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《騎士と戦姫》

作者: 深緋

思い付いたネタを少し物語風に起こしただけの短編です。

あえて人物の詳細な描写はしておりません。

登場人物や地名などシリーズ化する場合は(現状では予定なし)詳細に設定しますが、今は思い思いの好きな名前なんかを当て嵌めてお楽しみください。

闘技場は熱気に包まれていた。


先日、毎日のように絡んできていた貴族出身の中年騎士が、ずっと無視されてきたことにとうとうキレて手袋を投げつけたのだ。

若くして傭兵で構成された新生の騎士団長となった男は、娼婦の胞から生まれた。

そのことを貴族出身の者からはあまり良く思われていなかった。

中年の貴族騎士はその筆頭と言えた。

正規の騎士団と傭兵や平民、貧民上がりの多い新設の騎士団との間にはまだまだ軋轢があり、頻繁に揉め事が起こっていた。

それがとうとう決闘という形で火蓋が切られた。

貴族騎士団の見物客は、いけ好かない生意気な若造がコテンパンにやられるのを期待し、元傭兵団の部下たちは…久しぶりに団長の剣技が見れると押しかけた。

商魂逞しい帝国商人と帝国の宰相がどこからか噂を嗅ぎ付けてタッグを組み、入場料を稼いだり、公正賭博を始めたり、屋台が出たりと…ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

帝国の宰相が絡んでいることもあり、正式に兵士たちの息抜きとなったのだ。


それというのも遡ること3日…


夫となる男に、日々嫌みや口汚い罵りを吐いていた中年男が手袋を投げつけているシーンにたまたま通りががった妻が、自分が相手になると喧嘩を買ったのが始まり。


『夫が侮辱されたんだ。オレ(妻)が決闘を受けても良い筈だ』

若く美しい外見に似合わず、その愛らしい唇から放たれたとは到底思えない雑な男言葉は、初めて聞いた者を吃驚させる。

『それとも…帝国のお偉い騎士さまは、女に負けるのが恐くて投げつけた手袋を無かったことにすると?』

昔から挑発するのが上手い妻は、中年男のコンプレックスを煽って怒りを増幅させていた。

『こ、このっ、言わせておけば…こわっぱの分際で!』

茹でた蛸のように怒りで赤くなった男はまんまと挑発に乗せられて、決闘の日取りを決めて去って行った。


そして今に至る。


闘技場の中央にはフル装備をした中年騎士が大剣を地面に突き刺し、仁王立ちで待ち受けていた。

対する妻の方は何時もの動きやすい普段着で、騎士服さえ着ていなかった。

夫はそんな妻に(夫の方は一応体面があるので制服だ)自分の剣を抜いて渡そうとしたのだが、

『あんなやつに聖剣(それ)は勿体無い。これで十分だ』

と手に取ったのは、訓練用の模擬剣。

その様子に待ち受けている中年騎士は沸騰寸前だ。

『おのれっ、どこまでも馬鹿にしおって…っ』

遠目でも判るほどに怒りでプルプルしている。


闘技場に出るのが若き騎士団長ではなく、その妻だと知った観戦者が騒ぎだした。

賭博を聞き付けて参加した何も知らない一般人が、賭け金を返せ~とか言ってるのを、運営はちゃっかり『中年騎士サイド vs 新生騎士団長サイド』と銘打っているためチケットは有効とにべもなくはね除けていた。

(たぶん、絶対確信犯)


団長の剣技を期待して見に来ていた部下たちは、もっと貴重なものが見られると目を輝かせ、彼女を知らない貴族の面々は『この勝負貰った!』と思ってほくそ笑む者や『???』全く解っていない顔が多いようだ。


今から狩猟にでも出かけるのかというような出で立ちの妻は、模擬剣を携えて夫の前に立つ。

『ほら、早く出さないか』

にゃっと笑って空いている左手を差し出す。

それに騎士服に身を包んだ触れれば斬れそうな雰囲気と美貌を持つ夫は、しぶしぶ懐から一枚のハンカチを取り出した。

『………………。』

騎士に贈る祝福のハンカチーフだ。

『初めてにしては上出来じゃないか』

白い布にレースの縁取りをされたハンカチの隅には、小さくピンク色の糸で刺繍された少々歪なうさちゃんが笑っていた。

『お前の代わりに闘技場に立つんだから当然祝福はくれるよな?』と半ば脅され、夜なべして初めての刺繍に挑戦した夫であった。

本来なら百合とか薔薇とか、もっと見映えのするモチーフが良かったのだが…なにぶん貴族でもない平民出身の男には刺繍する機会などなかったので、簡単なモチーフをとこうなった(笑)


妻は夫の初めてを奪って、それを自らのポニーテールに括りつけると、颯爽と対戦者の元へ向かった。


『ちゃんと逃げ出さずに来てエライじゃないか』

もう甲冑の中でカンカンに茹で上がっている貴族中年男に更に油を注ぐ団長の妻。

『後悔させてくれるわ…っ、』

両者が闘技場の位置に着き、開始の合図がなされた。

先手必勝とばかりに中年騎士が動く。

その図体に似合わずなかなかどうして良い動きをする。

伊達に騎士を名乗っていないということか。

決闘はどちらかが敗けを認めるか、戦闘不能になるまで続けられる。

剣を持たない一般人なら最初の一撃で一刀両断にされたことだろう。

それほどに中年騎士の剣は的確に相手を捉えていた。

歓声が上がる。

中年騎士の剣が女の頭上にまさに直撃するかと思われたその時、フッとその姿が消え、大剣が地面にめり込んだ。

すんでのところでかわした彼女は、振り降ろした体勢から直ぐに動けない中年男に向かって模擬剣をちょいっと突き出すと、男の兜が弾け飛んだ。

『おのれっ!』

怒りの顔が露になった中年男は、それでも素早い体勢変換で大剣を戻して、小娘の胴を横薙ぎにしようと振るった。

しかしそれもトンッと軽い跳躍でかわされ、返す剣で更に追いすがる。

ひらり、ひらり、と身軽な動きで全ての剣をかわし続ける団長妻。

『ちょこざいな!速さには自信があるようだが、逃げるしか能がないようだな!』

『そんなこと言って、オレには一筋の傷さえ負わせられてないぞ?』

最初に兜を払われたことはもう忘れたようで、中年男は得意の重い剣技を振り続けていた。

女が一度も剣を合わせようとしないことに腹を立て、攻め立てる。

重装備の騎士が細い少女を追い詰める姿に、卑怯者と呼ばわる者もいれば、卑猥なヤジも飛ぶ。

少女は体重を全く感じさせない動きで、中年男の剣を全てかわしていたが、徐々に壁際に追い詰められていた。

『ハエのように飛びおって…もう逃げられんぞ』

中年男が連続技に多少息を上がらせつつ、勝利の確信に笑みを浮かべた。

中年騎士サイドは勝利を疑わずに大盛り上がりだ。

壁に追い詰められた妻の夫の方はというと、その整った容姿を少しも乱すことなく闘技場の隅で成り行きを見守っていた。


誰もが固唾を飲んで見守る中、

今まさに勝敗が決そうとしていた…


生意気な女をじわじわと壁際に追いやり、逃げ場を奪った中年騎士が、最後とばかりに剣を振るう。

その瞬間、

妻は背後の壁を蹴って宙に舞っていた。

中年男の背後へと身体を捻って跳躍し、空を斬って目をみはった間抜けな男の後頭部へと、強烈な峰打ちを打ち込んだのだ。

衝撃に男の意識は一瞬にして奪われ、昏倒した。

ドシン、と甲冑の体が地に伏す。


場内は一瞬静寂に包まれ、

その後大歓声に覆われた。


元傭兵団の騎士たちは口々に疑いもしなかった勝利を讃え、『さすが《戦姫》!』『我らが《鬼教官》!』などと囃し立てている。

負けたチケットが紙吹雪のように場内に舞う。

この日初めて《戦姫》もしくは《戦鬼》と呼ばれるその者の姿を見た者は…ある者は魅了され、ある者は戦慄した。

歓喜と驚愕に包まれた場内に応えることなく、あっさりと勝利をおさめ、夫の名誉を守った妻は傷一つ負うことなく、夫の元へと帰還した。


もの言いたげな夫へ妻は肩を竦める。

『宰相に言われてな』

おおよそ、守銭奴と化した宰相が見世物として面白くなるようにと、何か交換条件を提示したのだろう。

自由奔放な妻が交換条件に一体何を貰ったのか、夫には知るよしもなかった。


口笛でも吹きそうなほど機嫌の良い妻の手には、夫に貰ったハンカチが翻っていた。


初投稿です。

お読み頂きありがとうございました。

少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

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