2.氷の瞳
実質、ここまでが第1話です。
私とラヴェは山のふもとにある町の宿に入り、夕食を取っていた。
「ねぇラヴェ、なんで君みたいな人が一人で荷物を運んでるの?」
普通、偉い人って護衛の兵士を連れてるものじゃないのかな?
「私に護衛は不要だ。
そして先方の要求で、私一人で来て欲しいと言われていてな。
それが積み荷を手配する条件だ」
「ずいぶん変わった人なんだね……そんな要求をお父さんは飲んだんだ?」
「そこでしか手に入らない品物らしいからな。
それに私の一人旅なら心配ないのも、父上は理解している。
何の問題もない」
お父さんから信頼されてるってことなのかなぁ?
ラヴェは宿で部屋を一つだけ借りた。
「ちょっと?! 同室なの?!」
ラヴェがきょとんと私を見ていた。
「お前ひとりで寝泊まりなど、させられるわけが無いだろう」
「私は女子なんだけど?!」
「それは見ればわかるし、だからこそ一人にさせられないのだが?
お前は酒に酔った客が侵入して着た時、一人で撃退できるのか?」
う、それは考えてなかったな……。
宿の主人が、困ったような笑顔で尋ねてくる。
「それで……結局何部屋をお使いになるんですか?」
「二人部屋を一つでいい」
結局、私はラヴェに押し切られていた。
部屋の窓から外を見ると、夜闇の中で雨音だけが聞こえていた。
「なんだか明日も降り続きそうだね」
「この季節の雨は長引くことが多いからな。
――お前が『久遠の聖女』ならば、祈るだけで雨が止むのだろうがな」
祈るだけかー。ちょっとやってみようかな。
私は目をつぶって両手を組み、誰にか分からないけど『晴れますように!』と祈ってみた。
だんだんと耳に聞こえる雨音が小さくなっていき、ついに雨音が止んだ。
おそるおそる目を開けると、部屋の窓から月光が差し込んでいた。
「……うわ、凄い偶然」
背後でラヴェが笑いをこぼす声が聞こえた。
「フッ、偶然な訳があるか。あれだけ本降りだった雨が、瞬く間に止んで雲一つなくなったんだぞ?
これでお前が『久遠の聖女』なのが確定したな」
「……どうしよう?」
「その力は、むやみに人前で使うなよ?」
私は黙って頷いた。
「こっちのベッドに近寄ったら、ぐーぱんで殴るからね!」
クスクスと笑うラヴェを睨み付け、私はベッドの中で布団をかぶって丸まった。
十五歳の男女が同室とか、信じられない!
こんな状況じゃ安心して眠れないっつーの!
だけど私は疲れていたのか、いつの間にか意識を手放していた。
眩しくて目が覚めた。
朝の光が部屋に差し込んでる。
目を開けると、ラヴェはまだ眠っているようだ。
……いい~~~~~男ではあるんだよなぁ~~~~~~!
私はラヴェの寝顔をまじまじと見つめながら、その端正な顔を観察していた。
綺麗な形の唇、通った鼻筋、バシバシに長いまつ毛。
誠実だし、ちょっと犬っぽい性格は王子様らしくないけど、わがままよりは良いと思う。
あともう一味、ミステリアスな所でもあればなぁ。
って、美形鑑賞してる場合でもなかった。
寝起きの姿なんて、男子に見せられるかーい!
私はベッドから降りて身支度を整え、ラヴェの肩を揺すった。
「おーい、ラヴェー? 朝だよー?」
ラヴェの目が薄っすら開いて、私をぼんやりと眺めていた。
「ラヴェー? 寝ぼけてるのー?」
ラヴェの手が私の首に伸びてきて、大きく引き寄せられた。
バランスを崩した私の顔に、ラヴェの顔が近づいてきて――私の唇は奪われていた。
私の全力びんたがラヴェの頬を襲った。
だけどラヴェは軽々と私の腕を掴み、びんたを受け止めていた。
「――ラヴェ! いきなり何するのさ?!」
恥ずかしくて顔が熱い私は、それでも必死に抗議の声を上げていた。
「フッ、どうしたクロエ。たかがキスの一つや二つ、大騒ぎする事でもあるまい」
ラヴェはらしくない、不遜な笑顔で私を笑っていた。
「大騒ぎするっつーの! こっちは初めてなんだか……あれ? ラヴェ、なんで瞳の色が違うの?」
ラヴェの瞳は、炎のような赤い色をしていたはずだ。
なのに今のラヴェの瞳は、氷のような青色をしていた。
「おいクロエ、一つだけ訂正しておくぞ?」
「……何をよ」
ラヴェはニィっと不敵な笑みを作った。
「俺はラヴェではなく、ネージュだ。覚えておけ」
「意味が分からないってば!」
ラヴェは私の両腕を掴み、身動きが出来ないように束縛していた。
そのまま楽しそうに私の顔をまじまじと見ている。
「ちょっと?! 女子の顔をガン見するとか、失礼じゃない?!」
「俺の目の保養になる。そのことをもっと喜べ」
「いいから腕を放してよ!」
「腕を放せばいいのか?」
ラヴェはようやく腕を解放してくれた――と思った次の瞬間には、腰を引き寄せられていた。
「ちょっとー?!」
「俺が言うことを聞いてやったんだ。今度はお前が俺の言うことを聞け」
「できるか馬鹿ーっ!」
暴れていた私の肘が、ラヴェの顎に直撃した。
ラヴェが顔をしかめてつぶやく。
「――チッ、今のでラヴェが起きたか。
まぁいい。またな、クロエ」
私が見ている目の前で、ラヴェの瞳が氷のような青から炎のような赤に変化していった。
「……クロエ? なにをしているんだ?」
「とにかく私を解放して!」
困惑した様子のラヴェが、私の腰から手を離した。
私はあわててラヴェから距離を取り、テーブルの陰に身を隠した。
「クロエ? どうした?」
「それはこっちのセリフだよ! なんなのさっきの冗談は! いや冗談にしても質が悪いけど! ネージュって何?!」
ラヴェの困惑した表情が、悲し気な表情に変わった。
「……そうか、またネージュが出たのか。すまない、迷惑をかけた」
私は意味が分からなくて、ラヴェに尋ねる。
「どういうことなの?」
「ネージュは私の双子の兄だ。そしてその魂は今、私の身体の中にある」
****
朝食を終えた私とラヴェは、宿を引き払って町の店を巡った。
家財を失った私の旅支度を整えるためだ。
それが終わるとまた馬車に乗り、町を出発した。
御者台でラヴェが事情を説明してくれた。
「ネージュは私の兄、第二王子だ。
昔から私と正反対の性格で、よく暴れまわっていた。
一年前、事故でネージュは意識を失い、目覚めなくなった。
その日からだ。私の意識が無いときに、私がネージュに変わることがあるらしい」
私は荷台で話を聞きながら、慎重にラヴェの様子を観察していた。
嘘を言っている風……ではないな。
実際、私は瞳の色が変わるところも見てるし。
「ネージュって、瞳の色は何色なの?」
「アイスブルーだ。私とは瞳も正反対という訳だな」
つまり、あの氷のような青い瞳はネージュで間違いないのか。
「ネージュはまだ生きてるの?」
「ああ、呼吸はしている。目が覚めないだけだ。
おそらくネージュの魂が、私の中にあるのだと思う。
これを元のネージュの身体に戻してやれば、ネージュは目覚めるだろう」
……こんなミステリアスはいらなかったかなぁ~~~~~~?!
ファーストキスを無理やり奪われた上に、相手がラヴェなのかネージュなのか判断に困る。
心がネージュで身体がラヴェの場合、どっちになるの?!
ラヴェが苦笑を浮かべて告げる。
「ネージュは乱暴な奴だが、あれでも悪い奴じゃない。
そう怖がらないでやってくれ」
「どの辺が?! 寝起き早々に女子の唇を奪うような男子が悪い奴じゃないって言うの?!」
ラヴェが少し頬を赤く染めた。
「そうか……それはさすがに許せんな。
クロエの唇を奪うなど、悪ふざけが過ぎる。
叱れるものなら叱りつけたいが、私の意識がある間はネージュが出てこれないからな」
――ひとつの不安が生まれていた。
「ねぇ、寝てる間にネージュが出てくる事はあるの?」
「ああ、そんなこともあったらしい。
私が疲れていると、ネージュが出てきやすいようだ」
「ってことは、これから毎晩、ネージュが出てくる危険と隣り合わせじゃない!
身の危険しか感じない状況なんだけど?!」
「いくらネージュでも、お前に襲い掛かることはしない。
これでも双子の兄弟だ。私があいつを一番理解していると思っている」
「でも唇を奪ったことは驚いてたよね?!」
「それは――すまない、返す言葉が無いな。
だがあいつも王族の一人だ。
女性の人生を踏みにじる真似まではしない」
「……ここからラヴェの家まで、何日かかるの?」
「順調に進めば二週間くらいだろう」
……二週間も?! 不安しかないんだけど?!
こんな双子に翻弄されながらクロエが新しい人生を生きて行くお話です。
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