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開戦

 ふと目をさますと、見えた天井はどこか見覚えがあった。体を起こそうとするが、起こせない。体中に違和感がある。寝返りすら打てない。


「あ」


 声がする。女性らしい声。カリナはだんだん明瞭になってきた思考で考える。この声は、確か……。アカシャ。名前を呼ぼうとして、声が出ない。


 あれ。どうしてこうなってるんだっけ。そうだ、魔王。魔王と戦っていた。それで、ええと。聖剣。そうだ。聖剣からアズヴァル様がカリナの中に入ってきて、それで、そこまでだ。こうして意識があるということは、生きているということで、ええと。


 動かない体で思考を巡らせていれば、ひょっこりと視界の中にアカシャが入ってくる。


「あ、駄目だ。カリナ。動いてはいけない。順を追って説明するが、まずここは、我の部屋だ」


 そうか。道理で。すぐには分からなかったが、見覚えはあったはずだ。


「カリナの知人を名乗る、妙な大男がここに来て、治療を施した。フィリップと名乗っていた」


 フィリップが? 確か黒薔薇の魔女によって、花束の姿に変えられていたはず……。聖剣の光の力だろうか。何もわからない。


「なんというか、カリナ。お前は首を真っ二つにされていた。……思い出したくもない。今、治療している。どういう原理か全くわからん。帝国の医療技術は進んでいると聞いていたが、まさか人を生き返らせられるなんてことはないだろう。そうでなくては、おとぎ話だ」


 おとぎ話。どちらかと言うと、そちらの方が本質に近いだろう。正におとぎ話だ。カリナは聖剣を手にした。アズヴァルと名乗る存在によって、きっと人間ではない何かになったのだろう。


 なんだか指の先が冷えるような心地だ。


「……カリナ」


 アカシャの手が、カリナの冷え切った指先を包む。


「どうして、カリナがこんな目に合わなきゃいけなかったんだ」

「そんな顔するなよ」


 思ったより、カリナの言葉はすっと出てきた。さっきまで、あんなに苦労しても出なかったのに。カリナが言えば、アカシャの顔が、感極まったように崩れる。


「どうして、こんなことしたんだ」

「泣くなよ。オレ、アカシャのために頑張ったんだから」

「会ったばかりの、見ず知らずの他人のために、どうしてカリナがそんな風になる必要があったんだ」

「……友達になりたかったから」


 大馬鹿者だ。と、くぐもった声が聞こえる。そうかも知れない。カリナは大馬鹿だった。一時の感情で突っ走って、とんでもないものと契約してしまった。


 そうだ、思い出した。あの時、急に意識が飛んで、アズヴァル様がカリナの中に流れ込んできて、それで。そう。魔王に首を切られた。あっさりと、前触れもなく、それが当たり前であるかのように。


 手の動かし方を、まるで体が忘れてしまったかのようだ。カリナの体に顔を押し付けて震えているアカシャの手を取りたいのに、そのやり方がわからない。まるで自分の体ではないようだった。


「友達」

「そう。友達。ハハ、ちょっとバカみたいだよな。でもオレ、怖かったから。オレだけ友達だと思ってたら、ちょっとバカっぽいじゃん。でもそれって、オレのプライドだったんだよな。自分が傷つきたくないから、そうやってちょっとずつ壁を作ってた。ごめん」

「カリナが謝る必要なんてないだろう」

「じゃあ、アカシャは泣かないでくれよ。オレ、アカシャに笑ってほしくて頑張ったんだ」


 顔が動かせないことに、カリナは少しだけホッとした。アカシャの表情を見てしまったら、後悔してしまいそうだったから。


「……少し、我は席を外す。カリナが起きたと、あの聖職者に伝えなければ」


 アカシャはそう言って、部屋を出ていった。


 他人の部屋に寝かせられて、治療を受けている。カリナはこの現状に浮足立つ気持ちだった。


「アズヴァル様。居るのか?」


 なんとなく宙に向かって話せば、空中にふわりと人の姿が浮かび上がる。真っ白なドレスに身を包んだ、金色の長髪の女性。


「……無論、います。わたくしは貴女と契約したのですから」

「オレの体、どうなっちまったんだ。首を斬られてももとに戻った。それに、あの時の……。まるで、あなたがオレの中に入ってきたみたいだった。あれは一体、なんなんだ」

「わたくしが、カリナの体を借りたんです。わたくしとカリナの契約は、そういうもの。わたくしは貴女に力を貸し、貴女はわたくしに体を貸す」

「だとしたら、あなたはオレに何を求めるんだ」


 アズヴァル様の、人間離れした美しい顔が歪む。その暗く濁った表情の意味を問いただせるほどの元気も、勇気も、今のカリナには無かった。アズヴァル様は言う。


「……器を。あの器を砕くこと」

「器?」

「ベルナドット・ザス・カルトナージュが収められた器。人間たちが生み出した、あの醜悪な装置。リリン・アズ・クロイライトを破壊すること。それがわたくしの望みです」


 つまり、それこそが代償。カリナが求めた力の代償。それは戦いだった。


「リリンって、あの銀髪のキレイな人だろ? どうしてそんなことを。聖女だって聞いた。だとしたら、魔王に操られてるんだろ。むしろ、助けるべき相手じゃないのか」

「違います。逆です。お姉さまは……。ベルナドット・ザス・カルトナージュは、わたくしに刃を向けるような恐ろしい人じゃなかった。だからきっと、原因はあの器。きっとお姉さまは、囚われています」

「……お姉さま? どういうことだ?」

「……貴女に話すべきことではありません。ですが、ええ。時が来たら話すこともあるでしょう」


 そう言うだけ言って、目の前のアズヴァル様は光になって消えていった。あれはカリナだけに見えるものなのだろうか。少なくとも実体は無さそうだった。


 それにしても。


 カリナは、いつの間にかぼやけていた視界が戻ってきていることに気付く。


 窓の方を見れば、外は暗い。夜なのだろうか。そう言えば、一体どれくらいの間眠っていたのだろう。すると、扉が開く。アカシャが戻ってきたのだろうか。


「おう、元気そうだな。カリナちゃん」

「……オッサン」

「フィリップだ。その様子じゃ、首は繋がったみたいだな。……落ち着いて聞いて欲しい。多分なんだが、カリナちゃん。君はもう、人間じゃ……」

「分かってる。多分、オレはアズヴァル様と契約したんだ」

「……そうか。分かってたなら、良い。その上で確認したい」


 何だよ、とカリナが聞き返せば、少しだけ沈黙がある。なんだろう。「お前はもう人間じゃない」と伝えるよりも言いづらいことなんてあるのだろうか。


「なんだよオッサン、随分言い渋るじゃん」

「……いや。そうだな。まずは現状を説明するべきだろう」

「それはもう聞いたよ」

「違う。その話じゃない。……今、帝都は臨戦態勢になっている。軍隊が動員され、民間人には避難勧告が出ている」

「……どうして?」


 フィリップは息を吸う。少し言葉を選ぶようにして、言った。


「ロランド聖王国とゼースヘッテン帝国が、開戦した」


 開戦。つまり、戦争が始まった?


「どうして?」

「ロランド聖王国領のカーツマイン城……、つまり、アンザス山脈の砦だ。そこに対して帝国軍が干渉。最初は小競り合いだったが、状況が変わった。魔王の封印が破壊されたことを理由に、帝国は王国に対する賠償を請求していたが、今回の件もあって、魔王が帝国領に移動していることが発覚したわけだ。早い話が、責任の押し付け合いだ」

「バカ言うなよ! 魔王が復活してるなら、それこそ協力するときだろ! ロランド聖王国の十二聖人と、帝国の魔導技術。確かに魔王は強敵だけど、それがあれば倒せない相手じゃないはずだ!」

「……だが、聖王国の騎士も、帝国の騎士も、決してタダじゃない。軍隊を動かすには相応のコストがかかる」


 カリナは反論しようとして、やめた。色々と思うところはあったけれど、それをゴネて現状が変わるわけじゃない。事実、帝国と王国が戦争を初めたんだとしたら、その先を考えるべきなんだ。


 だって、今のカリナには力がある。


「……それで? オッサン、どうして戦争が始まったって、オレに教えなきゃいけなかったんだよ」

「君の身柄を王国のアズヴァル聖教で預かりたい」


 フィリップの表情は本気だった。


「……どうして、オレの身柄を?」

「君の体に宿っている力は、間違いなくアズヴァル様のものだ。オレみたいなへっぽこ神官でも分かるんだから、まあ、知ってるやつが見れば一目で分かる。その危なさは分かるだろう?」


 確かに。けれど、疑問もある。


「……要するに、アズヴァル様に関する『力』を、管理できるトコに置いときたいってことだろ。それに、確かに派手な戦いだったけど、どうして魔王が帝国に居るって周知の事実になってんだよ。……そりゃ、十二聖人のオッサンが見たんなら、ロランド聖王国が把握できてることは分かる。でも、帝国は? どうやって知ったんだ?」

「聡いな。……まあ、想像してるとおりだよ。この戦争は、ロランド聖王国が意図的に引き起こしたものだ」

「それを知って、はいそうですかって付いていけるほど、オレは冷静でもないし大人でもない。お断りだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕組まれた開戦…これも第一席とやらの仕業なんでしょうか。 一時的とはいえアズヴァル様と会話できるということに何の疑問も抱かないカリナも大概ですね。 そしてカリナとアカシャの関係も進展……
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