8.クロルージュの王様(2)
私は体が硬直するのを自覚した。
王様がさらに私に告げる。
「クロエ・マリア・ブルーシエル、だったか。
ブルーシエルが陥落した当時三歳だったはずだから、今の君は十五歳かな。
ブルーシエルの王族とはあまり親しくなかったが、赤ん坊だった君にも会ったことがあるよ」
私は必死に助けを目で探した。
ラヴェとプリシラは、昼食を食べながら楽しそうに会話をしてる。
周囲の従者たちは、私たちから距離を取る様に離れていた。
「……なん、のことですか?」
「そう緊張しなくてもいい。
その青い髪色と蒼穹の瞳は、ブルーシエルの王族に多い特徴的な色なんだ。
そして十五歳くらいのクロエという少女。結果は自明と言う奴だね」
迂闊だった。王様なら、他の国の王族と付き合いがあっても不思議じゃない。
名前を隠していても、これじゃあ無意味だ。
王都に入る時点で、偽名を使うべきだった。
王様が優しく笑う声が聞こえる。
「だから、緊張する必要はないよ。
私は『久遠の聖女』に用はない。
ブルーシエルの王女が生き延びていることを、誰かに知らせるつもりもない。
だが君が知りたいことがあれば、教えてあげよう」
知りたいこと――
「私は王女なんですか?」
「ああ、そうだよ。ブルーシエル国王の三人目の子供、上に二人の王子が居た。
そして最後の『久遠の聖女』だね。
君の親族にも『久遠の聖女』は居たはずだが、おそらく生き残ってはいない」
「……なぜ、ブルーシエルは滅んだんですか?」
「君たち『久遠の聖女』の血が若さを与える、という噂があってね。
聖女を狙ったエルノワール王国がブルーシエルに攻め入った。
ブルーシエルは国民総出で抵抗したが、エルノワールも大きい国だったからね。
結局、あの国の民や王侯貴族は皆、命を落としたと聞いているよ」
「……『久遠の聖女』ってなんなんですか。そこまでされるものなんですか?」
「私も詳しいことは知らない。
なぜ祈るだけで天気を操れるのか、それもわからない。
他にも力があるという噂は聞いたことがあるが、関係者が滅んだ今では、知る術がないだろう。
――君は、『久遠の聖女』の力を使えるのかい?」
「……はい、たぶん、ですけど」
「よければ少し、私に見せてもらえないかな。
今日は少し雲が多い。綺麗な青空を見てみたいと思わないかい?」
私は空を見上げた。
春の空は、高い所に大きな雲がふよふよと浮かんで流れていた。
私はあの日のように、誰かに向かって『空が綺麗に晴れますように』と祈ってみた。
「おお……これは……なるほど、確かに君は『久遠の聖女』だ」
私は王様の声で目を開けた。
視界には綺麗に雲一つない青空が広がっていた。
空を見上げながら思わず、迷いが口をついて出た。
「私はこれから、どうやって生きて行ったらいいのかな」
「君は王族だ。王族としての待遇を望むなら、我が国が王族として受け入れよう。
今までのように平民として生きて居たいなら、その支援をしてもいい。
だがもう君の事情を知りながら守ってくれる人間が、周りに居ないだろう。
平民として市井で生きて行くのは、厳しいだろうね」
「……やっぱり、いつかはばれると思いますか」
王様が短く息をついた。
「その特徴的な外見があるからね。
ブルーシエルの王族に限ったものでもないんだが、疑われるのは避けられないだろう。
旅商人のように各地を転々としながら生きて行くのも、限界があると思う」
「……魔法とかでなんとかごまかせないのかな」
「長時間は難しいね。
私が用意できる魔導具でも、維持できるのは長くて六時間程度だ。
そして魔導具はとても高価なものだから、旅の中で失ってしまうと二度と手に入らないと考えて欲しい」
「……この国で守ってもらうのが、一番安全なのかな」
「君がそれを望むなら、私が守り切って見せよう。
周辺国が団結すると厄介だが、そうならないよう努力してみよう。
尤も、根拠が乏しい噂一つで、周辺国がこの国に攻め入るとは思えないがね」
――結局、どうしたらいいのかな。
「少し、考えてもいいですか」
「ああ、いいとも。
君の事は外部に漏れないよう、気を配っておく。
あとは君がどう生きて行きたいかを決めて欲しい」
私は深くため息をついた。
「平民として生きてきた私が、今さら王族なんてやれるのかな」
「そこは君次第だ。
だが平民のような王族が居ても、咎める人間は居ないさ」
****
王様はラヴェと交代して、今度はプリシラと言葉を交わし始めた。
私のところにはラヴェが来て、微笑んで告げてくる。
「どうだ? 父上は親しみやすい方だろう?」
私ほ曖昧に微笑みを返す。
「そうだね、確かに親しみやすい人だったし、『久遠の聖女』を利用しようとする人でもなかったよ」
ラヴェが眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「……王様、赤ん坊の頃の私に会ったことがあるんだって。
この外見とクロエって名前だけで、私が王女だって見抜かれちゃった。
頭がいい人なんだね」
ラヴェはしばらく唖然としていた。
「……クロエは、王女だったのか?」
「そうらしいよ? 上にお兄ちゃんが二人いたんだってさ。
だから……私はブルーシエル第一王女、ってことになるのかな」
「……これからどうするつもりだ?」
私は首を横に振った。
「わかんない。王様は好きな道を選べばいいっていってくれたけど、平民の生活は危険を覚悟しないといけないみたい。
この国で守ってもらうのが一番安全だとは思うけど、そこまで迷惑もかけられないかなって思ってる。
どうするか決まるまで、私は旅商人の娘でいるつもり」
「父上は、他に何か言っていたか?」
「んーと、『王族として過ごしたいなら、王族として受け入れて守ってくれる』って。
それがどういう意味なのかは、私にはわからないけど」
私はラヴェを見上げた。
ラヴェは眉間にしわを寄せて考えこんでた。
「……国格では、我が国よりブルーシエルのほうが上だ。
ブルーシエルの王族として受け入れるということは、最上の待遇でもてなすということになる。
社交界への露出をどう考えておられるかはわからないが、そんな待遇をしていれば、お前の存在は噂に乗るだろう。
それを踏まえて、お前を守り切るつもりなのだと思う」
私は小さくため息をついた。
「そっか、それだとやっぱり、この国に迷惑をかけちゃうね。
ブルーシエルの二の舞にはなって欲しくないし、危険を承知で旅商人になるのがいいのかな」
ラヴェが笑みをこぼした。
「フッ、それは杞憂だ。
エルノワールが攻めて来ても、追い返せる国力が我が国にはある。
周辺国が連合を組むと苦しいが、そんな事態には陥るまい。
父上に任せておけば、問題はない」
「それでも、戦争になるかもしれないと分かっててこの国に守ってもらうのは、気が引けるよ。
今さら王女として生きて行くのもできないしさ。
なんとか旅商人の道を探してみるかな」
「お前の旅路に、同行する人間の目途は立っているのか?」
私は首を横に振った。
「王様は『旅商人でも限界がある』って言ってた。
いつ襲われるか分からない旅に、誰かを巻き込みたくもないよ」
「だが、お前の一人旅では簡単に賊に掴まるだろう。
人買いに売られる人生が待って居るだけだぞ」
私は盛大なため息をついた。
「それでも、この国を戦争に巻き込む未来よりはマシなんじゃないかなぁ」
ラヴェが私の肩に手を置いた。
「そう結論を急ぐな。
もう少し情報を集めてみよう。
それから判断しても、遅くはないだろう」
私はラヴェの目を見ながら尋ねてみる。
「情報? 情報ってなに?」
「他にブルーシエルの生き残りが居るかもしれない。
聖女についても、何かわかるかもしれない。
どちらかがわかれば、お前の身の振り方の助けになるだろう」
「滅んだ国のそんな情報、知ってる人が居るの?」
ラヴェが優しく微笑んだ。
「心当たりがある。聞くだけ聞いてみるさ」
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