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エッセイ

多様化した社会の中で

掲載日:2023/04/03

『昔の音楽はよかった』


 よく聞く言葉のように思います。


 昔は、みんなの知っているヒット曲があって、みんなで価値観を共有していた。


 今はみんなバラバラで、それぞれに好きなものを聴いている。


 人気のあるものはあるけれど、昔のヒット曲のように歴史に残るようなものではない。


 ……と。




 それの何がアカンねん、と私は思います。




 大体、それはホンマか?


 昔のように、日本国の神ともいえるようなヒット曲がなくなった?


 いえいえ、あるでしょう?


 神は、まだ、おわしますでしょう?




『みんながこういう考え方をしてるから、自分もこういう考え方をするんだ』


 たとえヒット曲は昔のようになくても、同じ神の思想に従って、ただめいめいに違うものを聴いているだけ。


 多様化なんて、形だけ。


 その根本は、じつは多様化なんてしていない。


 なろうの人気作品が多様化していますか?


 同じ神を中心として、めいめいに違うものを読んでいるだけじゃないですか?


 私には、そう感じます。




 自分を壊して、自分をバラバラにして、そのあとにも何かが残る。


 絶望しても、光は残る。


 それこそが、ほんとうの多様化した自分なんじゃないかと。


 時代を生き残るには、新しい絶望こそ必要なんじゃないかと。




 生きよ、堕ちよ──と、坂口安吾さんは言いました。

 その頃とはまた時代が違うんだと思うけど……


 でも、現代に必要とされているのは、生きながら自分の信じていたものをブッ壊す精神なんじゃないかと。


 そしてそれでも寂しくない自分になることなのだと。


 そう、思いました


 まる




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― 新着の感想 ―
[一言] 『生きながら自分の信じていたものをブッ壊す精神』を 自らが築き上げた価値観を疑う(壊す)精神 『新しい絶望』を 寄る辺もない状態 そう読み解いて その中に残る自分の核だったり そこから見…
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