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勝つのはいつだって

 地獄の門が開く。


「……勝ち誇ってんじゃねーっすよ」


 フォマがそう言えば、門の奥底から震え上がるような声が響く。死霊たちの声。開いた門から、死体の兵士たちが隊列を組んでやってくる。


「うち、たった一人で聖女を殺せる、ってのが売りだって言ったっすよね。そんでまあ、その機会もなくここまでやってきて、それで? だからうちの腕が鈍った? ありえんすよ」


 かつて、異端審問官だったもの。王国騎士団だったもの。ただの町娘だったもの。旅人だったもの。


 フォマが蒐集し続けた死体の兵士たち。そもそも「眠り」とはアズヴァルの領域だ。鉛の釘を突き刺された死体は、死んだ後、魂が抜けること無く「動く屍(リビングデッド)」へと変わる。決して安寧を得ることのない、不死身の兵士たち。それがフォマの切り札。


「元はと言えば、先輩の体に入った魔王を倒すためにチューニングさせられてたんすけど……。今のアンタ、『リリン先輩がなるはずだった状態』ってことっすよね? 第四席はうちなら魔王にとりつかれた先輩でさえ倒せると……、そう言ってたっす。あのジジイは嫌いだったっすけど、でも、その予測精度は本物だった」


 たかが神聖魔法が効かない程度で、果たして聖女を殺せるだろうか。否だ。たとえ聖女を「ただの人間」に戻したところで、個人としての戦闘力が違いすぎる。リリンにあらゆる加護が無くなったとしても、百回戦って百回フォマが負けるだろう。だが、それでも、フォマは勝てる。そのための切り札。


「一人ぼっちのカミサマに、人間界のルールを教えてやるっすよ」


 アズヴァルは間合いを取ろうとして、できなかった。門から溢れ出た死霊たちが、その足をガッシリと掴んでいたからだ。


「――戦いってのは、数の多いほうが勝つんすよ!」


 まるで濁流だった。


 死霊たちが、屍人の兵が、またたく間にアズヴァルを包み込む。


「な……」


 言葉を上げる暇すら無く、アズヴァルは死者の兵隊に囲まれ、殺到され、その中に沈んでいく。地下室の扉が破れ、その外までアズヴァルは押し流されていく。


 あらゆる国の騎士団で、戦闘訓練で一番最初に覚えさせることは何だろうか。


 剣の振り方? 矢のつがえ方? 防御の仕方? 逃げ方? 違う。それは「味方を攻撃しない」訓練だ。常に味方の位置を把握し、魔法だろうが矢だろうが、剣だろうが何だろうが。旗、色、鎧。それを判別し、顔を判別し、絶対に味方を攻撃しないようにすること。それが兵士としての最低条件になる。


 だが、死体の兵士にその常識はない。たとえ傷つけても、たとえ殺しても、絶対にたった一人の敵を殺す。だからこそ強い。


 あとは、このまま魂が摩耗するまで外に出さず、殺し続ければ良い。例え神といえど、この世界に降りた時点で有限の存在だ。いつか魂は尽きて、死ぬ。もしそれを嫌って、もとの世界に帰ったとしても、それはそれでフォマの勝ちだ。神の依代になれるような特殊な人間は、そう簡単には生まれない。


 フォマはその場に崩れ落ちる。鉛の釘がある限りフォマが完全に死ぬことはない。だが、肉体が死にかけである以上、いつかフォマの魂も摩耗して、言葉も介さぬアンデッドになるだろう。


 だが、それでも生き抜いた。生き延びて、そしてアズヴァルを退けた。おおよそ完璧だ。そしてきっと、リリンがフォマを殺しに来てくれる。それで良い。


 フォマは安心して、意識を手放した。





 ふざけるな。


 アズヴァルは叫んだ。こんな簡単に、人間に負ける? それもこんな不愉快な人間に。それだけは御免だ。たとえ消滅してしまったとしても、こんな人間に負けるのだけは嫌だった。


 人の体。決して強い体でも、強い肉体でもなかった。けれど、アズヴァルがこの肉体を選んだのには理由があった。


 それは、死の間際。


 人は死の間際、いろいろなことを考え、思い、吐き出す。ほとんどの感情はアズヴァルにとって無意味だった。家族への愛の言葉。憎い相手への怨嗟、やり残したことへの後悔。すべて無意味で、だから、ただの星の流れのようなものだった。


 けれど、この女は違った。


 アズヴァルと全く同じ感情を抱えていた。


「ベルナドット様、私を愛してください」

「ベルナドット様、どうして私を選ばないのですか」


 その星は一際輝いて見えた。人間たちがベルナドットを封印して以来、ずっと人の声を無視し続けたアズヴァルにとって、それは本当に嬉しいものだった。


 つまり、ベルナドットは封印から抜け出した。つまり、人間たちがベルナドットの素晴らしさを理解した。アズヴァルは喜んだが、けれど、それは不安なことでもあった。


 かつてアズヴァルは、人間たちにベルナドットを殺させようとした。さすがのベルナドットも、死にそうになったら星の世界に帰ってくるだろうと、そう考えたからだ。


 けれど、人間の愚かしさはアズヴァルの想像を超えていた。こともあろうに、人間たちは殺害ではなく、封印を選んだ。せっかく手塩にかけて加護を与え、聖剣を与え、力を与えたというのに。先代の聖女は「魔王を殺してしまうのは、たとえ悪逆非道の存在であろうと可愛そうだ」と、そう言ってベルナドットを封印した。


 アズヴァルは怒った。そして聖女から力を奪い、決して聖職者たちの声に応えないことにした。星の世界に閉じこもった。


 だからこそ不安だった。


 もしもベルナドットを慕う人が現れたのだとしたら、ベルナドットは二度と星の世界に戻ってこないかも知れない。だから、アズヴァルは決意した。人々の世界に降りて、「お姉さま」を取り戻そうと。


 そうだ。終われない。


 まだお姉さまに「久しぶり」と言っていない。


 まだお姉さまに抱きしめてもらっていない。


 まだお姉さまを愛せていない。


 この愚かな人間は、「戦いは多いほうが勝つ」と、そう言った。そうだ。人間風情が粋がるな。ここに、今、いるのは。


「アズヴァル。この世界の、真に聖なる支配者――!」


 魂が摩耗しようと、存在の格が落ちようと。そうだ。お姉さまに会うまで終われない。もしもあの釘を投げる聖職者に敗因があったとしたら、それはアズヴァルの覚悟を見誤ったことだ。「死にそうになったら、空の上に戻る」「それで向こう数百年は、依代なんて見つからない」


 舐めるな。


 魂。存在の格とでも呼ぶべきもの。鉛の釘に抑えられたとしても、それ以上の力を溶かせば良い。それを超える力で。


 アズヴァルの周囲を眩い光が満たす。光は釘ごと死霊兵たちを溶かした。死霊兵は熱に変わり、そして炎となって、空に向かって燃え上がる。


「良いこと教えてあげますよ。――戦いっていうのは、強いほうが勝つんです」


 アズヴァルは立ち上がる。神としての力を殆ど使い果たした。このままでは星の世界に帰ることも、この世界で人間として生きることも難しいだろう。


 周囲を見回せば、そこは帝都と呼ばれる街の郊外だった。人足はなく、周囲の木々が余波で燃え上がっている。さっきの聖職者にとどめを刺すべきだろうか。いや。アズヴァルは諦める。今はそんなことに時間を使っている場合じゃない。


 消滅してしまう前に、まずは「お姉さま」に会わなきゃ。封印させてしまってごめんって、まず謝って、そしたらきっと、昔のように笑って許してくれるはずだ。


 そのためにはまず、あの不愉快な魔女を探さなければ。探して、脅して、そうして「お姉さま」のところに連れて行ってもらおう。


 けれど、何処へ? 手がかりがない。あの聖職者はのびていて、きっと拷問できるような状況じゃない。


 そこでふと、アズヴァルは思い出す。あの女が着ていた服は、この近くの学院の制服だったはずだ。見れば、街頭の明かりがあって、道が続いている。アズヴァルは死にかけの体で歩き出す。


「待っていてください、お姉さま」


 今、会いにゆきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] アズヴァル様も「真に聖なる」の使い手だったか… 学院の制服…あっ…
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