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真に聖なる

 人間程度の意志の強さでは、ボクの支配を逃れることなんかできないはずだった。けれど、現実はどうだ。リリンの意識はまだしっかりと残っていて、ボクはリリンの体の主導権すら得られていない!


「この体は、あなたなんかには渡しません」


 リリンは、肩で息をしている。起き上がる気力すら無い。湖の中心で、半分が透明な水に浸されたまま仰向けになっている。


 体の中のマナをめちゃくちゃにされて、その上で魔王の精神支配すら乗り越えたのだ。きっともう限界だろう。けれど、それはボクが限界であることも意味している。最初の乗っ取りに失敗した時点で、ボクはもう、リリンの同意なしにリリンの体を乗っ取ることはできない。


 見誤った。ボクの知っている人間は皆脆弱で、少し撫でれば壊れてしまうようなものばかりだった。先代の聖女は確かに強かったけれど、命と聖剣を使って、せいぜいがボクの体を消滅させる程度しかできなくて、ボクの意識を繋ぎ止めるのが精一杯だった。


 リリンの意思が、こんなに強いだなんて。初めての経験だった。ボクはいつだって最悪で最強だった。ボクに並び立てるものなんか無いと思っていた。


 すごい。


「すごいよリリン! ボクに乗っ取られないくらい強い意識なんて、初めてだよ!」


 リリンは眉を潜めた。心外だ。ボクは本気で褒めてるのに。


「魔王……!」

「もう。ボクたち、もう友達でしょ。ベルちゃんって呼んでよ」


 リリンの声も、ボクの声も、どちらもリリンの口を通さないと出てこない。同じ体の中にいるんだから、意識だけでも会話ができるんじゃないかと思ったけど、難しそうだ。リリンは意識を完全に閉ざしていて、リリンの意識にアクセスできない。


「ふざけないでください! 何が友達ですか! 私を利用するだけ利用して……!」

「ちょっと、そんなに怒らないでよ。ボクは本気でリリンのこと友達だと思ってるんだよ?」

「私だって、友達になれたと思いました! あなたが森に縛られていると聞いて、聖剣を抜いたら一緒に外に出ようって、そう言うつもりだったのに……」


 なにか目の辺りが熱くなって、濡れている。


 知識としては知っていた。人間が悲しくなったり、苦しくなったりすると目から出てくる体液。涙だ。ボクにちょっといじめられた人間たちは、これを流しながらみっともなく命乞いをしたりしていた。


 人間が泣いているのは大好きだ。とても楽しくて、ゾクゾクする。


 でも、今回は違った。人間の体だから? リリンの意識に引っ張られているから? わからない。わからないけど、なんだかとても、悲しかった。


「えっと、そんな。泣かないでよ。困っちゃうじゃん」

「あなたは、人が苦しむのが大好きなんでしょ?」

「そうだけど……。なんでだろう。でも、今はリリンがボクなんだよ。すごく嫌だ」


 そうか。と、リリンは言った。何かに気付いたような声だった。


「あなたは、今までずっと孤独だったんですね。強すぎるがゆえに、誰もあなたを理解できず、あなたは理解されようとも思わなかった」

「どういうこと?」

「私は、この世界でたった一人。あなたに共感し、共感されることが出来る」


 きょうかん。


 聞いたことのない言葉だった。


「きょうかん、って何?」

「別の人の気持ちを、まるで自分のことのように感じることを、そう言います」

「なにそれ。そんなの……」


 そんなの、ありえない。気持ち。意識。それは生き物のいちばん大事な部分で、それこそ、今ボクがやってるみたいに、ちょっと良くない魔法を使わないと、絶対に感じ取れないものなのに。


 いや。


 もしも人間には、その能力が最初からあるとしたら? 思い返せば、今まで苦しめてきた人間はみんなそうだった。子供の代わりに自分を痛めつけろという父親。母の代わりに自分を痛めつけろという子供。そんなことしなくていい、と言う子供。親。誰かをかばう人。かばわれることを拒む人。


 そうか。人間は、その「きょうかん」があるから、自分のために生きていけないのか。


「すごい……。初めて知った。人間は「きょうかん」できるんだ」

「そうです。だから他人を苦しめたり、痛めつけたりできない。でも、あなたは違うでしょう。だから私が、あなたに共感を教えます。あなたが二度と最悪の魔王にならないように」

「ああ。悔しいなあ……。それを知ってれば、もっと色んな遊びができたのに」

「遊び?」

「うん! 人間にそんな機能があるなら、もっと色んなやり方で苦しめることができたなって、後悔してるんだ。だって、本人を苦しめなくても、別の人を苦しめるだけで苦しいんでしょ? だったら、例えば二人の仲良しさんを連れてきて、片方の肉を削ぎ落とす所を、もう片方に見せるでしょ? そして……」


 そこまで言ったところで、ボクは喋れなくなった。もごもごと声にならない息が出る。

 どうやら、リリンが口に力を入れるとボクも喋れなくなってしまうらしい。


「もう良いです。少なくとも、あなたに体を明け渡してはいけない、ということはわかりました」


 そう言って、リリンは重い体を起こす。

 

「絶対にあなたに私の体は渡さない。そして、魔物たちをこの世から取り除く。そして、あなたをもう一度封印する」

「できるかな? もうボクはリリンで、リリンはボクだ。先代の聖女みたいにはいかないよ」

「必ず成し遂げます。あなたを復活させたのは私の責任です」


 リリンの体はすでに限界に近い。それでも彼女が立ち上がったのには理由がある。


「まあ、それは分かったよ。でもさ、気付いているでしょ? 森の中央に鎮座していた停滞が消えたということは、森に漂う全ての良くないマナが活性化するっていうこと。そうすれば、マナに満ちたこの最奥は彼らにとって格好の餌場だ」

「ええ。気付いています。きっと魔物たちの群れが、この場所に殺到するでしょう」

「戦える? その限界の意識で?」

「戦います。たとえ限界であろうとも」


 リリンが念じれば、銀の聖剣は彼女の手元に出現する。鞘はない。いや、正確に言えば、聖女の証である銀のロザリオこそが聖剣の鞘だ。首元のロザリオに収められた聖剣は、持ち主が念じるだけで、その手元に出現する。


「ふうん。まあ、せいぜい頑張ってよ。限界になったら、ボクが変わりに戦ってあげるからさ」

「たとえ限界になったとしても、あなたにだけは任せません」


 辺りの殺気がどんどん濃くなっていく。腐ったマナの嫌な匂いが鼻をつく。


「私は、真に聖なるクロイライト。リリン・アズ・クロイライト。決して折れず、錆びず、鈍らない」


 聖剣を構えれば。なるほど。確かにその姿は聖女なのだろう。全身を覆う白銀のマナ。風に揺れる銀髪が輝くことだろう。


 聖剣『鏡面湖畔』の、鏡のように磨き上げられた刀身が世界を写す。


「全ての魔を、討ち滅ぼす」


 一閃。襲いかかる黒い油のような体を持つ大小様々な魔物たち。その姿は森の生き物たちに似て、例えば狼、鹿、猪。鳥や虫。だがその形に意味はない。なぜなら、リリンの一振りで両断され、一瞬でただの亡骸に変わるからだ。


「魔王」

「だから、ベルって呼んでってば。友達なんだから」

「あなたに私が体を受け渡すことはありません。もしもその時が来るのだとすれば、それは……私が聖女であることをやめる時か、あなたを討ち滅ぼすとき。そのどちらかです」


 面倒なことになったな、と思う。反面、とても楽しくもある。今まで、こんなことがあっただろうか。こんなに予測不能で、驚きに満ちて、居心地のいい時があっただろうか。


 ボクはもう、この体(リリン)が大好きになってしまっていた。心から気に入った。どうしてもこの体がほしい。


「ねえ、リリン」


 リリンは返さない。代わりに、また襲いかかった魔物の一軍を切り捨てる。


「君の体が全部欲しい」

「お断りします」


 一閃。また、魔物が死んだ。


 

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