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賢くなる魔王

「そこにいるんでしょう。魔王。ベルナドット・ザス・カルトナージュ」


 そう言ってマリナはボクを覗き込む。


「マリナ、何を言っているんですか?」

「お姉さま。私を欺けると思わないでください。お姉さまがコントラット大森林の奥に向かうのは、お姉さまが魔物を打ち払う力を手に入れるためだと……。そう、信じておりました。けれど結果はご覧の有様!」

「事実。私は確かに聖剣を手に入れ、戻ってきました」


 リリンの焦りが、ボクにまで伝わってくる。なんとなく分かったが、このマリナという少女はボクの影の魔力には気づけていないようだ。だが、だとしたらどうして、ボクの存在に気付いたんだろう。


 だが、どちらにしろボクの存在を確信させるのは都合が悪い。この数日間でよく分かったことだけど、リリンはとんでもなく生真面目で、人間の決めたルールに厳格だ。このマリナが教会の人間で、どうやら魔王を復活させたらしいリリンを拘束している、となれば、きっと教会はリリンを野放しにしたりはできないだろう。


 で、そうなったらどうだ。リリンはおとなしくマリナに従い、処罰が下れば甘んじて処罰を受けるだろう。ボクはまだリリンの体を手に入れていない! しっかりリリンを手に入れ、魔術的に加工して、あと千年くらいは使うつもりなのだ。


 最悪の場合、処刑されそうになったらその辺の人間の体に飛び移ればいいだろうけど、リリンの体が失われるのは社会的損失だ。これはもしかして、もしかしなくても絶体絶命なのでは?


 困る。史上最悪で最強で、イチバン美しくてカッコいい魔王の再出発として、これではあまりにも呆気なさすぎる。まだまだやりたいことがたくさんあるのに!


 ボクの焦りをよそに、マリナはリリンを問い詰める。


「ええ。お姉さまはきっと、銀の聖剣を手に入れたのでしょう。ですが、だとしたらこのマナの乱れはなんです? 森を覆っていた静謐なマナは何処かへ。今、コントラット大森林を埋め尽くす、この禍々しい腐った臭いはなんです?」

「……それは」

「私は王立占術院からの通達で、ことの真実を存じています。隠しても無駄ですよ、お姉さま」

「真実は、たしかに」

「そうでしょう? あなたが銀の聖剣を抜き、そのせいで魔王が復活した! 肉体が滅びた魔王は次の依代にお姉さまの体を選んだと。下手な芝居はやめなさい!」

「待ってください! マリナ、あなたは勘違いしています! 銀の聖剣は確かに魔王を封じる楔でした。けれど、私の意識は残っています!」

「お姉さまの顔でしゃべるな! この悪魔め!」


 マリナは激昂する。


 なるほど。しかし、さもありなん。普通の人間であれば、魔王・ベルナドット・ザス・カルトナージュの精神支配には抗えまい。きっとこの少女はリリンと親しかったのだろう。けれど、リリンの本当の強さには気付いていなかったというわけだ。


 つまり、この少女はボクの力を過大評価しているか、あるいは、リリンの力を過小評価している。どちらにせよ、ボクとリリンの力関係を見誤っているのだ。


 だったら、やりようはある。


「ちょっと、マリナちゃん? でいいの? あんまりリリンをいじめないでよ」

「魔王!」


 ボクが急にリリンの口を動かすと、最初に焦ったのはリリンだった。ちょうど一人芝居みたいな形だ。多分だけど、リリンはマリナにボクの存在を隠し通すつもりだったんだろう。だから焦ってる。けれどそれでは逆効果だ。


「まあまあ、リリン。落ち着きなよ? マリナちゃんはもう、ボクのことに気がついてるみたいだからさ。隠しても無駄だよ」


 ボクが喋りだすと、マリナは明らかな戸惑いを浮かべた。


「これは……どういうことですか」

「どうもこうも、見た通り。ボクはリリンの意識を乗っ取らないことにしたんだ」


 と、嘘を付く。あくまで、ボクがリリンの体をどうとでも出来るんだ、という雰囲気で。


「いやあ、まさかこんなにあっさりバレるとはなあ。ボクはさ、ちょっとリリンを脅してたんだよ。君たち教会の人たちに手は出さないから、ちょっと体の中に入れて、ってね。でもバレたなら話は変わってくるなあ」


 ボクがそういうと、リリンが口を開こうとする。ボクはソレより先に牽制する。


「おっとリリン。あんまり余計なこと言わないでね。ボクは一番最初に、このマリナちゃんの体にお引越しして、壊しちゃっても良いんだよ? そうされたくなかったら静かにしてね」


 リリンの口から力が抜ける。やっぱり、リリンは優しい。優しいから、扱いやすい。


「……で、だ。マリナちゃん。君が悪いんだよ? 君が知ってて知らないフリをしてくれたら、リリンは安全だったのにさ。リリンの意識はきっと、まったく安全だった。でも君に脅されちゃうと、ボクも色々考えなきゃいけなくなっちゃう。たとえば……。リリンの意識をギュって、壊しちゃうとかさ。せっかく見逃してあげたのに、君のせいで大事なお姉さまが壊れちゃうんだよ?」


 ボクがそう言うと、マリナは明らかに動揺して、さっきまで崩れなかった表情が一気に焦りに変わった。


 あ、良い。すっごい良い顔。少し目的を忘れてしまう。マリナちゃん、すっごい悔しそうな顔が可愛い! もっと見てみたいと思ったけど、今はそういうわけにも行かない。くそー、後でもっといじめてあげよう。


「や、やめて……! お姉さまに手を出さないで!」

「頼み方があるんじゃない? ボクを誰だと思ってるの?」

「やめて……。やめて、ください。お姉さまに手を出さないで、ください。そのためなら何でもします! お願いです。お姉さまに手を出さないでください!」


 ゾクゾクする。でも、マリナの剣幕は少し驚くくらいだった。


「いやあ、良かったねえリリン。後輩? 思われてるなあ。モテモテじゃんか」


 リリンが口に力を入れないのは、ボクがちょっと頑張れば、取り付く対象をマリナに変えられるってことを分かっているからだろう。


 それは事実だけど、一度リリンの体から出てしまったら、多分、今後リリンの体を乗っ取るのはかなり難しくなる。あれだけお膳立てを整えて、精神一つ壊せなかったのだから。


 ともあれ、良いことを知った。リリンとこのマリナちゃんは仲が良くて、お互いに「共感」できるんだ。うまく利用して、最悪の場合はマリナちゃんに移動して壊しちゃったり人質にすることも考えよう。


「いや、ボクの望みはそんなに多くないんだ。ほら、夢はやっぱり自分で叶えてこそ意味があるでしょ? とりあえず、この拘束を解いてくれない?」

「それは!」


 マリナちゃんは明らかに焦っている。そっか、ボクの拘束が外れたら、ボクがリリンの体を使って暴れだすと思ってるんだ。


「待って待って。そんなに緊張しないでよ。大丈夫。だってほら、リリンの心を壊してないのは分かるでしょ? ボク、人間と仲良くしたいの」


 ボクがそう言うと、マリナは信じきれていない顔だ。人間と仲良くしたいという気持ちは本当だ。ボクはまだ人間のことを知らなすぎるので、昔はもったいない楽しみ方をしていた。人間のことをよく知ったほうが、今みたいに新しい事ができる。


「どの口が言いますか」


 そうつぶやいたのはリリンだ。まったく、信頼がない。


「ちょっとちょっと、黙ってって言ったじゃん。マリナちゃんに取り付いても良いんだよ? 分かるでしょ? リリンの体と意識だから、ふたつの意識が共存できてるんだよ? もしボクがマリナちゃんに……」


 そこまで言うと、リリンはもう黙ってしまった。


 すごい。めっちゃ効くじゃん。これ。封印される前にもこういうのが少しあったけど、意識的に使うことはなかった。よし、今度から意識しよう。人間は自分より大切なものがある。よーし覚えた。一つ賢くなったぞ。


「ともかく、痛くて仕方ないんだ。ね? 大丈夫だって。ボク、とっても理性的だから。急に暴れたりしないよ。お姉さまも痛がってるんだから、手枷足枷だけ外してよ? ね?


 ボクがそう言うと、マリナは思いつめた表情で黙りこくって、しばらくした後、「わかりました」と言って、近くの騎士を呼んで、鍵を持ってこさせた。

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