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墓碑銘

 あの日、孤児として拾われてから、フォマはずっと悪い子だった。実の親を、山賊たちを、異端者たちを、それから、罪のない人たちを。ずっと誰かを殺していた。人殺しは地獄に落ちると、そう言われていたのに。


 リリンと出会って、それでもフォマの罪は消えなかった。あまつさえ、そのリリンでさえ、知らぬ間にフォマによって苦しめられていた。フォマが異端審問官として良い暮らしをしている間にも、リリンはずっと何かと戦っていた。


 もしも天罰があるとして、きっとそれはリリンのカタチをしていた。眠りと安寧を奪われ、死ぬことすら無く、現世をさまよい続ける。


 けれど、そこにリリンがいるのなら、悪くない話だった。


「先輩、見えない。もっと顔、近くで見せてください」

「フォマ、私は」

「良いっすよ」


 先輩に殺されるのが夢だったから。


 目がかすれて、よく見えない。白雪のような髪も、水面みたいな瞳も。けれど、今日も先輩からは良い匂いがした。


 リリンの手が、フォマの心臓に突き刺された釘を引き抜く。ぽっかりと開いた穴から血が溢れ出す。けれど、代わりに何か知らないものが入ってくる。真っ黒で、暗くて、けれどどこか温かい。


 フォマはここで死んで、生まれ変わる。徐々に意識が覚醒していく。体が軽くなっていく。分かる。フォマの内側で何かがものすごい勢いで蠢いている。


「でも、ある意味ちょうどよかったよ」


 魔王の声が聞こえる。


「やっぱりさ、魔王の部下と言ったら大きな鎌を携えた死神ってのが鉄板だとおもうんだよ。ボクの配下に、そういう子っていなかったから」


 フォマの目が、開く。


「……アンタの配下じゃなく、リリン先輩の配下っす」


 分かる。今まで使ってきた死霊術。その感覚が鋭くなっている。今までわからなかった、生命のかたちが、手にとるように分かる。


「まあそう言わないでよ。一応それ、ボクの力なんだから」

「……リリン先輩の力っす」

「……まあ、そっか。それもそうだ。でもまあ、一応ルールだから。力を与えたら、それに相応しい名前を与えなきゃいけない。知ってるでしょ? 十二聖人になった時とか、洗礼名を貰ったでしょ。それと同じだよ」


 魔王はリリンの姿で、可愛らしく話しかけてくる。目が怖いけど、普段のリリンは表情がこんなにコロコロ変わらないから、少しだけ可愛く感じる。


「今日から君は、『詩』だ。フォマ・『(エピタフ)』。どう?」

「……まあ、良いんじゃないすか。知らんすけど」


 フォマは確かめるように自分の手を開閉する。問題ない。まだ少しなじまないけれど、体は問題なく動かせる。今まで、死霊たちを動かす時にやっていた感覚に似ている。自分の体に命令を出して、そのとおりに動かす。それもそのはずだ。フォマのこの肉体は死んでいる。


「……うちをボコした女、見たっすか?」

「ん? いや。リリンは見た?」


 すると、表情が変わる。


「……いいえ。てっきり、この沢山の腐った死体にやられたのかと」

「逆っすよ。これはうちが使ったやつっす」

「では、誰にやられたんですか?」


 フォマは表情を引き締める。この場にいる全員にとって因縁深い名前だ。


「アズヴァル」


 リリンの表情が歪む。けれど、反応したのはリリンではなく魔王だ。


「……あの子ったら、また性懲りもなく」

「そうだ。忘れてたっす。あの女、エステルを殺そうとしてた。エステルが危ないかもしれないっす」

「何となく予想してたよ。アズヴァルちゃん、昔っから何故かエステルを目の敵にしてるんだよね」


 あんまり悠長にしてられないね、と魔王は言って、階段を登っていく。少しだけそれを眺めて、立ち上がる。それから、フォマは死霊たちを門の中にしまう。なんだか前より調子が良い。


 人間やめちゃったなー、とフォマはつぶやく。


 魔女になってから、どう呼ばれるのだろう。エステルは「黒薔薇の魔女」という通り名がある。そうしたら、フォマはどうなるのだろうか。


 「釘の魔女」とかだったら嫌だなあ、とフォマは思った。 





「応えろ、『無音海嶺』――!」


 聖剣が輝く。振り下ろされた聖剣は、けれど黒薔薇の魔女には一歩届かなかった。


「舐めないでほしいわ」


 魔女の操る黒い茨が、聖剣を食い止める。聖剣に力を込める。けれど、黒い茨の表面がくすぶるばかりで、一向に打ち破れる気配がしない。


「その程度の練度で、このワタシに勝てるとでも思って?」


 瞬間、横から衝撃を感じる。茨を叩きつけられた。気づいた時には遅く、カリナの体は横合いに吹き飛ばされ、宙を舞う。けれど思ったより痛みはない。見れば、攻撃された場所には光の壁ができている。


『カリナ。わたくしが援護します。あなたは魔女を殺すことだけを考えて』


 聖剣。この中にはアズヴァル様がいる。この世界の主がカリナを援護してくれている。そうだ、何を恐れることがある。カリナは自分自身を奮い立たせる。


 一度でダメなら二度。二度で駄目なら三度。絶対にこの刃は魔女に届く。だから、今出せる全部を。カリナのありったけを。ぶつける。


「う、お、お、おおおおおおおお!」


 気合を入れるために叫ぶ。なりふりかまっていられない。もっと速く。もっと強く。体中が暑くなる。よくわからないけれど、きっとこの体中を駆け巡る、熱く燃えるような輝きが、光のマナなんだろう。回せ、回して、燃やして、もっと速く。


 踏み込む。


 体がギュンと加速する。前のめりに、飛ばされた距離を一気に詰める。魔女の驚いた顔が見える。少しだけせいせいした。聖剣を振り抜く。


 黒い茨に防がれる。けれど、もっとだ。もっとマナを燃やせ。燃やして、輝いて、そしてこの魔女を倒す。


 今までびくともしなかった黒い茨が、煙を立てはじめる。少しずつ赤熱していく。


「そんな、あり得ないわ! もうその量のマナを使えるの!?」

『あら、所詮その程度の目利きなんですね。わたくしが目をつけたんですから、このくらいは当然』

「クソ売女が調子に乗るんじゃないわよ……。先に目ェつけてたのはワタシよ!」


 気づけば、足元から茨が伸びてくる。上に跳ねて躱す。体は驚くほど軽く、一瞬で空に飛び上がる。


『カリナ! 今です』


 魔女がカリナを見上げている。カリナは空で剣を構える。光を。あの魔女を燃やし尽くすだけの光を。夜の帝都に、太陽が生まれたのかと見まごうほどだった。聖剣の光が、真っ白に燃え上がる。


「アカシャを、開放してもらう」


 確信があった。今のこの熱量なら、魔女を倒すことが出来る。カリナは剣を振り下ろす。黒薔薇の魔女が茨を掻き集めて防御しようとするけれど、遅いし、足りない。


 燃えろ。


 熱量が爆ぜる。真っ黒な茨と、真っ白な光。ぶつかりあって、お互いを食い合って、お互いを燃料にして、爆発。


 吹き上がる風がカリナと魔女を吹き飛ばす。体が空中でキリモミ回転する。無理やり体を制御する。空に光の足場ができる。アズヴァル様だ。感謝より先に、その足場を踏む。踏めるということは、飛べる。向きを思い切り替えて、足場を蹴り飛ばす。


 カリナは魔女を視界に捉えて、吹き飛ぶ魔女に向かって加速する。剣を思い切り振りかぶる。


「う、ぐ、お、あああああああああ!」


 叫ぶ。意味なんかない。自分を奮い立たせるため、力を込めるため、全てを断ち切るため。


 これで、終わり。


 振り下ろした剣が、爆風を巻き上げる。衝撃。手応え。だけど、なにかおかしい。剣は魔女の体に届いていない。だって、この手に帰る感触は。


 煙が晴れれば、カリナの聖剣を受け止めたのは、同じく銀色に輝く剣だった。


 目と、目が、合う。


 まるで、水面のように透き通った翡翠の瞳が、カリナを飲み込んだ。


『お姉さま……?』


 アズヴァル様の声が響く。


 目の前の美しい人は、カリナとは大違いだった。今から夜会にでも行くかのように悠然と、背筋はピンと伸びて、その所作は優雅。まるで力を入れていないような剣も、カリナが両手で押し込んでいるにも関わらずびくともしない。


 夜風が、その美しい白雪の髪をはらはらと撫でていた。


「やー、久しぶりだね。アズヴァルちゃん。そ、ボクが魔王。ベルナドット・ザス・カルトナージュ」


 感情の読めない、底知れない目だ。今までの全能感が、嘘のようにカリナから引いていく。魔王。これが魔王。


 冷や汗が止まらない。カリナの目は魔王の目に吸い込まれるようだった。魔王の目が、カリナを捉えたまま離さない。


「いじめっ子には、お仕置きだね?」


 影の濁流が、跳ねる。

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