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第六話 俺は誰だ? ( 1/6 )

 義姉はたったいま稼いできた五千円札を親指と人差し指で摘み、封筒の中からゆっくりと抜き取って見せてきた。新札だった。

それをまるで、トランプのババ抜きで最後のカードを相手に引かせる勝者のように、俺の前に見せつけた。お札はピンと立っている。


「ふ、見たか人間。これが私の力だ。これでお前も私のことを王と認めるな?そしてひれ伏せ、永遠に!」


 言葉が重い。

でもこれで服が買える。

流石に全裸で店内をうろうろするわけにもいかなかったので、男子トイレの個室の中で四時間篭っていた俺は心細さで羽根を摘まれたトンボのように弱っていたが、義姉の勝ち誇った顔を見て少し安堵した。


「ありがとうございます」


「よし、じゃあ早速行くぞ」


「え?行くってどこに」


「服屋に決まってるだろう。しっかりしろ」


「え?買ってきてよ、何でもいいから」


「いまチラッと見てきたが、種類が多すぎて何を買えばいいのかさっぱり分からん。それにサイズもいくつかあるようだし、そもそもこれでどれだけのものが買えるのかも分からん。もっとシンプルに布の服とか、革の服とか、そういうのだと良かったのだが」


「いやー、本当に何でもいいから……」


「あのな、私に4時間も働かせておいて何でもいいとは何事だ!お前が望んだ餞別だろうが!ほら、さっさと行くぞ」


 俺は義姉に手首をがっしりと握りしめられ、そのままトイレの個室から引き摺り出された。


「分かった!分かったから、ごめんって!ちゃんと選ぶから!放して」


「10分だ。10分後には服を着てる。気をしっかり持て!」


 義姉は言い聞かせるように俺の手を引いて歩き出した。

一分後には、カジュアル衣料品店ウニキュロに辿り着いていた。

俺達が店内に足を踏み入れようとしたその時、一人の警備員が走ってきた。


「ちょっとちょっとお客さん!困りますよ!ここで何してるんですか!なんですかその格好は!」


 俺に駆け寄ってきた警備員を見て、義姉は割って入り警備員に顔を近づけて真剣な表情でその目を見つめていた。

義姉は右手の親指を折り曲げて前に出し、数字の四を見せた。

これを見た警備員は、意味が分かってはいなさそうだったが、一歩引いた。


「分かりました。すぐ終わらせてくださいよ?」


 義姉も警備員が何を言っているのかは分かってはいないと思うが、警官に似た服装から敵意を見せるのは悪手と思ってか、横暴な態度には出なかった。

手で示す数字の四は、バイトの面接用に教えたハンドサインの応用だろうか。

四分で終わる、またはSTOPという意味合いなのか、実際に時間が稼せぐ事が出来た。

警備員が一歩引いたことで、こちらの意図を理解したことを察した義姉は言葉を返した。


「アリガトウゴザイマス」


 俺が選んだのは、白いポロシャツとベージュのチノパンに、丸い穴のたくさん開いたサンダルだった。

予算的にパンツは買えなかったが、今はそれで十分だった。

義姉が店員にお金を払い、試着室で俺は服を着た。

そこにはシュッとした若者がいた。


「ほうほう、こうやってみると中々男前ではないか、流石私の召喚した人間だな」


「ははは、何それ。でもありがとう。これでやっと人前に堂々と出れるよ」


「しかしなんだ?そのズボン、少々長くないか?」


 義姉は俺のズボンをさっと脱がせると、それを近くの女性店員に渡して右手の人差し指と中指でチョキチョキ動かして裾直しを頼んだ。

十分後、裾直しを終えたズボンを女性店員が持ってきてくれた━━義姉だけはニコニコしていたが、俺と女性店員は可能な限り目を合わせないでそのやり取りをした。


 俺達はウニキュロを出ると、エスカレーター横のベンチに腰掛けて、店員から返されたお釣りと封筒の中の百円玉二つを合わせてそれを義弟に見せた。


「これであと何が買える?」


 確認したら、全部でちょうど七百円だった。

これならギリギリパンツも買えたかもしれない。

でもウニキュロにもう一度入りたい気分ではなかった。


「これなら、そうだね。さっき見てたパンなら買えるんじゃない?食べたかったんでしょ?」


「パンか、ここのは中々に美味そうだった」


 義姉は思い出してニヤニヤしていた。

パンに練り込まれたバターやチーズの香りは確かに魅力的だった。


「買ってきたら?俺はここで待ってるから。中のイートインコーナーで食べれると思うからゆっくりしてきなよ、疲れてるでしょ?」


「確かにパンは魅力的だっだが、今日は祝いたい気分だ」


「何を?」


「色々。それに話したい事もある。ゆっくりできて、お祝いができる様な場所はどこかにないか。この国で祝いの時に食べるものは何だ?」


「ゆっくり出来て、お祝いができて、それでいて七百円か...」


「二人分で七百円だぞ」


「二人分で七百円……じゃあ、もうあそこしかないな」


「あるのか!?」


 俺はショッピングモールのフロアマップを確認してから、義姉に頷いた。

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