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4 目覚め生まれ変わる

 ガタガタと音がする。身体も揺れている。じんわりと私は今横になっていて、馬車の揺れを感じているのだと認識していく。

「目を覚ましたな」

「……え?」

 聞き覚えのある声だ。最後に眠りにつく前に聞いた声。さっきまで見ていた夢で話していた相手の声。

「なんで……わたし……」

「まずは起き上がれるか?」

「あ……はい……え?」

 寝転ぶ私を覗き込む顔は知らない人間のものだった。

 驚きで飛び起きて、知らぬ男性と距離をとるために馬車の端まで後退った。

 今乗っているのは貴族用の馬車ではなく、平民が乗る乗合馬車だった。乗客は私と見知らぬ男性の二人だけのようだ。

「だっ、誰!?」

「そうだな。この姿では分からないのも仕方ない」

 見知らぬ男性の姿が薄っすらと光に包まれて、見覚えのある悪魔の姿に変わった。

「え……あ……あなたは……!」

「俺の名はマルスだ。覚えたければ覚えるといい」

 そう言った悪魔の姿はまた柔らかな光に包まれて、先程までの姿になった。

 頭部に角はなく、髪は少し長めのブラウンになり、目は瞳の色がオレンジで目尻が垂れ下がったものに変わり、色艶のよかった唇も少しくすんだ色味へと変化していた。

 マルスという悪魔は変身魔法も安々と使えたのか。

 見知らぬ男性と二人きりかと焦って警戒したけど、私が魂を捧げた悪魔だと分かりホッとした。

 そうだ。私はこの悪魔に魂を捧げたんだ。

「何で?……私、死んだんじゃないんですか?」

「その質問は何をもって死と定義するかで答えが変わるな。君は人間ではなくなったが、魂は消滅していない」

「人間ではなくなったって……」

「そうだ。君は俺に魂を捧げたことで、精神生命体へと存在が変化した。ちなみに精神生命体として魂が馴染むまで一年間眠りについていた」

 待って。どういうこと?不思議なことが多くて、理解が追いつかない。

「精神生命体って何ですか?」

「簡単に言えば物理的な肉体がない生命体だ。悪魔や天使が該当する。君の魂は俺に隷属し、現状悪魔に近しい存在となった」

「つまり、私は悪魔になりかけているということですか?」

「そうと言えばそうだが、その内勝手に悪魔になるということはない。今の君は人間の時と同じように成長し老いていく」

「人間の時と同じように……悪魔は老いないんですか?悪魔と天使は不老だ。そして君は、睡眠や食事等、人間が生理的に必要としているものが不要となった。生命を維持するために必要とするエネルギーが変わったというところだ。今、君の肉体は俺の魔力によって生成されている」

「え?あ、あの、ありがとうございます」

「これは君が望んだことではなく、俺の気まぐれだから礼はいらない」

「……」

 お礼がいらないという言葉が信じられなかった。私の願いを聞き入れてもらった上に、温情で生かしてもらえているというのに、感謝をしないだなんて許されるはずがない。

「何をしたらいいですか?」

「ん?」

「私はこのお礼として何をしたらいいですか?」

「……俺は気にするなと言ったんだが、まあ仕方ない。これから俺は人間に混ざって生活をする。君にはそれに付き合ってもらう」

 悪魔が私の質問に呆れているのを感じて、胸がヒヤリとした。でもそれも少しの間だけのことだから大丈夫なはず。

「平民としての暮らしは平気か?」

「はい。前世は平民みたいなものでしたから大丈夫です」

「そうか。……人間に混ざるため、俺はこうして魔法で姿を変えている。君の容姿も平民らしいものに変えたい」

「かまいません。お願いします」

 確かに、私の赤い髪はキトルス家に代々受け継がれている色で、平民では見かけないものだ。平民として暮らそうと思ったら、この髪では煩わしいことになるだろう。

「容貌があれば叶えることもできるが、何かあるか?そうだ、容姿は顔だけを指しているわけではない。好きに言うといい」

「顔だけではない……身体もですか?」

「そうだ」

「……で、ではっ!むっ、胸とお尻を小さくしてください!」

「分かった」

 悪魔は離れた距離のまま片手を上げて、手のひらを私へと向けた。自分の身体が薄っすらと光っていることに気付いた時には、私の身体は生まれ変わっていた。

 自分の身体が、夢に見た緩やかな曲線を描いていることに涙が込み上げてきた。

 ふしだらでだらしない、と愛する人を不快にさせ続けてきた自分の身体とやっと別れることができた。まさか、こんな形で叶う日が来るなんて。

「ありがとうございます」

「君の顔立ちも華やかで目立つ作りだったから、少し変えさせてもらった」

 悪魔がまた手をかざして、今度は私の正面に鏡が現れた。

 髪はキャラメルブラウンに、瞳の色はダークブラウンに変わっている。つり気味だった目尻は少し下がって、以前より柔らかい印象になったように思う。

「ありがとうございます」

 色目を使って殿方を誘惑ばかりしていると、愛する人に誤解されては怒らせていた顔立ちとも別れることができるだなんて。

「本当にありがとうございます」

「俺の都合でしたことだ。感謝は必要ない」

「本当にありがとうございます」


「今向かっている街は、スカジナビアのヒューゲという街だ」

「スカジナビア……北国ですね。フレリドからずっと遠い」

「そうだ。君の祖国からずっと遠い土地だ。フレリドで君の捜索願いが出たとしても、そう簡単に見つかりはしないだろう」

 私の捜索願い……そんなこと、考えてもいなかった。お兄様は心配されているかもしれない。プラターノ様はきっと肩の荷が下りたと思ってくださるはず。

 姿形を変えたのだから、私のことを知る人物が目の前に現れたとしても、私だと気付かれる可能性は低いのにそんなところまで配慮してくれるんだ。

「重ね重ね、本当にありがとうございます」

「煩わしいことは少ないに越したことはない」

 捜索……されてるのかな。こんなに親切にしてくれている相手に、迷惑をかけてしまうことにならないといいな。

「街では堂々と訳アリの人間として振る舞う。これから俺はポワレと名乗る。姓はなしだ。君も偽名で過ごすんだ。希望の名はあるか?」

「……いえ、特には。何でもかまいません」

「そうか。……では、リモネと名乗るように」

「分かりました」

 名前も変わった。人間ではなくなって、容姿も変わって、名前も変わった。そして、初めての土地で暮らしていく。まるで、生まれ変わったかのようだ。

「それと、今後は俺に敬語を使わなくていい。他の悪魔や天使に会うこともあるだろうが、その者達にも敬語は不要だ。人間と関わる時だけ、場に応じて使い分けるように」

「分かりました」

「違うだろう?」

「あ……分かったわ」

 何故なのだろうと思ったけど、理由を問うことは許されないし、私はただ彼の言葉に従っていれば大丈夫なのだと思う。


「俺達は今乗合馬車に乗っているのは分かるか?」

「はい。……あ、うん」

「だが、俺達以外に乗客はいないな」

「うん」

「これは俺が魔法で生成した馬車だからだ。御者は俺の隷獣を人間の姿に変化させた者がしている」

「そうだったんですね」

 隷獣……この悪魔は動物を人の姿に変身させて、人と同じことをさせることができるんだ。どんな悪魔なのか、全然聞いてないから知らなかったけど、私を救ってくれた悪魔はすごい悪魔なのかもしれない。

「他にも気になることがあれば質問をするといい」

「!あ……えっと……」

 質問をしていいなんて思いもよらず、咄嗟に言葉が出てこなかった。何を言ったらいいんだろう。質問するように言われたんだから、ちゃんとできなきゃ呆れられてしまう。

「大丈夫だ。ゆっくりでいい」

「……うん」

 それから街に着くまで穏やかな会話が続いていた。

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