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第三話 あの世から生き返った青年の物語( 3/3 )

 お洒落に疎い人が使う台詞がある。

服屋に着ていく服がない。

ダサい服をお洒落な店員に見られてバカにされたくない。

━━とかなんとか。


 その程度の悩みならどれだけ良かったことか。

俺はそれよりもはるかに深刻だ。

服がないのは文字通りであって比喩ではない。

パンツすら履いていない。

そしてもっと根本的な問題は、それを買う為のお金もないという現状だ。

こんな事ならこれも警官に相談するべきだっただろうか。

しかしあれ以上警察にやっかいになっていたら、もっと面倒な事が起こっていたに違いない。


 義姉は、巨大なショッピングモールの入り口を前にして、とても興味深そうに壁に貼られていたポスターを眺めていた。

綺麗に印刷された色彩豊かなイラストが気になるようで、字は読めないみたいだが俺に内容を聞くわけでもなく一つ一つ丁寧に目を通していた。

ポスターには子供のサッカー教室や、ビンゴ大会などの地域に密着したイベントを紹介するものが多い。

ひと通り見てから義姉は口を開いた。


「ところで、この建物は何をするところなんだ?」


 興味のないものに対して、一応本題なので聞いておくといった具合のテンションの低さだった。

俺もポスターを眺めながら答えた。


「とりあえずこの中に服が売っているんだけど…」


 話している途中で親子連れがすぐ横を通り過ぎた。

4歳くらいの男の子は、足早に歩く母親に手を引かれながらも全裸の俺を目で追ってはいたが、特にそれが面白い様子でもなかった。

男の子と目があった。

あれは興味のないものを見る目だ。

興味はないが、彼にとっては気乗りのしない親の付き添いの中で発見した適当な余興だったのかもしれない。


 俺も同じく、ここから先に進むには気乗りがしない。

それは、自分が本質的に欲しいものは警察に職務質問を受けずに済む何かであって、服そのものではないからである。

別に家に帰ってくつろげるのであれば、服装はどうでも良い。

でも今のところはどうもそれが叶いそうにないので、二番手の服を手に入れる為に今ここにいるのである━━子連れの親にゴミを見るような目で見られた事を気にしないように、目から涙がこぼれないように耐えているのである。


「そうか服かー、じゃあ早くいかないとなー」


 義姉は、入り口のドアから透けて見えるパン屋を眺めていた。

正面入り口が空いた時に漂うパンの匂いに心躍ったのか、口調もどこか間が抜けている。

よく見れば口元から僅かにヨダレも垂らしている。

義姉よ、服なんかよりその美味そうなパンの方を見ていたい気持ちは俺にも分かる。なんなら俺も食べたい。

しかし、買い物に優先順位をつけるならば、最優先はパンではなく服なのだ。

服屋を卒業しなければパン屋には入学できないのだ。

いや、その前に何とかしなければいけないのはお金だ。

義姉は悲しそうな目をしていた。

これは、子供が買ってもらえないオモチャをガラス越しに見ている時の目だ。

クラスの○○君は買ってもらえたのに、どうしてウチは買ってもらえないの?と思ってはいるが訴えもしない、じっと堪えている時の子供のような目だ。

俺は少々言いにくかったが、これを伝えないと話が進まないので申し訳なさそうに言った。


「…実は、服を買うお金がないんだ」


 じゃあなんでお前はここに来たとでも言わんばかりのムッとした表情だったが、それを口に出すのは踏みとどまったようである。

俺が何も持っていないのは、見れば分かるからだろう。

実はもクソもない。

義姉は呆れたように代わりの言葉を放った。


「じゃあどうする?私はこの国の紙幣なんて持っていないぞ」


 さっきまで義姉が見ていたポスターのうちの一つを俺は指差した。

この場所に貼ってある、唯一のアルバイト募集のポスターだった。


大手牛丼チェーン店 与瀬(よせ)()

時給1300円

その日払い可


「ここで働けば、働いた時間に応じてこの金額が貰えるんだ。服の上下と、靴は高いからサンダルで。それで5000円くらいあれば何とか買えるかな。かなり安い服だけど」


 義姉はそのポスターをざっと見た。

早々に理解することを諦めたようだ。


「よし、行ってこい」


「それでね、少し相談があるんだけど……」


「……断る。私は冥府の女王だぞ。人間の下で労働など断じてやらん」


 女王とか一体この女は何を言っているのかな?

痛い人なのかな?

俺はそう思ったが、そこから問いただす気力もなかったので敢えてその設定に乗っかる事にした。


「王様なら最初に装備を整えるだけのお金だったり、餞別だったりをくれるものだ。そうだな、だいたい三人目まではくれてたかな」


 義姉は俺の顔を真剣な眼差しで覗き込んできた。

どうやら食いついたようだ。いまさらゲームの話だなんて言えない。


「お前、そんなにたくさんの王の元に仕えていたのか?」


「うーん、今のところは十一人くらいかな?今後も増えると思う」


「……良かろう。では私も餞別をくれてやろうではないか。私がお前の服を買ってやる。その代わり、その服を着たら私の為に死ぬまで尽くせ。あとは、私がこの国の言語を何ひとつ知らないことだけはどうにかせねばな」


「そこはなんとかなる、任せといて」


━━俺には、言葉の壁を打開する秘策があった。

ところでこの女、今どさくさに紛れてサラッと凄いことを言わなかっただろうか。

いや、聞かなかった事にしておこう。

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