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第四席

 手枷と足枷が外されると、急に体が軽くなる。やっぱり、なんらかの魔術的な仕掛けがあったのだろう。


「ありがとう、マリナちゃん! いやあ、随分体が軽くなったなあ」


 ボクがご満悦で話すけど、リリンはまったく動く気配がない。もう、折角ボクの交渉術で枷が外れたっていうのに。リリンは頑固なところがある。


 ボクを見つめるマリナは思いつめた表情で、おずおずと口を開いた。


「……お姉さまに質問があります」

「え? ボクじゃなくて?」

「お姉さまはどうして、封印の楔だった銀の聖剣を抜いたのですか?」


 おや。ボクは少し疑問を持った。リリンは銀の聖剣の現在の役割を知らないようだった。まさか教会の一番上と言っても差し支えないリリンが知らないことを、教会の他の面々が知っているとは思えなかったのだ。


 この見たことのない鉛のロザリオといい、どうやらボクの眠っている間に教会は随分と様変わりしたらしい。リリンはマリナの質問に答えようとしない。なぜだろう、と思って、ボクはリリンに「喋らないで」と、お願い(・・・)していたことを思い出した。


「あ、大丈夫だよリリン。そのくらいなら喋っても」


 リリンは少しだけ躊躇してから、口を開く。


「……私は知りませんでした。銀の聖剣が、魔王を封じる楔だったことを」

「知らなかった?」

「ええ。私は教会の列聖委員会からの命令で、銀の聖剣を持ち帰ることを命じられました」


 列聖委員会? 初めて聞く名前だ。


「ちょっと待って。リリン。列聖委員会って何?」

「その名の通り、アズヴァル聖教の十二聖人で構成された最上位組織です」

「十二聖人? 初めて聞いたよそんなの。教皇はどうしたのさ」

「教皇? なんですか、それは?」


 教皇がいない? ボクは訝しむ。第一、教皇はあの憎きアズヴァルが世界に干渉するための手となり、目となり、腕となるための手段だ。それが不在? いや、百歩譲って教会のシステムが改変されたのだとして、だとしたら、どうして聖書にすら書いてある教皇の存在を、リリンは知らない?


「聞きたいんだけどさ? マリナちゃんは教皇を知ってる?」


 マリナちゃんは緊張したままの面持ちで、首を横にふった。まったく、そんなに怖がることないのに。


「じゃあ、もひとつついでに質問。ボクが昔ブイブイいわせてたときも教会の人たちはいたんだけどさ、その、鉛のロザリオって見たこと無いんだよね。それは何?」

「これは、異端審問官のロザリオです」

「異端……? なにそれ?」

「アズヴァル聖教に従わない、異端。つまり魔物や、魔女、教会の教えに反する人間たちを取り締まるための組織です」


 人間同士で戦ってるのか。けれど、これでは理屈に合わない。人間は「きょうかん」できるじゃなかったんだっけ。だったらどうして……。まあいいや。その辺は後でリリンに聞こう。


 ボクはもう少し詳しく今の教会について聞こうと思ったけれど、少し予定を変えることにした。なんだかとても嫌な予感がする。


「……ねえ、リリン。この辺で降ろしてもらおう」

「ここで!? 何もない荒道ですよ?」


 リリンは驚いたようだ。マリナも続く。


「そうです! それに、我々異端審問官には、列聖委員会から聖女リリンを大聖堂まで連行するように命令が下っています!」

「ははは、マリナちゃんたら面白いこと言うね。ボクは魔王だよ? 聖女リリンじゃない。魔王。ベルナドット・ザス・カルトナージュだ」


 こんな言い方をしたら、少し怖がっちゃうかもしれないとも思った。けれど、意外にもマリナちゃんは食い下がる。


「……いいえ。あなたは確かに魔王かもしれません。けれどその体がお姉さまであり、お姉さまの意識がまだ残っているなら、私は職務を果たす義務があります」


 あれ。この赤髪の女の子は、意外と律儀なのかもしれない。ボクはマリナの評価を少し変えることにした。律儀ということは、騙しやすいということだ。いつかうまいこと使える日が来るかもしれない。


「でもまあ、マリナちゃんがどう思おうと関係ないよ。ボクは逃げる。ボクは不滅だけど、リリンは普通に死んじゃうからね」


 ボクはそう言って、「ほらリリン、はやく降りよう」とリリンを促す。


「どうしてそんなことを……」

「ボク、ちょっと色々分かっちゃった。まず単刀直入に、結論から言うけどね。リリン。それにマリナ。あとわかんないけど、この馬車に乗ってる分厚い鎧の騎士さんたち。みんな、騙されてるよ。十二聖人の目的はよくわからないけど……。ねえマリナちゃん」


 急に話を振られたマリナちゃんは冷や汗をかいている。彼女はさっきから、ずっと緊張しっぱなしだ。


「君は銀の聖剣が、ボクの封印の楔だと、一体誰に聞いたんだい?」

「それは、王立占術院に……」

「そうじゃない。君は占い師たちに、これから起こるであろうことを聞いただけだよね? リリンでさえ、銀の聖剣の役割を知らなかった。じゃあ、君は一体誰からその話を聞いたの?」

「それは……」


 マリナちゃんは少し考えるような表情をして、すぐに目を見開く。


「……列聖委員会、十二聖人の第四席、アンドレイ・アルマニャック!」


 まさか。とマリナちゃんは吐き捨てた。


「ありえません。あまり私を舐めないでください。そんな簡単に私を騙せるとでも?」

「騙すつもりはないよ。ともかく、リリンの体はもうボクのものだから。他の人に傷付けられたり、奪われたりするのはもっての他なんだ」

「お姉さまは、あなたのものなんかじゃない!」

「そう? でも、少なくともマリナちゃんのものではないし、教会の連中のものでもないよ」


 あまり言い合っている時間はない。多分だけど、王立占術院が魔王の復活をしっかり丁寧に予言してくれたのだとしたら、リリンの命を狙っているだろう、そのアンドレイ・アルマニャックとやらは既に行動を起こしているはずだ。


 ボクはリリンを急かす。


「リリン、早くしよう。剣のときも思ったけど、リリンってば本当に騙されやすいんだね」

「あなたが私を騙したんでしょう」

「そうだったかも。とにかく、はやく馬車から降りようよ」

「貴方の言葉には騙されません」

「だーから、ベルちゃんって呼んでよ。ボクたち、友達でしょ?」

「友達じゃありません!」

「ボクは友達だと思ってるよ。リリンは大事な、ボクの体なんだから。言っとくけど本気でボクはリリンのこと大好きだからね! 絶対にボク以外に渡さないよ。そんなボクが、はやく馬車から降りたほうが良い、って言ってるの。わかるでしょ? リリン、かなりピンチだよ、君」


 リリンは険しい表情だ。随分慎重になっている。面倒なことになってきたかもしれない。


 すると、次の声が聞こえたのは意外な場所からだった。


「もし、ここから逃げるというのであれば、当方にも考えがある」


 そう言って立ち上がったのは、分厚い鎧の騎士の一人だ。声は低く、しわがれている。騎士は兜を取る。そこにあったのは、白いひげを蓄え、白髪を後ろに流した壮齢の男の顔だった。


 その顔を見て、一番に声を上げたのはマリナだった。


「あなたは、第四席! どうしてこんな所に!? その姿は?」

「いかにも。何、異端者はどこに紛れているかわからないのでね。少し変装をさせてもらった。少し思うんだが、この兜。顔が見えないからちょっと警備上のリスクがあるんじゃないのかね」


 男はそう言って腰に下げていた鉄製のハンマーを持つ。


「そういうわけだ。この俺が十二聖人の第四席。アンドレイ・アルマニャックだ。挨拶が遅れて済まないな、魔王」

「はーん、君がマリナちゃんの言ってた……えっと、十二聖人? のアンドレイ君ね。ご丁寧にどうも。ボクは史上最悪で最強で、イチバン美しくてカッコいい魔王のベルナドット・ザス・カルトナージュだよ。ちょっと君、ボクの前で頭が高いんじゃない?」

「生憎と、異端の悪魔の前で低くする頭など持ち合わせては居ないのでな」


 アンドレイが右手を上に上げると、周りの騎士たちが立ち上がる。


 アンドレイの目つきは、殺意の目つきだった。


「聞いていたな、諸君。聖女リリン様は残念なことに、魔王によって支配されて……手遅れだ。残念ながら異端ということになる。――殺しても構わん。銀のロザリオと銀の聖剣を回収しろ」


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