11話 不審な男を追跡
佐藤さんは俺たちの言葉を聞いて、数十秒ほど考え込んだ。
「……分かった。梨恵ちゃんには儂から伝えよう」
「よろしくお願いします! ちょうど夕食に誘おうと考えていました。これから、沢村家に向かいましょう」
あとは向こうで話を聞いた方がいい。車で送ると提案したけど断られてしまう。自家用車で行くとのこと。外に出ると、佐藤さんは近くにある小屋の中に入った。そして軽トラックに乗り込み、ゆっくりと動かす。
自宅の前に停め、そこで降りた。
「お主ら、酒を飲むか? 積み込みから手伝ってくれ」
「あ、いいですね」
だけど今は仕事中。しかし断るのも感じが悪い。というか俺も飲みたい。ここは依頼人の許可を貰おう。
「ご相伴に与る」
「知紗兎さん、まず梨恵さんに話を通してください」
「それは任せた」
構わないけど、完全に丸投げか。とにかく酒を荷台に積むとしよう。酒瓶を家の収納場所から運んでいく。日本酒やウイスキーが好きらしいな。それからビールやワインもある。四人分にしては、かなり量が多い。酒が好きなのだろうか。
作業が終わって、佐藤さんは軽トラを発進させる。俺たちは後に続いた。目的の場所に着き、適当な場所に車を停める。なんとか日が沈むまでに戻れたようだな。車の音に気付いたのか、家の中から梨恵さんが出てくる。
「お待ちしていました。佐藤さん、どうぞ中へ」
「邪魔をする。酒を持ってきた、皆で飲んでくれ」
「ありがとうございます」
梨恵さんは荷台に積まれた酒の量を見て、ちょっと驚いている。酒を飲むなら、今日の調査は終了。あとで彼女に相談しないと。
「今日は歩いて帰るからな。明日の朝まで車は置かせてもらうぞ」
「それなら泊まっていきませんか? 祖父と一緒に飲んだあとは恒例でしたよね」
佐藤さんは苦笑いを浮かべていた。あの様子だと、飲み過ぎも恒例だったのかもしれない。この家に梨恵さんが来るときは、お盆や年末年始くらいと聞いた。飲み過ぎる時期である。
「……お言葉に甘えるとしよう」
「よかった!」
「ところで人数を聞いていなかったな。まあ、酒は充分にある。足りんことはあるまい」
そういえば事務所のメンバーが二人だけと言っていない。
「ここに捜索へ来たのは、俺たち三人だけですよ。所長の知紗兎さん、助手の俺。それから依頼者の梨恵さんで三人」
「なに? ならば朝の男は?」
一瞬、場が静まり返る。何を言われているか、よく分からなかった。朝の男とは何だろう。
「いったい誰のことです。俺たち以外に人が来たのでしょうか?」
「あれは畑仕事が一段落し、朝食を取るために帰る途中だった。沢村家の門前に、その白い車が停まっていた」
俺たちではない。まだ練馬を出ていない時間帯のはず。
「ナンバープレートは見ましたか?」
「……いや、見ていない」
ほとんど人が来ない場所だ。おそらく車種と色が同じことで、仲間だと思われたらしい。さらに詳細を聞く。朝の件が気になり、空いた時間に見回りをしていた。そこで俺たちと会ったのか。
知紗兎さんが怪訝そうな表情を浮かべている。
「男の特徴は?」
「二十代前半で、少し痩せていた。服装はジーンズにグレーのジャケット。あまり目立たない恰好だったな」
俺と似たような服装か。その男も調査が目的かもしれない。
「儂が見たときは車から降り、門の前をうろついておった。こちらに気が付かず、引き返したようだが」
「賢悟、その男を探すぞ」
唐突に知紗兎さんが言った。しかし今は夕暮れ。すぐ夜が訪れる。捜索は困難を極めるだろう。天眼通を使うつもりだ。
「わかりました。佐藤さん、男が立っていた場所を教えてください」
「ああ、こっちだ」
見た通りに動きを再現してくれる。知紗兎さんは地面を見たり、顔を上げて町の方向を見たりした。
真剣な表情で目を凝らしている。少し疲れているようだけど大丈夫かな。
「見えた! かなり近い」
「すぐ出発しましょう。車に乗ってください」
俺は運転席に座って、シートベルトを締めた。助手席には、知紗兎さんがいる。地図を片手に険のある表情をしていた。
そのとき後部座席のドアが開かれる。
「私も一緒に行かせてください!」
「わかった。まあ、案内役も必要だろう」
勢いよく乗り込んで来たのは梨恵さんだ。佐藤さんは車の傍に立っている。
「ならば儂は電話番をしておく。ここで待っているから、何かあれば連絡をくれ」
「助かる」
「その連絡係は私がやります!」
これで方針は固まったな。俺は車のエンジンを始動させて、知紗兎さんに視線を向けた。いつでも出発できるが、肝心の行き先が分からない。
そのとき梨恵さんの表情が変わっていることに気付いた。不思議そうな、困っているような、そんな顔だ。
「どうしました?」
「あの……遠くから車の音が聞こえませんか?」
特に聞こえない。そもそも自分たちのエンジン音がうるさい。出発を急ぐのか、確認を優先するか。
知紗兎さんが俺の服を引っ張った。無言で頷いている。その動作で、俺は彼女の意図を理解した。車の窓を開け、エンジンを停止。静寂が訪れる。耳を澄ますと、かすかに音が聞こえたような。
「例の車だ。ここに向かっている」
「それなら待ち伏せしましょう」
佐藤さんは家の中に入ってもらい、施錠を頼んだ。無理に侵入するようならば、警察に連絡をする。
俺たち三人は車内で待機。明かりを消し、息を潜める。向こうの視界に入らないよう、停車場所も変えている。こちらからも見えにくいことが難点だけど、そこは知紗兎さんに頼るしかない。これで準備よし、後は待つだけ。
そこまで長くは待たなかった。わりと早く目的の相手を確認する。本当に車種も色も一緒だ。車から若い男が降りる。どうやら門が開いていないか、確認しているようだな。また中の様子も気にしている。
こちらに気付いた様子は無い。注意して見れば、俺たちの車に気付かれる恐れもあった。家の方に意識が向いていて助かったな。
「俺たちも降りますか?」
「そうだな。私と賢悟で話を聞いてみよう」
できるだけ静かに移動して、男に近付く。第一印象は軽薄そうな男だった。外にいるのは一人のようだけど、車の中に誰か残っているかもしれない。
充分に注意しながら、声を掛けないと。
「こんにちは」
「誰だ! いや、ちょうどいいっす! 話を聞かせて――」
男は知紗兎さんを見ると、あからさまに顔色が変わった。そして俺たちの車にも気が付いたようだ。念のため、梨恵さんには姿を隠してもらっている。沢村の家に友好か分からないからな。
続けて声を掛けようとしたら、男は慌てて車に乗り込んだ。
「なぜ逃げるのですか!」
まずいぞ。いきなり逃走を図るとは、思っていなかった。調査が目的で来ているならば、情報を得ようと話だけはすると考えていたのだ。そして間違いなく最初は話に乗り気そうだった。
「とにかく戻るぞ!」
「わかりました!」
急いで車に戻って、相手を追う。しかし向こうは相当な速度を出している。このままだと追い付けない。
とはいえ交通法規を無視した追跡は厳禁だ。
「知紗兎さん、どんどん離されています」
「構わない。ナンバーは見ている、追跡は可能だ」
わざと離され、安心して停まったところを狙うのか。だけど離され過ぎるのも、よくない。彼女の天眼通が不調になることだってある。
とにかく今は尾行に専念しよう。知紗兎さんに進行方向を尋ねた。
「道なりに進み、広い通りに出たら左だ」
了承の返事をして、そのまま車を進ませた。周辺は薄暗くなりつつある。慎重にハンドルを操作。丁字路まで来たら、そこを左折した。しばらく直進するらしい。道路の右手側は田畑が広がり、左は木々が生い茂る。見える範囲で、住居は数えるほどだ。
しばらく知紗兎さんの指示通りに進むと、細い道に入る。悪路と隘路に苦戦しながら車を走らせた。
「ちょっと待て、ここから先は私有地のようだ。無断で入るのは――」
「駄目です」
俺は車を止めた。木々に隠れて目立たないけど、確かに看板があるな。連絡先も記載されていた。知紗兎さんと一緒に降り、地面を確認する。分かりにくいけど、タイヤの跡が見えた。
向こうに進んだのは間違いない。さて、どうするか。




