街歩き
帝国立魔導学院は広大な敷地を持っていて、おそらくその全貌を知っている生徒は数えるほどもいないだろう。
学院を郊外の方に歩いていくと、切り開かれた木々の合間を縫うように、建物が並んでいる。それなりに綺麗な建物で、それが生徒たちのための寮舎だった。
「ここ、寮舎。話は通してあんの? 多分手続きとか要るでしょ?」
「ああ。大丈夫だ。それついては話をつけてある」
そう言ったアカシャに嘘はないらしく、寮舎に入るやいなや、名前と今日から入る旨を入り口で告げれば、あれよあれよと部屋の前まで案内された。内装はそれなりに清潔で、もっと薄汚い場所を想像していたカリナは拍子抜けした。
案内された部屋はそれなりに広く、それは本来、この部屋が二人で共用するものだからだそうだ。けれど、留学生であるアカシャの部屋はたまたまあった空き部屋だから、一人でこの広さを専有することになった。
「へえ、意外と寮舎も悪くないんだね。オレ、もっと汚いところを想像してた」
「ん? カリナは寮舎に住んでいるわけではないのか?」
「いや、実家が帝都だから。そっから学院に通っている」
「そうだったのか。では、無理な頼みをしたんだな。謝罪しよう」
「……アンタ、謝罪とかできるんだ」
カリナがそう言うと、アカシャは不服そうな表情を浮かべた。
「何だ。我がそんな無作法者に見えるか」
「あ、いや。なんか偉そうな話し方するから。エルフってなんか、プライド高いイメージあって。いや、これフツーに偏見だな。ごめん。謝る」
「ははは、無法者を名乗るお前が謝罪するほうがよっぽど奇妙だ」
「無法者じゃなくて、不良ね」
アカシャは大荷物を寮舎に置く。不用心にも見えるけれど、これでいて学院にはかなり高精度の知覚魔術が走査されている。もしもこれを盗難しようという不届き者が現れても、この重量物をえっちらおっちら運んでいるうちに、たちまちお縄になるだろう。
アカシャは持っている荷物を置くと「さて」とカリナを見る。
「次は少し、街を案内してくれないだろうか」
◆
二人とも制服だった。お世辞にも品が良いとは言えないカリナが、絶世の美女であるアカシャの隣を歩くことに対する気後れが無かったかと言えばそれは嘘になる。
それはそれとして、学院に来てからというもの孤独を謳歌していたカリナにとって、友人に街を案内する、というようなことへの少なくない憧れが会ったのかも知れない。柄にもなく街の中心までやってきたカリナは、その人の多さに辟易した。
「帝都というのは本当にヒトの多い場所なのだな。噂には聞いていたが、これほどとは」
「あー、まあ。そうね」
「ここに並んでいるのは全て店なのか?」
「ん? ああ、まあ。なんか興味あるトコとかある?」
「そうだな……服が欲しい」
「服?」
うむ、と大仰に頷くアカシャ。
「我には里の服しかない。帝都では目立つだろう。この国の装束が欲しいのだ」
「つっても、制服があるじゃんさ」
「だが、これは学院での正装なのだろう? 普段からこの格好で歩き回るわけにも行かぬと考えたのだが……」
「……結構高いよ、この辺の」
「構わん。アンジャ族の代表として、見すぼらしいなりをする訳にも行くまい」
まあ、たしかに。アカシャほどの美人なら、似合わない服を探すことのほうが難しいだろう。カリナだって別に着ているものに頓着がないわけじゃない。むしろ逆で、オシャレにはかなり興味がある。
たとえば、この眼の前の美人を自由に着せ替えられるとしたら、それはさぞ楽しかろう。
「……まあ、ちょっとだけなら手伝うよ」
「本当か!? 恩に着る」
「オレのセンスで選ぶからな。文句言うなよ」
そんなわけで、カリナとアカシャは並び立って、少々洒落た服飾店の扉をくぐった。
店内はそれなりに広く、値段も高いとは言っても、貴族ではなく庶民向けの店だ。法外に高いドレスと言うよりは、市井の人々が着るちょっとしたお洒落という服を扱っている。
カリナはこの店がそれなりに気に入っていて、何度も着ている。どちらかと言えばキレイめの服……清楚な服とでも言うのだろうか。そういうのは敬遠していたが、アカシャに着せるならばこっちの方が似合うだろう。
「このへんのが、アンタには似合うんじゃない。あの白いワンピースとかどうよ?」
「……可愛らしいな。こんなものが我に似合うか?」
「謙遜しなさんなよ。アンタだったらその辺の誰より似合うだろ」
「カリナはいつも、どんなのを着るんだ?」
「オレ?」
思わぬ矛先が向いてカリナは動揺した。いつもはホットパンツや革のジャケットみたいな「品の良くない」服をよく着るから、それを留学生に紹介することに気が引けた。
「オレのことなんかどうでも良いだろ」
「良くはないだろう。カリナと並んだ時に変な服は嫌だ」
「嫌だって、なんだよ。別に……」
そこでカリナは、この留学生がこれからもカリナと行動をともにすると考えているのだと気付いた。なぜだか気恥ずかしく感じて、語調が荒れる。
「オレの服はどうでもいいだろ」
「なぜ卑下する。お前は服が好きなんだろう?」
「……なんでそう思うんだよ」
「楽しそうだったじゃないか。服の話をする時」
そう言うアカシャの純粋な眼を見て、カリナはなんだか気が抜けた。バカバカしい。大人たちはカリナの服装を「品がない」と言うけど、カリナにとってはカッコいい服だったはずだ。きっとアカシャがカリナをバカにすることはない。
「なんか、アンタといると調子が狂う」
「そうなのか? それは……すまない」
「あ、いや。ええと。ああもう。そういう意味じゃない」
とにかく、と言ってカリナはアカシャの背中を叩いた。気恥ずかしさもあった。
「そのオレが、アンタにはこっちの方が似合うって言ってんの」
「……それもそうか。じゃあ、これを買おう」
「これって、この白いワンピ? 本当に? そんな早く決めちゃっていいの? 他にも色々あるじゃん」
「ふむ。カリナはどれが似合うと思う?」
カリナはなんとなく眼を泳がせる。どれだって似合いそうだったけど、やっぱり素が綺麗だから、あまり飾りすぎないほうが良いかも知れない。逆に、ちょっと奇抜な服を着ても顔がいいから服に負けなさそうだし、ちょっと狙ったものも良いかも知れない。
「……えっと。これと、それと……。あと、そこの服と、そっちにあるカーディガン合わせてもいいかも」
「よし。じゃあそれを買おう」
「は?」
「似合うんだろう?」
そう言って、カリナが選んだ服を体に重ねながら、アカシャが微笑む。カリナは思わず顔をそらした。
「ああもう。そうだな。似合うよ」
どうも毒気が抜かれる。けれど、不思議と悪い気はしなかった。
◆
大通りを少し行った所にある、小綺麗な店。流行りの甘味を出す店で、かなり人気がある。なぜかこの店の噂を知っていたアカシャが、どうしてもと言うからやって来た。
なんとなく行きづらいと思っていたけど、興味があったのは事実だ。ここで提供される菓子は、なんともふわふわで甘くて、思わず頬がとろけ落ちるらしい。
いらっしゃいませ、という店員の声を受けながら店に入ると、まず目についたのは奥の席に座る一人の女性だった。
別に、ただの客だろう。服はきっと、その辺で買えるような、帝国風の今流行のニットで、けれどテーブルマナーは王国風だ。観光客だろうか。ともかく、あまり詳しくないカリナでも判別できるくらい洗練された所作で、背筋はしゃんと伸びている。
あんな上品にものを食べるヒトを始めて見た。とカリナは目を奪われる。けれど、何よりもその眼を引き寄せたのは、その女性の美しさだった。
カリナは信心深くはないけれど、きっと天使がいるのなら、あんな姿をしているのだろう。
白雪のような銀の髪と、水面のように透き通った翡翠色の瞳。透き通る硝子細工ような美貌。風のようにしなやかな肢体。けれど、何か薄氷の上を歩くような、薄暗い危なさが見え隠れして、それが一層美しさを際立てていた。
思わず見とれてしまっていた。貴族なのだろうか? だが、それにしては護衛らしき人は見えない。改めて周りを見れば、店内で食事をする人たちも、彼女を見つめていた。横を見れば、アカシャもその女性に眼を奪われている。無理もない。あんな美人だ。
もう一度カリナが女性に目を向けると、ちょうど女性は食事を終えたらしい。丁寧にカトラリーを皿に揃えて置いて、何やら祈りの言葉を唱える。その様子を見ていたら、不意に女性がこちらを向いた。
カリナがぎこちなく会釈をすると、その女性はズンズンとこちらに向かって歩いてくる。カリナは焦った。今、何かしてしまっただろうか。
けれど、その焦りと裏腹に、女性が話しかけたのは隣のアカシャに対してだった。
「あれ、アカシャさんじゃないですか! 奇遇ですね。どうしてこちらに?」
知り合いなの? と思わず聞こうとすると、隣に立っているアカシャは焦燥しきっていた。周囲を見回しながら、震えている。
「り、リリン様。あ、あの……エステル様は、い、いらっしゃるのでしょうか」
「もう、アカシャさんったら、そんなにエステルが苦手なんですか? 良い子ですよ」
「は、はい……」
「エステルは来てませんよ。私はベルと一緒に甘いものが食べたかっただけなので」
「そ、そうですか。良かった……」
まるで戦場から帰ってきた戦士のような安心の仕方だ、とカリナは思った。きっと、聞かないほうが良いことなのだろう。
「では、私は失礼しますね。アカシャさんも楽しんでください」
そう言って、美しい女性は去っていった。
「……あのヒト、アンタの知り合いなの?」
「…………」
カリナは、まだ震えているアカシャをなだめようと手を伸ばして、引っ込めた。代わりに声をかける。
「ま、甘いもん食べようよ。ここの奴、すげえ美味いらしいよ。オレもちょっと気になってたんだ」
「……ありがとう」
「え? 何の話?」
カリナがそう言うと、アカシャは「誤魔化すのが下手だな」と笑った。




