18話 空飛ぶイルカ その1
ラスクは私達に見事に敗北したあと、〈覚えてなさい!〉と典型的な捨て台詞を吐いて私達から逃げていった。その姿はなんというか、最高に格好悪かった。
――逃げられたね。放っといて大丈夫なのかなぁ、あの人。報復とかされない?
〈……この街には長く留まらない方が良さそうですね。僕としては火山を見たいところでしたが〉
ニコラスは深刻そうな顔をしている。やはりこの状況はあまり好ましくないらしい
〈いやー、さっきはごめん。家族間の話に口突っ込んじゃって。ちょっとその、ついイラッときてやっちゃった〉
アランは両手を合わせてお辞儀をして謝ってきた。
――いや、むしろ助かったよ。あのままあの人がしつこくお金せびってきてたら多分私渡しちゃったし
〈ならいいんだけど。この前のお兄さんといい、カミラさんのご家族怖いね〉
――ははは……
私は苦笑いをしながら、ペンを走らせる。正直、私も家族に関しては色々思うところがある。
〈それにしてもラスクさんでしたっけ? あの人態度悪すぎません!? 事情をよく知らない私でも腹が立ちましたよ!〉
――相当怒ってたよね、ハルちゃん。まあ私も結構イラッとしてたけど
〈お兄さんの時は怖かったですけど、今回はそれより先に殺意が湧きましたよ! できることならもう二度と会いたくありません!〉
どうやらハルちゃんはすっかりあの人のことが嫌いになってしまったようだ。頬を膨らませ、腕をブンブンと回している。
――まあまあ。それより速くガム海行こうよ。あの人のこと考えるのはまた今度にしよ。いつ来るか分かんない人のこと考えてもしかたないよ。
〈カミラさんが言うなら従いますけど……〉
ハルちゃんは釈然としない顔をしながらも、素直に私に従ってくれた。
そうして私達がガム海に着くと、そこには青色に染まった綺麗な海が広がっていた。
実は、私は生まれてこの方海に行ったことがなかった。だから私はあの人のことよら海のことで既に頭がいっぱいだった。そういうところもあり、あの人を無視できたのかもしれない。
初めて海に来た感想は、海ってやっぱり青いんだぁという、素朴なものだった。本で海が青いのは知っていたが、知っているのと実物を見るのとでは天と地の差がある。
しかも驚いたのが、海の水をすくってみると、それは透明なのである。ではなんで海の水は青いのだろうか。どこかに書いてあった気がするが、いまいち思い出せない。
そう私が海を堪能していると、背後から何者かに肩を叩かれた。私が後ろを振り返ると、そこにはアランが立っていた。
――アラン、なにか用?
〈いや、少し見せたい物があってね〉
アランはそう言うと、ズボンのポケットから緑色の宝石を取り出した。
――なにそれ?
〈持ってみて〉
アランは私に向かって軽く宝石を放り投げてくる。私はそれをキャッチすると、宝石は辺りに幻影を作り出した。その幻影は、まるで嵐のように降る雨のように見えた。
――ねえ、本当になんなのこれ?
〈この石は、サイコロ石と言われる魔法の石でね。持った者の心を映すんだ。そして、空飛ぶイルカは――この石が大雨が降らす幻影を見せた時に現れるんだよ〉
――へー、じゃあ今なら私のとこに来てくれるってこと?
〈そうだね。いつ来るかは分からないけど、そのうち来るよ〉
私は先程から、アランに違和感を覚えていた。必死に取り繕っているが、顔に少し同情が浮かんでいる。
――もしかしてあの人の件で私が傷ついたと思ってるの?
考えられる理由はそれしかない。だが、それは筋違いだ。私はこの通り、ピンピンして――
私がそう考えていると、目に海の水が入った。それは生暖かく、私の目を覆った。
〈サイコロ石が雨を降らすのはね、持ってる人が悲しみを抱いているからなんだ。つまり、空飛ぶイルカが来るのもそういうことなんだ〉
――私、別に悲しくなんてない
〈それは多分、君が自分自身で感情を隠しているからだよ。僕が初めて空飛――〉
アランが何を話しているのかは、もう水のせいで分からなかった。ただ、一つだけ分かったことがあった。
私は、あの人のことを――いや、家族が大好きだったのだと。