表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/55

 目の前のベルナドットが真っ黒な衝撃を放った瞬間、カリナの目の前には何重もの光の壁が開かれた。アズヴァル様が開いた壁だ。それでも衝撃は殺しきれず、カリナの体は宙に吹き飛ぶ。


『どうしてまたその女を庇うのですか、お姉さま!』


 アズヴァルが言う。お姉さまとはひょっとして、魔王のことなのだろうか。けれどカリナにはその意味を精査する余裕がない。魔女相手にあった「勝てる」という手応えがまったくない。


「いい加減しつこいよ、アズヴァルちゃん。ボクは好きでここに居る。空には帰らない」


 爆風の後ろから突然姿が現れる。吹きすさぶ風に髪が広がる。鋭い剣。躱せない。


 衝撃。甲高い音がなる。光の壁。すぐに返す刃で聖剣を振り抜く。金属音。剣の腹で受けられた。だめだ、完全に読まれている。


 そうだ、はなから受けきるとか、戦うとか、考えるべきじゃない。そうだ、相手は魔王。それも聖女の体を手に入れた相手。つまるところ完全な格上。


「アズヴァル様! 逃げよう。今のオレじゃ勝てない!」

『なにを言っているんですか! まだ魔女を殺せていません!』

「でも、魔王が相手じゃ……!」

『何のために、人間にわたくしの力を預けたと思っているのですか!』


 瞬間、横腹に打撃を感じる。蹴りだ。凄まじい力。胃の中身が口の中に広がる。その衝撃で真横に吹き飛ぶ。痛みの中で体勢を整えたいところだけれど、力が入らない。そのまま地面に叩きつけられる。


 痛い、と言おうとして、声の代わりに液体が喉の奥から出てきた。吐瀉物だと思ったけど、違う。真赤だ。内蔵をやられた。


 聖剣を支え代わりにして立ち上がる。足が震える。逃げられるか。いや、アズヴァル様はそれを望んでいない。でも、どうする? 魔女だけなら、何とかなっていた。でも、魔王がこんなに強いなんて聞いていない。それに、あの剣は? もしかして聖剣?


「うーん、やっぱり出力が足りないや」


 真っ黒な影が、カリナに向かってゆっくりと歩いてくる。悠然と。凛として。一歩ずつ。


「……その剣は、聖剣なのか?」

「おっ、分かっちゃう? そうそう。昔ボクを封印した聖剣でね。名前を……なんだっけ。あ、そうそう。それ。『鏡面湖畔』」


 魔王は時折なにかと話しているようだった。もしかして、カリナには見えていないものがあるのだろうか。周囲に目を配らせるが、分からない。そもそも、よく魔術師連中が言う『マナを感じ取る』というやつの練度がカリナには決定的に不足している。


「アズヴァル様、撤退しよう。魔王で、聖女の体で、それも聖剣だ。オレはただの学院の生徒だ。勝てるわけがない!」

『あなたには聖剣がある』

「向こうも聖剣だろ!」


 ん? と魔王がこちらに目線を向ける。構えようとするが、体が痛む。足にうまく力が入らない。見れば、左足があらぬ方向に曲がっている。クソ、こんなところで終われないのに。


「んー? 君、なんか勘違いしてない? これ、たしかに聖剣だけど、ボクにもリリンにも使えないよ。だって、そこの女神サマが愛想つかしちゃったからね」


 そんな。聖剣を使わずにこの強さ? 純粋に練度も出力も足りなすぎる。もう十分だ。魔女を退けられることは立証できた。アカシャを連れて何処かに逃げよう。そうすれば、きっとなんとかなる。そのはずだ。


 衝撃。


 遅れて、蹴られたのだと気づいた。内蔵が揺さぶられるようだ。体が少しだけ宙に浮いて、そのまま床に倒れる。動けない。痛みはもうすでに感じなくて、どこが蹴られたのか分からない。でもたぶん、腹を蹴られた。体に力が入らない。まずい。


「良い格好じゃん。最高だね。やっぱり無力に地べたに這いずる女の子って興奮する。ね、リリンはどう思う? ……えへへ。ほんと? 嬉しいなあ」


 魔王は「なにか」と話しながら、カリナに顔を近づける。まるで作り物のように整った顔だった。


「……ねえ、君はどうしてエステルを殺そうとしてたの?」

『あの売女がお姉さまをたぶらかすから!』

「うん、アズヴァルちゃんは黙ってよっか」


 そのまま、魔王の手がカリナの腹に添えられる。


「痛くしてゴメンね? でも、君が悪いんだから。君がエステルをいじめたりしなければ、ボクは君なんか知らなかったのに」

「……違う。最初に手を出したのは、そっちだ。アカシャをあんな風にしてたのは、お前たちじゃないか!」

「ん? アカシャ? ……あ、君、この間パンケーキ食べに来てた子か。……ああ、なるほど。エステル、アカシャちゃんで実験してたのか」


 ふむ、と魔王は可愛らしい仕草で考える。


「それはボク、初耳だなあ。ねえ、エステル。それ、ほんと?」


 魔王が聞けば、後ろから満身創痍の魔女がやってくる。茨は焼き焦げ、足元も覚束ない。クソ、魔王さえいなければ殺しきれたのに。


「……ええ。本当です、ベルナドット様。ワタシは、アカシャの体を使って実験を。ですが、ですが! 違います。ワタシはあなたの、新しい体を作るために……!」

「体? どうして?」

「だって、だって……。本当は、ベルナドット様と、リリンさんが、手を取り合って、二人で、笑っているところが、見たかった、から……」


 風が吹く。声はなかった。カリナにとって、恐怖の象徴だった魔女が見せるその表情も、無言で空を見つめる魔王の顔も、理解からは程遠いものだった。


 その静寂の中、最初に声を上げたのはアズヴァル様だ。


『ふざけるな』


 手に握った聖剣から、「光」がカリナの中に入り込んでくる。まさか、これは、アズヴァル様? 頭が痛い。耳鳴りがする。視界が遠のく。駄目だ。どうして?


 聖剣から手を離そうとする。けれど駄目だ。離せない。


 意識を手放す。





『ふざけるな』


 目の前の女の子が持った聖剣が、喋る。ベルの話の通りなら、あの声の主こそアズヴァルなのだろう。どうやらエステルにも因縁があるみたいだ。


 この女の子が怒る理由は、分かる。友達が傷つけられて怒るのは当然だ。じゃあ、アズヴァルはどうして怒っているんだろうか。だって、分からない。怒りたいのはこっちだ。私が十二聖人どもにあんな目に遭わされている間、この神様は一体何をしてくれた。


 信仰も、聖書も、すべて嘘っぱちだった。


『ふざけるな』


 もう一度聞こえたその声は、女の子の口から聞こえた。


『ふざけるなよ、クソ売女……!』


 明らかに、今までと動きが違った。女の子は、いや、アズヴァルは凄まじい速度で間合いを詰める。馬鹿な、足を折ったはずなのに! 受ける。さっきまでの棒振りとはわけが違う。正しく踏み込まれた、力の乗った剣戟。


(気をつけて、ベル! アズヴァルが憑依しています!)

(分かってる!)


 ベルは鮮やかにその攻撃を受け流す。


(でも、長くは持たないよ、アレ。神サマが神サマのままで取り付くには、器の強度が足りなすぎる。すぐにでも行動不能になる)


 なるほど。だったら問題ない。適当に流して、守って、時間切れで勝手に向こうが自滅して終わりだ。ベルがそのへんを間違うわけがない。


『どけ! そこをどいてください、お姉さま! その無礼な売女を殺せない!』

「だから、しつこいよ。アズヴァルちゃん。エステルはボクの大事な配下」

『その女がいるから、お姉さまは帰ってこないんでしょう! こんな薄汚い地上に、お姉さまを縛ってるんでしょう!』

「違う。ボクは自分の意志でここに居る」

『嘘です! お姉さまはわたくしを見捨てたりしない!』

「いいや。違う。何度だって言うよ。ボクは君が嫌いだ」


 急に、アズヴァルが剣に込めていた力が抜ける。


『……嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! お姉さまはそんなこと言わない! わたくしを見捨てたりしない!』

「嘘じゃない」

『違う! ……そうか。その器ですね? その器がそんなことを言っているんですね? 仕方のないことです。お姉さまは素晴らしいから、お姉さまを手放したくなくて、そんな演技をしているんですね。おかしいと思いました。お姉さまの器に意識が残ってるなんておかしいと』


 双眸が、私を見た。


『まずは、あなたを殺さないといけないということですね?』


 アズヴァルの言葉に応えたのは、ベルだった。


「は?」


 ベルがそう言うと同時に、アズヴァルの体が地面に叩きつけられる。影の力だろうか。速すぎて何も見えなかった。でも、分かる。ベルは怒っている。


「言って良いことと悪いことがあるんだけど?」


 ベルは容赦なく、剣を少女の右腕に突き立てた。怒ってる。普段のベルなら、こんな雑な痛めつけ方はしない。


「ねえ、それ本気で言ってる?」


 剣を傷口でゆっくりとかき回す。怒ってる! ベルが私のために怒ってる! どうしよう。私は高揚していた。すごく嬉しい。


『違う、お姉さまはわたくしを傷つけたりしない』

「聞いてるんだけど? 答えてよ」

『嫌だ嫌だ嫌だ。痛い。痛いです。痛いですお姉さま!』

「……聞いてるんだけど?」

『お前は、お姉さまじゃない! お姉さまはわたくしを嫌いなわけ……!』

「ほんと、めんどくさ」


 ベルはため息をついて、そのまま首を撥ねた。


「……ごめんねリリン。こいつ頭おかしいんだよ」


 ううん。ベルが怒ってくれて、嬉しかった。私はそう答えようとして、その前に意識が揺れた。アズヴァル? 違う。純粋な物理攻撃。頭を殴られた! まずい、急所に入って、脳が揺さぶられる。意識が落ちる。落ちかける意識の中で、敵を視界に収める。


 私の背後。居たのは男。


 知っている。私はこの男を知っている。大柄で、剃り込んだ頭に色眼鏡。


 第五席。フィリップ・アクアビット!


「……いや、悪いね。オジサン、気配消すのだけは得意なんだよ」


 私は意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Twitterはじめました。よろしければフォローお願いします

山田駒Twitter

感想、評価ありがとうございます。大変励みになっております。

― 新着の感想 ―
[良い点] 弱体化してるとは言え一般人に毛が生えた程度のカリナじゃさすがに魔王には勝てませんよね。さらっと首撥ねられたけどどうするんだろう…。 エステルも二人のためを思ってやったのは分かるけど方法が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ