鍵屋の娘
おまたせしました
基本的に人生はクソくらえだと、カリナ・ランページは考えていた。
髪は派手な色の染料で染めて、体中にピアスを開けていれば、おそらく帝国人が言うところの「ヤバい生徒」ということになって、だから多分、たとえこうして授業に出席していたとしても、それは「不良」ということになるんだと思う。
たとえばカリナは不良ではあるが、決して学業成績が振るわないわけではなく、毎日講義室の最前列で熱心に魔導工学の授業を受けている名前の知らないバタ臭い彼女よりは、間違いなく成績は良い。
こと帝国人は規律を重んじる。特に魔導学院の半分くらいの生徒は軍人に成りたがっているわけだから、この規律の厳しさは納得できる。だが、それはカリナに選択権があれば、の話だ。
学問は貴族のもので、故に学院に通うのは貴族だけ。だからこそ、この学院は平民であるカリナにも開かれている。たとえばカリナが貴族の娘として生まれていたら、こんな窮屈な思いはしなくて済んだはずだ。
カリナの人生がクソくらえだとして、一番クソなのはどこかと言ったら、それは鍵屋の娘に生まれたことだった。
そして早急のクソは、学院の整備用コテージにつながる通路が封鎖されていたことだ。
学院の不必要に広い校舎を整備するに当たって、外の窓なんかを拭くためには屋根から下に降りる必要がある。だから学院には屋根の上に人が一人通れるくらいのコテージがあって(コテージという名前はカリナが勝手につけたものだ)、そこは授業をサボって管を巻くには最高のスポットだった。
しかし、何故かその前の扉に厳重な封鎖がされていて、それがまた厄介な魔導鍵だった。鍵を開けようにも魔導技術が必要で、仕組みはわかってもこれを開ける技術がない。もしもカリナがもう少し上等な家計に生まれていたら、ちょっと特殊な魔導器具だって買えたはずで、そしたらこんな鍵はちょちょいと開けられたはずだった。
けれど、鍵は開かない。カリナのような学院の爪弾きものの一部は旧校舎にたむろしているらしいが、カリナはその連中は品がなくて嫌いだった。夜になれば歓楽街で騒ぐ連中の姿をよく見る。制服を着たままだと学院にバレたときが厄介そうだが、学院の教授陣はみな自分の魔導研究で忙しい。誰かがチクったとしても、それを咎める役回りがいない。
そんでもって、制服の少女たちは高く売れるらしい。つまりそういうことで、カリナは自分の体を他人に明け渡すなんて嫌だったから、そいつらとは距離を置いている。
それで、一匹狼のカリナは良くも悪くも目立っていて、早い話がその連中に目をつけられている。だから、一人で学院を彷徨いていたらどんな絡まれ方をするか分からない。
そんなわけで、クソ面倒な朝の定時報告会なる行事に参加する運びになった。
これは軍人になってから行われる定時報告を模した連絡会みたいなもので、基本的にはやる気なさげな爺さん先生から直近の連絡を聞くだけの会だ。ほとんど形骸化していて、重要なことなんて何一つとして報告されない。教授陣用の掲示板を見れば生徒でも学院からの連絡は見られるから、本当に無駄な時間だ。
その報告会が行われている第一講義塔と呼ばれる無駄にデカイ部屋の後ろの方に、カリナは足を組んで座っていた。
爺さん先生がよたよたした足取りで壇上に立つと、しかし何か様子がおかしい。
「えー、今日はですね、皆さんに紹介したい方がいます」
少しカリナも興味が湧いて目線を壇上に向けるが、けれど爺さん先生は本題に入らない。「えー、我が帝国立魔導学院では、かねてより文化交流の目的で留学生を……」カリナは眉をしかめる。しばらく学院の歴史について講釈を垂れ流していた教授は、「さて」と本題に入った。
「エルフの里、アンジャ族からの留学生を紹介します」
魔導学院の無駄に広い学び舎には、これまた多くの生徒が通っている。
生まれも育ちも帝都のカリナ・ランページにとって、帝国の外の人間を見る機会は殆どない。だから、転入生として紹介された金髪のその少女のことが気になったのは、そのせいだったかも知れない。
長い金の髪、尖った耳。白い肌に、整った顔。
「アンジャ族のアカシャだ。よろしく頼む」
つまり、彼女はエルフで、留学生だった。
エルフが人間族の感性では美形揃いであることはカリナも知っていたけれど、実物を見れば確かに美人だ。とは言え、エルフたちが人間族の文化とは違う文化を持っていて、それですぐにキレるし頑固だということは有名だ。カリナは、それは自分には関係のないことだと首を横にふった。
だが、そういうわけにも行かないらしい。
「おや、カリナさん。珍しいですね、あなたが居るのは」
「……うす」
「丁度いい。アカシャさんに学院の説明をしてあげてください」
「……は?」
「それでは、私は忙しいのでこの辺で。では」
「え、ちょっと。なんで?」
カリナの疑問は耳に入らなかったのか、爺さん先生はそそくさと講義室を出ていく。確かに、あの教授はあれで魔導原理学の大家で、帝国軍お抱えで、研究論文が「叡智の塔」に五回も収蔵された天才らしく、忙しいというのは事実だろう。聞こえなかったのも、多分老化で、演技ではない。
呆然とするカリナの元に、多くの生徒の目線を受けても物怖じしないアカシャがつかつかと歩み寄る。
「世話になる。『イザンデの腕』にして『ラッカラの眼』のアカシャだ」
「……オレはよしといた方が良いよ」
「ふむ。……何故?」
「見てわかんない? オレってこの学院でジャンル的には『不良』なの。あの先公は生徒の友好関係なんかクソほど興味ないからオレを名指ししただけで、アンタに学院を案内できるような人間じゃない」
その言葉に、アカシャはしばらくカリナを見つめていたが、首をかしげた。
「なぜ案内できない?」
「……アブナイやつに絡まれるかも知れない、つってんの」
「ならば安心しろ。我は『イザンデの腕』だ。それに……我は本当に恐ろしい存在を知っている。カリナと言ったか。お前は心優しい人間だ」
「……エルフってのは皆アンタみたいなの?」
「……いや。我は失態を一つ犯した。アンジャ族は皆、優秀だ」
カリナはため息をつく。異文化だからか、カリナの格好にも全く動じない。
「……ま、良いけど。言っとくけど期待すんなよ。なんだっけ、えっと」
「アカシャ」
「アカシャ。オレは生活送る最低限を教えるから、分かんねーことは他のちゃんとした奴に聞きなよ。責任とかとれねーかんね」
そう言ってカリナは立ち上がり、後ろも見ないで講義室を出た。どうやらアカシャは律儀についてきているようだ。調子が狂う。カリナは頭をかいて、聞いた。
「まず何処行くの?」
「まずは寮舎を案内してくれると助かる。荷物が多くてな」
「……たしかにね。何その、クソでかい箱」
カリナも気になっていた。アカシャが担いでいたのは、まるで楽器でも入ってるかのような人間大の大きな黒い箱だ。けれど、そこには帝国技術省の紋章が入っていて、間違いなく楽器などではない。
「こちらに来た時、帝国の人間に渡された。最新の兵器らしいが、人間の兵士の前に、より繊細な操作が可能なエルフの我に試験運用をしてほしいらしい」
「ふーん。そーいうのあるんだ」
カリナには関係のない話だ。けれど、気になることもある。
「……てかさ、アンジャ族の留学生? って、ロランド聖王国の巡礼者と来るんじゃなかったっけ。教会とかに住むんじゃないの? なんで寮舎?」
純粋な好奇心からの質問だったが、それに反してアカシャの反応は病的だった。凛と澄ました表情に陰りが見え、眼に恐怖が浮かぶ。口元を震わせて、恐る恐る、と口を開いた。
「……教会に居るのは、嫌だ」
まるで夜を怖がる童女のような反応に、さすがのカリナも不審に思った。
「嫌だ? なんで? 教会が怖いって、どういうこと……?」
「駄目だ。あまり聞かないでくれ。カリナ。お前は我に気遣って忠告してくれた。だから我も忠告する。我の……いや、ロランド聖王国の修道女たちに関わるな。話を聞くな」
その剣幕に、カリナはたじろいだ。まるで風に凪ぐ木々の枝のようだった眼の前の美しいエルフが、真剣な表情で、何かを恐れている。
「……分かった。聞かない」
「ああ。それが良い。……怖がらせたな。すまない。案内を頼めるだろうか」
カリナは頷いて、寮舎の方に歩を進めた。
けれど、アカシャの忠告とは裏腹に、カリナはこの美しいエルフに興味を持ち始めていた。




