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12話 『AEW』過剰な富の蓄積

 看板を見ると地主の名前は書かれていない。しかし連絡先はある。番号からして携帯電話か。


「仕方ありません。なんとか立ち入り許可を貰いましょう」

「よろしく頼む。私は交渉事が苦手だからな」


 知っています。


「待ってください。この番号、祖父の知り合いだったと思います」

「本当ですか!?」

「この地域では祖父の知人も多く、きっと間違いありません。年末のとき、遊びに行った記憶もあります」


 そして父親の捜索の件で、話を聞いたこともあるらしい。つまり事情を理解しているようだ。梨恵さんに頼み、沢村家の名前を使わせてもらう。それと携帯電話を借りた。向こうが登録してあれば、話が早く済むだろう。

 さっそく電話をして用件を伝えた。声からすると、お婆さんだったと思う。今は留守にしているけど、快く立ち入りの許可を頂けた。


「沢村梨恵、協力に感謝する」

「いえ、私自身のことですから」

「それでも助かりました。電話、お返しします」


 知紗兎さんに続いて、俺も礼の言葉を述べた。もしも俺たちだけだったら、こう上手くいったかは分からない。敷地内に入ってもいいし、住居なども好きに調べて構わないらしい。鍵の場所も聞いた。不用心だとは思うが、今は助かる。それから不審者について、まったく心当たりはないみたいだ。ここに逃げ込んだのは偶然と考えられる。できれば事を荒立てたくないと頼まれた。

 ここから先は木々のせいか、やけに暗い。すでにヘッドライトを使っているが、それでも視界が悪かった。


「相手は動いていない。ゆっくりで構わないから、慎重に行ってくれ」

「承知しました」


 そして進むこと数十分。狭い道から、少し開けた場所に出た。思ったより時間が掛かったのは、道が悪いせいである。

 沢村宅ほどではないけど、大きい建物が見えた。隣には小屋も見える。


「ここだ。しかし車が無い」

「裏側に停めたのでは? 回り込んでみましょう」


 あった! 白のワゴン、あの車だ。ナンバープレートが入るように写真を撮っておく。撮影用の機材は後ろだから、スマホで代用するか。


「知紗兎さん、男の場所は分かりますか?」

「どうやら小屋の中にいるようだ」

「足音が聞こえました! 外に出るようです」


 俺は梨恵さんの言葉に驚いた。ここから小屋にいる人の足音が聞こえるとはな。そして彼女の言葉に間違いは無かった。




 小屋の中から、一人の男が出てくる。両手を上げているのは、逃げる意思が無いことを示しているのだろう。


「俺より少し年下くらいでしょうか」

「そのようだ。とりあえず敵意は感じない」

「あ! あの人、知っています。前に会った探偵事務所の方ですよ!」


 どうやら最初に依頼した事務所の関係者みたいだ。しかし今は探偵業務の許可を取り消されたと聞いている。

 俺と知紗兎さんは車から降り、男に近付く。


「こんばんは。今度は逃走なしで、お願いします」

「もう逃げませんよ! 噂には聞いているっす。砂漠に落ちた針すら見つけ出せる探し屋でしょう。どこ行っても追い付かれそう」


 確かに知紗兎さんなら、砂漠でも針を探せそうだな。


「お前は私たちを知っているようだな」

「所長が警戒していたっす! 天目の探し屋には関わるなって」


 きっと不正が暴かれると思ったのだろう。知紗兎さんは他の探偵社や興信所に、知人がいる。そこから困難な捜索を依頼されたこともある。噂が広まっていても、おかしくない。


「それで、なぜ逃げた?」

「いや、それは……」


 男は口ごもった。


「もしかして独自に捜索をしているのでは」

「それなら逃げる必要は無いと思うが」

「所属事務所が営業停止中です。勝手に動いたらマズイと考えたのかと」


 探偵には好奇心が強い者も多い。その中には自分から事件に首を突っ込みたがる人もいる。この男も、そんな手合いかもしれない。


「その通りっすよ! だって仕方ないでしょ! ペット探しや事務仕事なんて飽きました!」

「どちらも大切な仕事だと思いますが」


 大半の探偵業は地味であると、よく言われる。それから忍耐力が強くなければ、務まらないとも。


「副所長にも言われたけど、オレには向いてねえっす」


 そのとき携帯電話に着信、梨恵さんからのメールだ。すぐ確認したら、この男に聞きたいことがあるらしい。知紗兎さんに見せると、無言で頷いた。大丈夫ですと返信すると、車から出てきた。


「久しぶりですね、谷町さん」

「あれ、沢村さん? どうしてここに?」

「彼女は我々の依頼人だ」


 知紗兎さんが呆れたように言った。探し屋と知っていたのなら、察しが付きそうだけど。本人は考えていなかったようだ。

 男――谷町は理解したように頷く。


「あ、オレたちの後任っすね」

「そんなところですよ。ところで貴方が調査を継続している件、そちらの事務所は把握しているのでしょうか」

「言ったら止められるに決まっていますよ」


 そうだろうな。ただ念のために、確認しておいた。会社の指示で動いていたら、かなり面倒なことになる。

 知紗兎さんの様子を窺う。彼女は軽く頷いた。谷町は嘘を言っていないらしい。


「貴方の行為は不法侵入です。今すぐに上司へ連絡して、指示を仰いでください。土地の所有者は、穏便に済むことを望んでいます。今なら警察沙汰となる前に話が終わるので」


 正確には住居侵入罪か。


「警察は勘弁してほしいっす! すぐ事務所に連絡するんで!」


 谷町は慌てて電話を始めた。逃げることだけを考えて、私有地の看板を見逃していたみたいだ。それと勝手に小屋の中へ入ったのは、完全にアウトだな。

 事情説明を終えたのか、携帯電話を切る。わずかに聞こえた声から推測すると、かなり絞られたな。


「どうでした?」

「すぐ戻るように言われましたよ」


 まあ、当然である。会社に無断で調査に出ているのだ。しかも社用車を使ったと考えられ、これは大問題だからな。業務上横領に問われても不思議はないぞ。

 知紗兎さんが冷たい目で谷町を見ていた。


「ならば、さっさと帰れ」

「まだ調査を続けたかったのに!」


 どうも言動が軽い。


「そもそも、どうして一人で捜索を?」

「事件の捜査ってワクワクするので! 失踪人の謎を解くのはオレっす!」

「……残された家族がいるのですよ。軽率な発言では?」


 梨恵さんが気を悪くしないといいけど。わりと知紗兎さんも悪意なく、無神経な発言をすることがある。しかし谷町ほど酷くは無い。


「あ、そうだ。沢村さんに伝言っす。うちに払った金、返却するって。途中から、手を抜けと指示があったので。契約不履行とか、なんとか。それでもオレはマジに探したっす」

「自分の好奇心を満たすためだろうに」


 ちょっと知紗兎さんが眉をひそめた。そして谷町は内情を話し始める。金優先の所長と、真面目な副所長が対立。何度も方針転換を求めるけど、聞き入れてもらえなかった。不正行為の証拠を集めたものの、告発する決心はつかない。そんなときニュースで現代版七つの大罪事件を知る。


 その一つ、AEW『Accumulating excessive wealth』過剰な富の蓄積。大規模な詐欺集団が摘発された事件だ。


 副所長は人を騙して儲ける行動に終止符を打ちたかった。それから一連の事件を参考に内部告発を実施。このとき自分も『AEW』と記載を残したらしい。なんでも先の告発者に敬意を示したかったとか。

 谷町の話には、まだ表に出ていない情報も多い。こんなに口が軽くて大丈夫か。ともかく不当に稼いだ分は返却される。ちなみに財源は所長の隠し資産からだな。これも副所長の成果である。


「それじゃ、オレは帰るっす!」


 一言だけ残し、谷町は去っていく。大変なのは、これからだろうけど。野放しにしたら探偵全体の評判が悪くなりそう。


「あの男、どうするのでしょう? 事務所は営業停止ですよ」

「自分で開業か、新たな雇用先を探すかだ。どちらも難しいだろうな」


 俺の質問に、知紗兎さんが素っ気なく答えた。探偵業は情報が命。今回の件は、あっという間に業界内へ広まるはず。不法侵入のことは別にしても、多くの問題を起こしてそうだ。


「でも悪い人では無かったと思います。言動は軽く態度も失礼でしたけど、調査は熱心だったかと。……結果はともかく」


 その失礼な態度の被害者でもある梨恵さんの言葉だ。俺からは、何も言うまい。さて、もう周辺は暗い。沢村家に戻ろう。


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