書道が得意なんですよ」
ありがたい! これで内容が手掛かりになったら助かる。