1.炎の瞳
それほど20万文字足らずの短い物語です。
よろしくお付き合いください。
天涯孤独の一文無し――それが私の、今の状況だ。
旅商人を営む家族と一緒に乗っていた馬車が、山道の崩落に巻き込まれ、私だけが馬車の外に放り出されて生き残った。
荷物を積んだ馬車は家族と共に深い谷底に落ちてしまったので、私の全財産はこの身体だけになる。
私はぼんやりと谷底を眺めていた。
雨で視界が悪く、両親の姿を確認することはできなさそうだ。
……どうすっかなぁ~~~~~?!
放り出された時に身体を打ち付けて、痛くてまだ動かせそうにない。
雨が降り止む様子はなくて、このままだと体温を奪われて死んでしまいそうだ。
こんな山道を運よく通りかかる白馬の王子様とか、居るわけが無いしなぁ。
――と思っていたら、こちらに近づいてくる馬車が見えた。
選択肢は二つだ。
身を隠すか、乗せてもらうか。
善人が乗って居れば、乗せてもらう方が良いだろう。
悪人が乗っていたら……この身体じゃ、どちらにしろ逃げ切れないか。
結局私は、馬車に乗せてもらう選択肢を選ぶことにした。
馬車に乗っていた青年は、ラヴェと名乗った。
燃えるような赤い髪と、炎のような赤い瞳を持つ凛々しい人だ。
どうやら善人らしく、私が困っている様子なのを察すると、抱え上げて荷台に乗せてくれた。
私は幌馬車の荷台の中から、御者台に座るラヴェに話しかける。
「いやーほんと助かったよー。
あのままだったら死んじゃうところだった」
ラヴェは背中を向けたまま、私に応える。
「クロエと言ったか。崩落事故とは災難だったな。
無一文では、満足に旅もできまい」
女の一人旅で無一文とか、身体を売る以外に道が無い。そんなのはお断りだ。
「ラヴェはなんの商売をしてる人なの? この積み荷は何?」
「父上の使いでな。中身は私も知らされていない。
時折、こうして私が荷を受け取りに行っている」
「……中身を知らないで運んでるの?
中身が禁制品だったら、どうするつもり?
死罪になっちゃうよ?」
ラヴェが楽しそうに笑い声をあげた。
「ははは! もしそうだったら、大事だな!
だが安心しろ。そういった物ではないはずだ」
「中身を確認したいとか、思わないの?」
「そんなことをする意味がない。
父上が必要だと思い発注し、その品を私が受け取り、父上に届ける。
それで充分だろう」
「……高価な品だったら、運ぶ時も慎重に運ばないといけないなー、とか思わないの?」
「預かった荷物は、中身が何であろうと確実に父上に届けなければならない。
そこに積み荷の価値は関係が無い」
「なんだか、忠実なワンちゃんみたいな人だね、ラヴェって」
ラヴェがこちらを振り向いて、笑い声をあげた。
「ははは! 私を犬扱いか! そんなことを言われたのは初めてだな!」
「盗賊に襲われたらどうするの?」
「野盗など私が追い払う。荷を盗ませたりはしないさ」
ふーん、ラヴェは腕に自信があるってことか。
ラヴェが続けて口を開く。
「今度は私が聞くが、クロエは両親を失ったばかりだと言うのに、不思議なほど明るいな」
「ああ、そりゃあ本当の両親じゃなかったからね。
仲が悪い訳じゃなかったけど、どこか他人行儀な家族だったし」
「事情があるのか? 本当の両親の手掛かりはないのか?」
私は肩をすくめた。
「さっぱり教えてもらえなかったよ。
――ああでも、私の名前は他人に教えるな、とはしつこく言われてたな。
あれはどういう意味だったんだろう?」
「私に言われてもな……だがクロエはもう、既に名乗っているだろう?」
「あー、そっちじゃなくて、フルネームの方。
教えるなって言われてるから、ラヴェにも教えられないけど」
隠す意味は分からないけど、信用できない人に教えるものではないだろう。
「ふむ……だが、本当の両親を探す手掛かりになるかもしれん。
教えてもらえれば、私が手を尽くそう。
どうだ? 教えてみないか?」
私はラヴェの横顔を見つめた。
誠実そうな人に見えるけど、人を見かけで判断してはいけない。
外見が飛び切り良い男だからって、ホイホイ秘密を打ち明けるのは、お馬鹿さんのやることだ。
「ラヴェが信用できる人だってわかれば、教えてあげる」
「そうか……ふむ」
ラヴェは少し考えこんだ後、懐から短剣を取り出した。
「これを見ろ」
私は短剣を受け取って確かめた。
なめし皮の鞘を銀細工で装飾してある。柄も銀細工が施され、宝石がはめ込んであった。
鞘には紋章が付いてたけど、私はそれがどんな意味かを知らない。
だけど高価な品だというのは理解できた。
「高そうだね。これは何?」
「王位継承者の証だ。
――改めて自己紹介しよう。私はラヴェ・ロマン・クロルージュ。
この国の第三王子だ」
私は顎が外れた錯覚を覚えながら、口を開けていた。
まさか、本当に白馬の王子様が通りかかったとは……。
「どうだ? 信用してはもらえないか?」
王子様なら、まぁ教えても大丈夫かなぁ?
「……わかったよ。私はクロエ・マリア・ブルーシエル。
この名前だけで、何かわかる?」
今度はラヴェが唖然として口を開けていた。
「……青い髪と蒼穹のような瞳、そしてブルーシエル。
まさか、ブルーシエルに王族の生き残りが居たとはな」
「……ちょっと待って? 耳がおかしくなったみたい。
あー、あー、よし聞こえる!
もう一度言ってもらっていい?」
ラヴェがフッと笑みをこぼした。
「クロエ、お前は十二年前に滅んだ、ブルーシエル王国の生き残りだろう。
その名を持つ以上、王族なのは間違いない」
「……その情報、どこまで信用していいの?」
「すべて信用して構わないぞ?
生き残りが居るという話は聞いたことがないが、そうか、旅商人に身をやつして生き延びていたか」
私はラヴェに短剣を返しながら尋ねる。
「じゃあ、やっぱり私は天涯孤独なんだ?」
ラヴェが頷いた。
「あるいはお前のように、市井に身を隠して生き延びている一族が居るかもわからんが、期待はしない事だ」
そっかー。それならしょうがないかな。
「ねぇ、ブルーシエル王国ってどんな国だったの?」
「あそこは『久遠の聖女』と呼ばれる姫を持つ国だったと教わった。
代々、ブルーシエルの姫は聖女と呼ばれるほど特別な力を持っていたらしい」
「特別な力って?」
「たとえば、祈るだけで天気を操れたそうだ。
他にも、その血を飲めば若さを得られるという噂も聞いた。
その噂が原因で、ブルーシエル王国は攻め滅ぼされたのだ、とな」
うわ、なにそれ怖い。
「じゃあ私がその姫だったら、血を狙われるってこと?」
「不老長寿は人が追い求める夢だ。
王族と分かっただけでも、亡者のような連中が、お前の血を求めて襲ってくるだろう。
だからお前の名前を隠していたのだろうな」
「えー……じゃあ私、これからどうやって生きて行ったらいいんだろう」
「なんとか資金を蓄えて、また旅商人を続けていければいいのだろうがな。
子供一人では、旅商人などできはしまい」
――む! 確かに小柄だし、慎ましい体型だけど!
「私は子供じゃないよ! もう十五歳! 成人済みの立派な大人!」
ラヴェがまたぽかんと口を開けて私を見ていた。
「……嘘だろう? 同い年だと言うのか?」
「何歳だと思ったのさ?!
だいたい、十二年前に滅んだ国の生き残りなら、十二歳以上なのはわかるでしょ?!」
「うむ、だからてっきり十二歳くらいかと――いやすまん、これぐらいにしておこう」
私に睨まれたラヴェが、大人しく口をつぐんだ。
ラヴェが再び口を開く。
「だがクロエの外見では、やはり一人で旅商人を続けるのは難しいだろう。
誰か頼りになる大人が同行しなければ、賊に襲われて人生が終わる。
――このことは父上に相談すべきだな。私の手には余る」
「……ラヴェのお父さんって、信用できる人?」
ラヴェがフッと笑って応える。
「私の父上だぞ? 少なくとも、お前の血を狙う類の人間ではない。
だがお前の不安も理解できる。
少しの間、お前はまた名前を隠しておけ。
『旅先で拾った』と言って、私が匿おう」
私は不安で、大きくため息をついた。
なーんか、私の人生って大変そうだなぁ。