1話 音のない世界で生きる少女と見守るお世話係
私、カミラ・ワトソンは生まれつき耳が聞こえなかった。だから私は音と言うものを知らないし、当然喋り方も分からない。
人の唇の動きを見ること――読唇術でその人がなにを言っているか分かるときもあるが、それも確実ではない。それに、結局私が返答するには文字を書かなければならない。
だから、私が誰かと会話する時は、いつもタイムラグが発生した。やがてそのタイムラグを人々は嫌がり、皆私を避けるようになった。
そしてとうとう、私は家族からも見放され、明日までに家を出て、冒険者として生きるように言われてしまった。
そして今日。私はベットで私には聞こえない声を出しながら泣いていた。それがどれくらいの大きさなのかも私には分からない。
だが、多分大きかったのだろう。私のお世話係であるニコラス・アレグレイが血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。
彼は金色の髪の青年で、私の幼い頃から世話をしてくれていた人物だ。
『カミラお嬢様。なにかございましたか?』
ニコラスは素早く手と顔を動かし、私にそう言ってきた。
『大丈夫。ちょっと取り乱しただけ』
私は手を動かし、彼にそう返す。返答の際には文字を書かなければならないのは、彼以外の人間にだ。
ニコラスは、私の為に手と顔の動きで伝えたいことを表現する方法を編み出してくれたのだ。
彼は私の家族にもそれを覚えることを勧めたが、家族はそれを馬鹿にし、無視した。
結果、私とニコラスにのみ通じる言語となったその会話方法を、私達は「手話」と名付けた。もちろん私がその名前を呼ぶことはないが。
『全然大丈夫じゃないではないですか! よろしければ紅茶を持ってきましょうか?』
『要らない。飲みたい気分じゃない』
『そうですか。ですがせめて後で食事は取ってください。昨日から何も食べてないではないですか』
ニコラスは怒ったような心配そうな顔をすると、ドアから出ていった。
そしてしばらくするとパンとジャムを持って再び私の部屋に戻ってきた。
『ところでニコラス。あなたは一体この後どうなるの?』
『そこなのですが、カミラお嬢様。あなたの側でお仕えすることはできないでしょうか?』
『私? あなたは優秀だからここに別の役職で残ったり別の貴族に仕えることもできるでしょ。なぜ私の元に仕えたいと?』
私は驚きのあまりいつも以上に手と顔を速く動かし返事をする。てっきりニコラスはここに残ると思っていたので意外である。嬉しくはあるが。
『そうですね……カミラお嬢様の今後に期待してるからでしょうかね』
『期待?』
『あなたは音が聞こえない分、他の人より目がとても良い。肌でより多くのものを感じ取れる。そこはあなたの長所だと思いますよ』
『それでなんで私の今後に期待することになるの?』
私は首を傾げた。ニコラスは一体こんな私のなにに期待をしているのだろうか。正直理解ができない。
『人間には得意不得意があります。それはあなたもそうです。そこで僕はあなたは冒険者に向いているのではないかと思うのです。運動もかなりできる方ではないですか』
『そうかな。いまいち納得がいかないけどまあいいや。ついてきてくれるのは素直に助かるしお願いしようかな』
『ありがとうございます。このニコラス、必ずお役に立ってみせましょう』
ニコラスは深々と礼をすると、パンとジャムをテーブル置いて部屋を出ていった。
私は一人、ぽつんと椅子に座ると、パンにジャムを塗り、食事を摂った。
ニコラスと話して不安が少し緩和されたからか、いつも食べているパンも美味しく感じられた。
冒険者になるとしても、私は魔法が使えない。呪文の詠唱ができないからだ。
恐らく私はすぐにモンスターに殺されるだろう。だから家族は私を冒険者にさせようとしているのだから。
そこでふと、私はあることを思いついた。呪文の詠唱を手話ですることはできないのかと。
呪文の詠唱で大事なのは、正確な発音ではない。意味さえあっていればたとえそれが異国の言葉で唱えても使える。なら、手話はどうなるのだろうか。
私は初級魔法である、「ライト」を試してみることにした。辺りに光を放つだけの魔法だから、危なくないし分かりやすいだろう。
私は手と顔を動かし、『ライト』と唱える。
すると、この部屋一帯に大きな光が放たれた。私は驚き、思わず尻もちをついた。まさか本当に使えるとは。
私はたった今起こった現象を見て、少しの恐怖と、安心。そして、期待を覚えた。
これなら、冒険者としてやっていけるのかもしれない。
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