第九話 俺は誰だ? ( 4/6 )
「これは履歴書だね」
俺はテーブルの上に広げられた紙を見て、そう言った。
紙には黄緑色の線や文字が書かれていたが、空欄しかない白紙の状態だった。履歴書の上の方に黄色い付箋が貼られていて、文字が書いてあった。
ご家族の方へ、履歴書を書いてあげてください。
「履歴書、とは何だ?」
「名前とか住所とか、これまで何をしてきたとかを書く紙だよ」
「お、早速いま決めた名前を使う時がきたか」
「…使えるわけないだろ!」
「せっかく決めたのにか?」
「とりあえず今後はこの履歴書を埋められるようにならないと雇ってもらえないよ」
「そんなの適当に書いておけばいいだろう」
「…少なくとも、住所はどうにかしないと」
「居城か。居城を手に入れる為に、まず居城がいるとはな。」
「はぁ…」
「まぁ、こうなったら手当たり次第探すしかあるまい。まずは、生前のズシを知る者をこの街で探してみるのはどうだ?それなら結構可能性あると思うぞ」
「でもなぁ、本当に見覚えがないんだよなぁ、この辺り」
「ズシが覚えていないだけで、ズシを知っている人が案外簡単に見つかるかもしれんぞ?」
「…よし、じゃあ、探してみるか。でも、なんというか、死ぬ前の自分の手がかりを探すっていうのは、あんまり気分がいいものではないね」
「じゃあ、ちょっとここ出る前に、何か楽しい話でもしていくか?」
「楽しいというと、例えば?」
「例えばなぁ……」
「いや、何もないなら無理に楽しくしようとしないでいいよ」
「じゃあ、クイズといこうか」
「え?」
「私が食べたズシの中で、一番美味しかったのはどれか、当てて見せろ」
「寿司ね」
「そう、寿司だ」
「何食べたっけ?」
「忘れた」
俺はテーブル備え付けのタッチパネルを確認した。
さっき注文した寿司は、マグロ、サーモン、ハマチ、イカ、エビ、エンガワの六つだった。
そして、サクは注文した順番通りに食べていた。
「当てたら何をくれるの?」
「ん?」
「クイズを出す人は、正解を言われたら景品を出さなきゃいけない法律があるんだよ、この国には」
「ホントか!?」
「ホントだ」
勿論ウソだ。
「さぁ、当てたら何をくれるの?」
「よかろう……では、ズシが欲しくて仕方のない羽毛布団を買ってやろう」
「……」
「…どうした」
「いや、それで手を打つよ」
俺はタッチパネルの注文履歴を今一度確認した。
サクは二つ目に食べたサーモンには味が分からなくなるくらいのワサビを塗っていたので、まずサーモンの可能性はない。
三つ目に食べたハマチと、四つ目に食べたイカもサクの状態からして、とても味が分かっているようには見えなかった。
味が分かる可能性が出てくるのは、五つ目のエビ、そして六つ目のエンガワだが……
五つ目のエビは蒸されている。寿司を食べたことのない者にとっては、この辺りが臭みもなく一番美味しく感じる可能性の高い筆頭候補。
そして六つ目のエンガワは、食感が子供には人気だが、ネタとシャリの間に挟んであるシソが人によって好き嫌いの分かれる諸刃の剣。
嫌いでなければ一番最後に食べたこともあり、舌の状態的にもエンガワを超える筆頭候補だ。
最後は、一番最初に食べたマグロ。正直これが一番美味いと感じた可能性の高いネタにはなるのだが、こんな捻りのないクイズをわざわざ出すだろうか?
これは典型的な引っ掛け問題であり、罠だ。
つまり正解は五つ目のエビ、もしくは六つ目のエンガワのどちらか。
サクがシソの葉が好きかどうかで最後の選択は決まる。
俺はシソの葉は割と好きだった。
「エンガワだなーーー!?」
「ブッブー!正解はガリ!」
話がひと通り終わったところで、俺はタッチパネルの会計ボタンを押した。
入店時に受け取った紙をレジまで持っていくと代金を支払い、残った小銭をサクに返した。
サクはその小銭を封筒に入れると、封筒を小さく折りたたんで自分の服の中にしまった。
回転寿司屋を一歩出たところで、サクが提案した。
「生前、ズシが所属していた可能性の高い施設や組織に思い当たりはないか?」
「…分からないけど、多分十代後半くらいだろうから……学校とかかな?中学校か、高校か、そのどっちか」
「じゃあまずは地図を確認する必要があるな。ここで全部頭に入れて行こう」
「この付近の学校を探すんだね」
「いや、この付近というか、最初にズシとあった桜の木のある公園の付近だな。その辺りの可能性が一番高い」
俺達はショッピングモールのサービスカウンターへ向かうと、そこでこの街の地図を見せてもらった。
桜の木の公園の位置はすぐに分かり、ここから6km離れた距離にあった。そして、その公園のすぐそばに高校がある事も分かった。