表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/55

投稿遅れてすみませんでした。お恥ずかしながら体調崩してました。

おまたせしました。

 暗闇。最初に感じたのはそれだった。


 けれど、不安はなにもない。底冷えするような冷たさと裏腹に、確かな暖かさが私を包み込んでいた。これが、影の力なのだろう。今までに感じたことがないほどの、より純粋で根源的な力。


 頭が割れてしまいそうなほどのマナの奔流に、ふと気づけば私は真っ暗な場所に居た。いや、たぶんこれは夢だ。私は真っ暗な場所にふわふわと浮いていて、ただ、漂っていた。


 きっと、これが影の力。


「リリン、おはよう」


 声がする。気づけば、暗闇は満点の星空に変わっていた。上も、下も、星が輝いている。目の前にいるのは、ベルだ。


「……ベル? ここは、どこですか」

「ボクが生まれた場所。……だと思う。ボクにもよく分からないけど、影の力はこの世界から溢れてくるんだ」


 確かに、肌を撫でるマナの感触は、いつもベルから感じるものだ。どろどろとして、少し冷たくて、けれど、温かい。


「少し、昔話をしたいんだ」


 そう言ってベルが手を差し伸べる。私はその手をとる。私たちは手をつないで、歩き始めた。


「百年前に、ボクが封印されたのは知ってる?」

「はい。それはもう……」

「その時、ボクの心臓を貫いたのが、リリンの持ってる聖剣。『鏡面湖畔』。それはアズヴァルちゃん……、ボクの妹が作った、本物の聖剣なんだ」

「アズヴァルは……ベルが嫌いなんですか?」

「うーん。どうなんだろう。逆なんじゃないかな。アズヴァルちゃんは、ボクが空から地上に降りていくのが嫌だったんだと思う」


 ベルは下を指差す。その先に、ひときわ青く輝く星があった。


「見える? あの青白い星が、君たちの住む場所。名前はないけど、空の住人たちにとっては特別な星なんだ。他の星に、ヒトは居ないから」


 ベルはそれから、すこし遠い目をする。微笑んでいるけど、何処か寂しそうだった。


「ボクはね、空の世界が嫌だったんだ。永遠で、平和で、そして安寧がある。でもね、ボクはいつしか、見下ろしていたはずの人間たちの世界を、見上げるようになっていったんだ。前が見えず、がむしゃらで、井の中の蛙。……だけど、だからこそ君たちは空の青さを知っている。ボクらの知らない世界を知っている」


 ベルの頭が、私の肩に乗る。サラサラの髪だなあ、と場違いなことを考えてしまう。今まで触れたくても触れられなかったベルが、すぐ隣りにいる。それが少し嬉しくて、私はその頭の上に、自分の頭を委ねた。


「ねえ、ボクはさ、百年前に知ったんだ。ロランド聖王国のヒトは、皆知ってるんでしょ」

「何をですか」

「カエルになったお姫様と、それを探す王子様の話」


 それは確かに、小さい頃に聞いたことがある。王子様は最後、お姫様の呪いを解こうとするけれど、お姫様はそれを拒む。お姫様は、醜く争う人間として生きていくことより、幸福にのんびりと暮らすカエルであることを選ぶのだ。


「ボクは多分、カエルだったんだよ」

「ベルが?」

「そう。それでアズヴァルちゃんは、ボクがやってることが、よくわかんなかったと思うんだよね。ちっぽけな人間たちに混ざって、人間ごっこなんかやってるから。だから、ボクを空に連れ戻そうとしたんだ」


  ねえ、リリン。そう呼ばれて、肩に乗ったベルの顔を見る。ベルは私を見上げていた。


「リリン。ボクは君を失うのが怖かったんだと思う。ううん、違う。怖かった。ボクがリリンと一緒になっていくにつれて、もしもリリンの意識がなくなったら……嫌だなって」

「私は居なくなりませんよ。私は……真に聖なるクロイライト。決して折れず、錆びず、鈍らない。だから、大丈夫です。私は、きっとベルの力がどれだけ私を蝕んだとしても、私でなくなることはありません」

「本当に?」


 ベルの目は、今までにないくらい真剣な眼差しで私を見つめていた。


「本当にリリンは、居なくなったりしない?」


 不安そうな目。空から生まれた、最悪の魔王。それなのに、こんなに不安そうに私を見つめている。その事実が、どうしてか私を高揚させる。ベルの頬に手を伸ばす。


 今度は私から口づけした。


「しませんよ。ベルは私のもの。ずっと。これから先も。私はどこにも行きません」

「嬉しいな。うん。そっか。……でもさ、ボクはやっぱり、ヒトじゃないから。わからないんだ。何も。リリンが十二聖人を全員殺しちゃったら、どうなるのかとか。ボクがリリンを手放したくない気持ちは、ヒトが言う『好き』じゃないんじゃないかな、とか」


 どうだろう。私は十二聖人に復讐したくて、ベルの手をとった。そして今の私は、たぶん、ベルを手放したくなくなっている。


 だから私は、少し卑怯になることにした。


「ベルは、どうしたいですか?」

「ボク?」

「ベルは、私をどうしたいですか?」

「ボクは……リリンを離したくない。ボクのものにしたい。でも、違うでしょ? ボクがベルのもので……」

「私じゃなくて。ベルは、私をどうしたいんですか?」


 少しの沈黙。


「……ねえ、ベル。らしくないですよ。あなたは、史上最悪で最強の魔王なんでしょう? 私は別に構いませんよ? ベルが私を、したいようにしたら良いんです」


 私がそう言えば、次に感じたのは衝撃だった。思い切り背中をうって、この空間にも床や壁みたいな概念があることに初めて気付いた。でも多分、これはベルが生み出したイメージなんだろう。確信はないけど、そんな気がした。


 私がなぜ背中をぶつけたかと言えば、それはベルが私を押し倒したからだ。ベルの綺麗な顔が目の前にあって、その金色の瞳は私を見つめている。行きが触れ合う距離に顔があって、私の両手はベルに押さえつけられている。


「本当に、良いの? ボク、手加減なんかわからないから。リリンがどうなっちゃうかわからない。ボクはリリンが消えちゃうのは嫌だ」

「だから、遠慮なんかいりませんよ」

「ボク、ずっとリリンのことを逃さないよ。ずっと、人間の寿命よりずっと長く。この星が朽ちてなくなるまで、ずっと離さない。リリンはそれでも良いの?」

「……ベルが、それを望むなら」


 そう言ったら、ベルは笑った。やっぱりベルは人間じゃないんだろうな、と私は思う。でも、それは心強かった。私はベルに出会うまで、どう生きていたんだっけ。もう忘れてしまった。


 受け入れれば、ベルはすっと私の中に入ってきた。私はベルを受け入れるし、ベルも私を受け入れる。ひょっとしたら、ベルがその気になれば、私の脆弱な意識なんて、簡単に壊れてしまうのかも知れない。でも、それをベルが望んでいなくて、私だって、そんなに簡単に消えてしまうつもりもない。


 今まで、少なからず私の中にあった、影の力に対する抵抗感。それを塗りつぶすように、真っ黒な力が入ってくる。ドロドロとした、真っ黒な力。


 視界がひらけた。


 そうだ、私は森に居た。アンザスの山地の、アンジャ族たちの集落の中央。影を吸い、私の力はどんどん大きくなっていく。目の前にはかつてマティアと呼ばれていた聖人が、息も絶え絶えに倒れていた。


 世界って、こんなに鮮やかだったっけ。


 雨。冷たいその一滴一滴をつぶさに感じ取れる。森を流れる土の匂い、木々の呼吸、潜む虫たち、雨宿りをする鳥たち。全部、わかる。


「……ど、どうして」


 声がする。目の前のマティアの言葉だ。見下ろすまでもなく、彼女の中の影のマナが無くなっているのは分かった。私がベルと話している間に、きっと全てを吸い尽くしたんだろう。


「ベルナドット様……。なんで、どうして。わた、私を……」


 みじめに這いつくばるマティア。この女は、私の居たあの教会について知っているようだった。けれど、うわ言をつぶやき続けるその様子を見れば、これ以上を聞き出すのは難しそうだった。


 ふと思いつく。今の私なら、このマティアの中身を覗けるのではないだろうか。


 ちょうど頭をイジられたがっていたはずだし、丁度いいだろう。少し頑張ってみれば、私でも影の中から腕を伸ばすことができた。ベルの作る触腕のように器用に細くはできないけれど、きっとギリギリ、なんとか耳の穴には入るはずだ。


 それをマティアに向かって伸ばす。耳に入れると、ギリギリ入る。無理やり押し込む。


「うあっ! ああ、痛、いだい! あああ、ぐっ、うう」

「ちょっと静かにしてください。結構、集中力がいるんですから……」


 ああでもない、こうでもない、と押し込むがけれど、まったく上手く行かない。


「うひっ」


 すると、マティアが虫を潰したような声をあげる。マティアの動きが止まった。


「あれ?」

(あーあ、もう、リリンったらそういうの不器用なんだから。脳みそを物理的に潰しちゃったら駄目でしょ。もう戻らなくなっちゃうよ)

「……ごめんなさい」


 少し顔が熱くなるのを感じる。流石にすこし下手だった。もう少し丁寧にやればよかったのかも知れないのに。昔から不器用で、力任せにするのが良くないと、いろいろな人に言われてきた。


「ちょっと、前よりずっと、マナを近くに感じたので……。できるかな、と、思っちゃいまして……」

(まあ、良いんじゃないかな。ボクの力も無くなったし、もう死んでるでしょ?)


 触腕を引き抜いて、直接マティアを指でつつく。全く動く気配はない。


 あまりにも呆気ない。死体を見れば、その指には指輪がある。見れば黒水晶にそっくりな石がはめてあって、ただその色は無色透明だった。


「もしかしてこれ、『黒水晶』だったんでしょうか?」

(そうかも。影のマナが全部抜けて、透明になっちゃったんだね。記念にもらっていこうよ。何個集めたのか分かりやすいしさ)

「……そうですね」


 私はマティアからそれを抜き取り、自分の左手の人差し指にはめた。


「……この死体は、どうしましょうか?」

(……さあ? 首でも斬っておけば? ゾンビになられても厄介だし)


 そう言われて、マティアの亡骸を眺める。特に意味があるとは思えないけれど、たしかにスッキリはしそうだと思った。聖剣を手に取る。何か一言かけてから首を切ったほうが良いのかな、と思って、いろいろな言葉を考えた。


「……ええと」


 聖剣を振りかぶる。


「ベルは、貰っていきますね」


 振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Twitterはじめました。よろしければフォローお願いします

山田駒Twitter

感想、評価ありがとうございます。大変励みになっております。

― 新着の感想 ―
[良い点] リリンとベルが真の意味で一つになりましたね ベルが言うにはアズヴァル様もだいぶ愛が重そうな感じがしますが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ