4.旅は道連れ世は情け(2)
「君は誰だ?」
翌朝、目を覚ましたラヴェの言葉で、プリシラは目を白黒させていた。
「えっと、昨晩助けて頂いたプリシラですけど……」
その一言で、ラヴェはおおよそを察したらしい。
「そうか。ネージュが助けたのか。
ややこしくてすまないが、私はラヴェだ。
――クロエ、昨晩の事を教えてくれ」
私は昨晩の出来事を、かいつまんでラヴェに伝えた。
ラヴェが頷いて告げる。
「私もネージュの意見に賛成だ。
プリシラも我が家に連れて行こう。
クロエも、それで構わないか?」
「私? そりゃ構わないけど、なんで私の意見を聞いたの?」
ラヴェが優しく微笑んだ。
「旅の同行者が増えるんだ、お前が嫌がるなら、別の道を考えるべきだろう」
あー、こういうところはネージュと全然違うなー。
ちゃんと私の気持ちも配慮してくれたのか。
ネージュは独善的な感じがするもんな。
プリシラが困ったように眉をひそめていた。
「結局、何がどういうことなんですか?」
ラヴェが優しくプリシラに微笑んだ。
「プリシラといったか。まずは旅支度を整えよう。
自分の荷物をまとめて、私の馬車に移すんだ。
馬車で移動しながら、ゆっくり説明する」
プリシラはおずおずと頷くと、自分の馬車の中へ入っていった。
****
私は幌馬車の荷台で、ラヴェの中にネージュの魂がある話を伝えて行った。
プリシラも最初は驚いていたけど、ラヴェとネージュでは雰囲気が違う。
ラヴェの様子を観察することで、少しずつ納得しているみたいだった。
「そんなことがあるんですね」
ラヴェが御者台から応える。
「ネージュは腕の立つ魔導士だった。
新しい魔法の実験が事故を起こして、それでこんなことになったようだ。
私も早くネージュを治してやりたいのだがな」
私はラヴェに尋ねる。
「双子なんだし、ラヴェも魔導士なの?」
「いや? 私は剣士だ。魔法は簡単なものしか使えない。
ネージュほど魔力が高い訳でもないしな」
「ふーん、不思議な双子なんだね。
姿はそっくりなの?」
「髪色と瞳の色以外はそっくりだな。
ネージュは髪も瞳もアイスブルーだ。
私は見ての通り、フレイムレッド。
性格も違うし、あまり双子らしい双子ではないかもしれない」
そういえばネージュが第二王子、ラヴェが第三王子って言ってたっけ。
「ねぇ、もう一人お兄さんが居るんだよね?
その人はどんな人?」
「父上に似て理知的な人だ。
年も離れていて、今は二十三歳だな」
「八歳も差がある兄弟かー。
ラヴェの家は、そのお兄さんが継ぐの?」
ラヴェが頷いた。
「そのはずだ。
そのことには私もネージュも、特に不満に思っていない。
兄上なら、問題なく家督を継いでくださるだろう」
プリシラがおずおずとラヴェに告げる。
「なんだか、大きな家の人に聞こえますけど、どんな家なんですか?」
ラヴェが困ったように微笑んだ。
「そうだな、大きな家だ。
だがそのことをプリシラが不安に思うことはない。
今はまだ、知る必要もないだろう。
王都に着けば、自然と分かることだ」
……やっぱり、王子であることは秘密にしながら旅をしてるんだな。
私はプリシラに別の話を振ってみる。
「ねぇプリシラ、あなたは何歳なの?」
「今年で十三歳になります。クロエさんも同じくらいですよね?」
私は頬を引きつらせながら応える。
「私はこれでも十五歳、成人済みだからね?」
プリシラが目を見開いていた。
「え、大人なんですか! とてもそうは見えませんでした」
プリシラとは体格も体型も大差ない――というか、私の方がやや負けているくらいだ。
そう思っちゃうのは仕方ないけどさ!
ラヴェが楽しそうに笑いながら私に告げる。
「ははは! クロエを見て十五歳と見抜ける奴はいないだろう!
――それで、どうだ? ネージュの事を少しは理解できたか?」
昨晩、ネージュは迷いなく襲われてる人を助けに向かってた。
肉親の死で悲しむプリシラを慰めつつ、埋葬もしてあげた。
見捨てることなくプリシラを連れて行く決断もした。
そこには独善的だけど、確かな優しさが垣間見えた。
「……そうだね。少しくらいなら。
なんとなく、ラヴェのお兄さんなんだなってのがわかったよ」
「悪い奴じゃないというのが理解できたなら、それで充分だろう。
これからはプリシラも共に居る。
先日のようにクロエが襲われる危険も減るんじゃないか」
プリシラが目を見開いた。
「襲われたって、どういうことですか?!」
私は気まずい気分で渋々と告げる。
「朝起きたら、ラヴェがネージュに変わってたんだよ。
その時に、いきなり唇を奪われました……」
プリシラは呆然と私を見ていた。
「……ネージュさんがそんなことをするなんて、信じられません」
「嘘でこんなこと言うわけが無いでしょ?!
ファーストキスを奪われた私の心はズタズタだよ?!」
「……その割に元気ですね」
「落ち込んでても、過去は変えられないからね!」
「逞しい人なんですね、クロエさんは」
「旅商人の娘だからね! 逞しくないと生きていけないよ!」
「でも私たち、両親を失ってしまって、商人を続けるのは難しくないですか?」
私は盛大なため息をついた。
「そ~~~~~なんだよねぇ。これからどうやって生きて行こうかな」
ラヴェが御者台で背中を見せながら告げてくる。
「商人の娘なら、読み書きや金勘定くらいは覚えているのか?」
「私は覚えてるよ。プリシラは?」
プリシラも頷いた。
「はい、それなりにできると思います」
ラヴェが頷いた。
「それなら、我が家で下働きをする手もある。
伝手で働き口を斡旋する事もできるはずだ。
一人旅をするには、二人とも向いていない。
同行できる大人を用意できるかは、父上に相談してみないとわからないところだ」
それから一週間、私たちは順調に旅程を消化した。
宿場町を一つ通過したけれど、この一週間の間はネージュが現れることもなかった。
プリシラも肉親を失ったショックから少しずつ立ち直り、明るい笑顔を見せてくれるようになっていた。
プリシラがラヴェの背中を見ながらぽつりと告げる。
「ネージュさんは姿を見せてくれないんですね」
ラヴェが御者台で背中を向けたまま応える。
「あいつは元々、あまり出てこない。
私が抑えつけてるのもあるが、今は数か月に一回出てくるかどうかといったところだ」
「なんで抑えつけてるんですか?」
「ネージュはトラブルメーカーだからな。
悪い奴ではないが、魔法を使って好き勝手に暴れる悪癖がある。
その後始末をするのは、肉体の所有者である私だ」
兄の尻ぬぐいをするのは、いくら優しいラヴェでもやっぱり嫌か。
私はプリシラに尋ねてみる。
「どうしたの? ネージュに会いたくなったの?」
プリシラが真っ赤な顔で首を振っていた。
「違います! そういう意味ではないです!
ただ、きちんとお礼を言ってなかったと思って!」
……ははーん。なるほど。
性格は独善的だけど、顔は良いしなぁ。
そんなネージュに鮮やかに命の危機を救ってもらったら、そりゃあこうなるか。
「ねぇラヴェ、次の町でまたネージュを出してあげることはできる?
お礼くらいはちゃんと伝えてあげた方がいいんじゃない?」
ラヴェが少し考えるように黙り込んだ。
「そうだな。プリシラもその方が気持ちがすっきりするだろう。
宿を取ったらネージュを呼び出してみよう」
二日後、私たちを乗せた馬車は、宿場町に入っていった。