3.旅は道連れ世は情け(1)
馬車は順調に森に挟まれた街道を進んで行った。
夕暮れ近くになるとラヴェは馬車を道端に止め、御者台から降りた。
ラヴェが薪木を拾い始めたのを見て、私もそれに参加した。
日が落ちる頃には焚火の前で、私たちは夕食を取っていた。
私はスープにパンを浸しながらラヴェに尋ねる。
「この先、町はどれだけあるの?」
「大きなものなら、王都までに二つの町がある。
だが、それがどうしたんだ?」
「その間は野宿なのかなって思って」
「その通りだが、問題があるか?」
「大有りでしょ! ネージュのことはどうするのさ!」
寝てる間に襲われたら、何をされるかわかったもんじゃない!
せめて宿に別室で泊まらせて欲しい!
ラヴェは不思議そうな顔で小首を傾げていた。
「ネージュは普段、表に出てこない。
今朝のように出てくる方が珍しいんだ。
それに何度も言うが、あいつは悪い奴じゃない。
そんなに心配をする必要はない」
駄目だ、ネージュに対するラヴェの信頼が篤い。
双子の兄弟だからかなぁ?
「ともかく、このままじゃ安心して眠れないんだけど。
ネージュが信頼できるって証はないの?」
ラヴェがうつむいて考えこんでいた。
「……ネージュと少し、話をしてみるか?」
「は?! 何を寝言を言ってるの?!」
「言葉を交わさなければ、いつまでたっても信頼関係は生まれない。
今のままでは、クロエが夜眠れなくなってしまうだろう」
「いきなり唇を奪うような人間と、こんな場所で会えって言うの?!」
ラヴェがフッと笑った。
「あいつはそれ以上の事をしない――いや、できない。
あれで案外照れ屋なんだ、ネージュは。
私の全財産を賭けても構わないぞ?」
王子の全財産って……凄い金額にならない?
私は渋々頷いた。
「そこまで言うなら、話し合いをしてあげる。
でも! それでネージュが信頼できないってわかったら、ラヴェとはここでお別れだからね!」
「ははは! わかったわかった。
ではネージュと入れ替わろう――≪忍び寄る睡魔≫!」
ラヴェが自分の顔を右手で掴んで何かを叫ぶと、かくんと脱力して頭を垂れた。
ゆっくりと顔を上げたラヴェの瞳は、透き通った氷のような青に変わっていた。
「――よう、クロエ。俺と話をしたいんだって?」
間違いない、ネージュだ。
私はごくりと唾を飲み込んで、ネージュから一歩だけ離れた。
「私が話したいんじゃなくて、ラヴェが話せっていったんだよ!
短い期間とはいえ、信頼できない人と一緒に旅なんてできないからね!」
ネージュが不敵に笑った。
「フッ、俺を信頼できないだと?
随分と思いあがった言葉を吐くものだ。
俺はクロルージュ王国第二王子、ネージュ・ジャン・クロルージュだぞ?」
「朝! 私の唇を奪ったでしょ! あれでなにをどうしたら信頼されると思ったの?!」
「お前の美しさについ、手が出た。
俺の心を奪えたことを誇りに思え」
うわぁ軽薄~?! 言葉が軽い!
「そんな言葉で信用さ――」
私の口を、ネージュが素早く手で塞いでいた。
そのまま遠くを見やりながら、静かにつぶやく。
「少し黙ってろ」
なんだろ、なにがあったの?
ネージュが突然立ち上がり、私を抱え上げた。
「ちょ?! 何をする気?!」
「黙っていろ。舌を噛むぞ」
そのまま全力で夜道を駆けだしていた。
****
走りながら、ネージュが小声で告げる。
「襲われてる奴がいる。お前は俺の傍から離れるな」
ネージュが駆けて行った先では、焚火の周りに十人を超える男たちが居るみたいだった。
その人だかりの中心――女性の姿!
ネージュは足を止め、私を下ろすと、大きな声を上げながら腕を振りかざした。
「愚かなる咎人に天帝の裁きを与え給え! ≪天雷≫!」
ネージュが腕を降ろ下ろすと共に、空から雷が何本も降り注いで男たちを打っていった。
「なに……これ……」
「魔法を見たことが無いのか? ――そら、いくぞ」
ネージュは呆然としてる私を再び抱え上げると、怯えている様子の女性の下へ駆け寄っていった。
女性は私たちと同じ年頃の女の子みたいだ。
肩までの淡い金髪、薄い翡翠のようなつぶらな瞳。
気の弱そうな雰囲気で、涙を流して佇んでいた。
周囲の男たちは、雷に打たれて真っ黒な炭になってる。
女の子の足元には、倒れ込んでいる男女の姿。
ネージュが女の子に告げる。
「怪我はないか」
女の子は怯えながら頷いた。
ネージュは私を地面に下ろすと、勢いよく腕を横に振った。
それに合わせて突風が吹き荒れ、炭になった男たちを粉々に砕いて森の中に吹き飛ばしていった。
「野盗か。こっちの人間は――手遅れだな」
しゃがみ込んだネージュが、倒れ込んだ男女の傷を確認してから告げた。
立ち上がったネージュが女の子に告げる。
「娘、自分の名前は言えるか」
「……プリシラ」
鈴が鳴るような可愛い声で女の子――プリシラが応えた。
「そうか。プリシラよ、しばらくここで待って居ろ。俺たちの馬車を持ってくる」
ネージュが私に向き直った。
「クロエ、プリシラと一緒に居てやれ。
この周囲にはもう、野盗の気配はない。待って居られるか?」
私はおずおずと頷いた。
ネージュはフッと笑って「いい子だ、すぐ戻る」と言い残し、今度は私たちの馬車に向かって駆け出していった。
私はその背中を見送った後、プリシラに振り返った。
プリシラは倒れ伏した男女の傍に跪いて、涙を流して悲しんでるみたいだった。
「……ご両親?」
プリシラは静かに頷いた。
「そっか……」
辺りを見回す――一台の馬車と、まだ火が付いている野営の跡。
野営をしていたプリシラたち家族を、野盗が襲ったのか。
私と違って、本当の両親を失ったプリシラはショックが大きそうだ。
かける言葉を見つけられず、悲しむプリシラを見守っていると、馬車に乗ったネージュが傍までやってきた。
馬車から降りたネージュがプリシラに告げる。
「あまり死者を長く見続けるな。死に飲み込まれるぞ。
この場所に墓を作るが、それで構わないか」
プリシラは両親の姿を見つめながら、静かに頷いた。
その後、ネージュは魔法とやらで森の中の地面に大きな穴を作って、プリシラの両親を埋めていた。
私たちはプリシラたちの焚火の周りに腰を下ろし、一息ついていた。
苦笑を浮かべたネージュが、お湯を飲みながら告げる。
「やれやれ、家族を失った商人の娘を二人も拾うことになるとは、今回はとんだ縁が重なるな」
プリシラは静かに焚火を見つめていた。
たぶん、まだ両親を失ったショックが大きいんだろう。表情が硬い。
ネージュがプリシラに告げる。
「自己紹介をしておこう。俺はネージュ。王都に戻る途中だ」
私も続いてプリシラに告げる。
「私はクロエ。旅商人の娘だよ。
事故で両親を失って、ラヴェ……じゃない、ネージュに拾われて王都に向かう所」
プリシラが顔を上げて、私を見つめた。
「……クロエさんも、両親を失ったばかりなんですか?」
私は苦笑を浮かべて頷いた。
「実の両親じゃないけどね。昨日、山道が崩落して、両親ごと馬車が落ちちゃった。
一人で取り残されて困っていたところを、助けてもらったんだよ」
「そうですか……」
ネージュがプリシラに尋ねる。
「プリシラ、お前に頼る先はあるか? 家はどこだ?」
「家はコリーヌにあります。親族はいません」
ネージュが小さく息をついた。
「そうか、コリーヌだと王都と反対方向だな。
親族が居ないのでは、戻っても一人で生活はできまい。
一度、俺たちと王都に来い。
それから身の振り先を考えるといい。
それまでは俺が養ってやる。
コリーヌの家は、時機を見て引き払えばいいだろう」
「ちょっとネージュ?! 勝手にそんな約束して大丈夫なの?!」
ネージュがフッと不敵な笑みを見せた。
「ラヴェがプリシラを見捨てるわけが無いだろう。
クロエもしばらく養うことになる。
一人養うも二人養うも変わりはしない」
そりゃあ王子様なら、それくらい簡単かもしれないけど!
ラヴェの身体で勝手に約束なんかして、自分本位な人だなぁ?!
プリシラがきょとんとして私たちの会話を聞いていた。
「ラヴェさんという方もいるんですか?」
ネージュがニヤリとプリシラに笑いかけた。
「そのことは明日の朝になればわかる。
その時にラヴェから説明を受けろ。
俺は面倒だから説明せん」
うわ、こいつラヴェに押し付けやがった!
呆れる私に、ネージュはフッと笑いを投げかけてきた。
「その方が話が早いというだけだ。
実際に見なければ、理解などできまい?
今のラヴェは魔法で寝ていて、朝まで起きん。
そしてラヴェが起きて居れば、俺は話が出来ん」
そりゃそうなんだけどもね?!
プリシラは私たちの会話を、小首を傾げながら聞いていた。