表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2 契約は果たされる

 14歳の時に前世の記憶というものを得た。

 前世の私は魔法のない世界で生きていて、身分制度のない社会で一平民として生活していた。命が尽きたのは、30歳になってすぐ後のことだった。

 前世の世界は魔法がないにも関わらず、今世のこの世界よりも遥かに便利で、生活水準が高く、あらゆる文化も発展していて、圧倒的に豊かだった。

 その世界には私達のことを描いた恋愛小説があった。そこでの私は主人公に嫉妬し嫌がらせをする悪役で、最後は愛する王太子に断罪をされ、人生に幕を閉じていた。

 その記憶を得た時、王太子で婚約者でもあったプラターノ様を愛していた私は絶望した。所詮は誰かが空想して描いた物語に過ぎないと割り切ることは難しく、物語を書き綴った人間に予知の能力があったとしたらと怯えずにはいられなかった。

 そんな私の恐怖に呼応するかのように、私が前世の記憶を得た頃から、私はプラターノ様に叱られることが増え、身に覚えのない悪い噂が広まるようになった。私はあの小説で描かれた通り悪役令嬢というもので、私がプラターノ様に断罪されるという結末から逃れることはできないのだと悟ることに時間はかからなかった。

 それでも、一縷の望みをかけて頑張ってきた。けれど、それも全て意味がなかった。私はとうとうあの小説で主人公だった男爵令嬢ピスカ・ペルシアに手をあげてしまった。きっとこのままでは遠くない未来で、プラターノ様から断罪されるんだわ。


 

「契約を果たしに来た。オランジェ・キトルス、俺のことを覚えているか?」

 自室で無力感に苛まれながら夜が耽けるのを待っていた。することはなく、眠る気にもなれず、ただぼんやりと座っていると、突如低く柔らかな声が聞こえて驚き振り返る。

 部屋の扉の前に、息を忘れそうになるほど美しい顔立ちをした男性の姿をした存在がそこいた。

「そう、だった……」

「思い出したようだな」

 天使もかくやと思われるほどの美貌を携えたそのものは、天使とは対を成す存在である悪魔の特徴を持ち合わせていた。漆黒の髪と真紅の瞳に、頭部に立つ赤黒く悍しき二本の角。

 4年前、私が魔法で召喚した悪魔だ。

「俺を召喚した時より大人になったな。背が伸びてるだろう?」

「じゅう……はちになりました。4年ぶりですね」

「たった4年で人間はよく変わる。その変化も様々だ。お前はあの時より顔色が悪いぞ」

「……」

 恐れていた絶望が現実になろうとしている。そんな時に希望を抱ける人間なんているはずがない。顔色が悪いのは当然のことだと思う。

「それもそうか。契約は、お前が嫉妬に狂って暴力を奮った時に施行するものだったのだからな」

「……」 

 前世の記憶を得て、プラターノ様に叱られることが増えた時、愛する人から断罪されるという未来が自分の身に起こるリアルな出来事と感じさせられた。

 未来に脅えた14歳の私は、救いを求めて天使を召喚しようとした。何度見返しても魔法陣に間違いはなかったのに、私の召喚魔法によって現れたのは天使ではなく悪魔だった。

「人間としての生を終える覚悟はできたか?……フッ、今の今まで俺のことを忘れていたのだから無理な話か。だが、今宵は必ず契約を完遂させるぞ」

「今夜必ず?」

「そうだ。お前の願いを叶えるためにも今夜でなければならない」

「そう……やはり、そうなのですね」

 プラターノ様が直々に罰を与えると仰ったのは、断罪のことを示していたんだわ。

 小説の中で、王太子が婚約者に行った断罪は私刑だった。断罪の場に主人公は居合わせていなかったから、どんな断罪が行われたのかは小説の中では描かれなかったけど、その断罪で悪役令嬢であるオランジェは亡くなった。断罪シーンが描かれなったのは、グロテスクな描写を避けるという意味があったのかもしれない。

 愛する人から断罪される。そんな結末が耐えられなくて、私は召喚魔法を使った。


「まぁ、刻一刻を争うというわけではない。少し話をしてからにするか」

「え?」

 美しい悪魔は微笑んで、扉の前から移動し、向かいの椅子に座った。

「暇つぶしというほどのものではないが、そういうものだと思えばいい。多少の問答はできるか?」

「はい」

「声が室外に聞こえないかと心配する必要はない。魔法で音を遮断している」

「分かりました」

 この悪魔は防音魔法も当たり前のように使えるんだ。

「この4年間、お前なりに努力をしたのだろう?どうだった?」

 そうだ。私は頑張った。悪役令嬢としてプラターノ様から断罪をされないようにと頑張ってきたのに。

「全然ダメでした。私はあれからずっとプラターノ様を怒らせるばかりで、将来の王太子妃として相応しい令嬢になれることはなく、婚約破棄されなかったのが不思議なくらいでした」

「それほどだったのか。何故婚約破棄されなかったんだ?」

「私のような不出来な令嬢を嫁に貰えるのは自分しかいないとプラターノ様は仰ってくださいました。全て、プラターノ様のお優しさです。それも今日で限界を迎えられました」

「そうか。お前はそのように言われていたのか。そう言えば、人間は最後の晩餐は何がいいかと話をするんだろう?お前は何がいい?」

「え?」

 あまりにも脈絡のない質問に、真面目に戸惑い、答えるべきなのかと困惑した。

「好きな食べ物はあるのか?」

「あ……えっと、その……すみません、すぐに思いつきません」

「そうか」

「すみません」

 簡単な質問にさえ答えることができない。私は本当に出来損ないなんだ。

「そんなに、謝るほどのことでもないだろう。それとも後ろめたいことでもあるのか?」

「え……?」

「俺は何を食べたいかと尋ねたが、何も食べたくないというのも選択肢にはある。それならそうと気兼ねなく答えればいい。俺はお前を咎めるために質問したわけではないのだからな」

 悪魔は自分のペースで話を続けていく。私と会話しているようでいて、少し違うようにも思えた。

「そうだ、部屋の中に他人に見られたくないものはあるか?お前がいなくなったら、この部屋は色々と探られるのだろう?見られたくないものを処分するなら今のうちだ。手伝ってやる」

 また話題が変わった。私の返答がつまらないものだったのだから仕方がない。

「それは別の何かを差し出さなければいけませんか?」

「これから魂を貰うのだから、その程度はおまけだ。貢物の心配はいらない」

「ありがとうございます」

「そうか、そうだな」

 お礼を言うと、悪魔は不思議な返事をした。悪魔と人間ではきっと価値観だったり、考え方だったり、会話の仕方も違うのかもしれないと思った。

 椅子から立ち上がり、机に向かった。クローゼットの中に見られてはいけないようなものはない。あるとすれば机の引き出しの中だ。

 誰にも見られないようにと、机の引き出しを二重構造にして奥にしまっておいたノートを取り出す。

「このノート達は処分しなければいけないと思います」

 悪魔が肘をついている丸テーブルに問題のものを置く。

「一冊はこの世界のことを描いた前世の小説について記録したものです。残りの4冊は私の日記のようなものです。……様々な思いを書き綴っているので、他の方を不快にさせるだけだと思います」

「確かに、それらは残しておきたくないものだな。心の内を安々と見られるわけにはいかないと考えるのは当然だ」

 様々な思いとは言っても、ほとんどがプラターノ様に関することだった。怒らせるばかりで申し訳なくて、愛されないことが辛くて、時折見せてくださる優しさに泣きたくなって、笑顔を向けてもらえる令嬢が憎らしかった。

 このノートには私のプラターノ様への想いが詰まっている。

「この部屋には暖炉はないようだな。今すぐに燃やすのではなく、一旦俺が預かろう」

「はい……お願いします」

 悪魔がノートに手を翳すと、テーブルの上のノート達がスッと消えた。これもまた魔法なのだろう。

「あまり長く灯りが点いていると、外の護衛の者が怪しむだろう。そろそろ始める」

「あ……はい。お願いします」

 今の時間は何だったのだろう。私が少しでも未練を減らして逝けるようにと気を配ってくれたのだろうか。悪魔ってそんな優しい生き物だろうか。

「ここまでよく頑張ったな」

「……え?」

 美しい悪魔は微笑んで、椅子に座ったまま、私の顔の前に手を翳した。

「契約のもと、オランジェ・キトルスの魂を悪魔マルス・――――が貰い受ける」

 ゆっくり意識が遠退いていく。

 聞き取れない部分もあったけど、悪魔の名前を初めて知った。

 悪魔ってもっと怖いのかと思っていた。悪魔によって違うだけかもしれない。召喚に応じてくれた悪魔が優しくてよかった。

「ゆっくりおやすみ」

 最後に聞こえてきた声もやっぱり優しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ