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嫉妬?

更新遅れて申し訳ありません。

 エルフたちは、木々の間に縄を渡し、縄と縄の間に木の板を渡し、木々の上に集落を作る。茂る木々の合間にできたその集落を、「空の街」と形容した詩人も居たらしい。


 そんな「空の街」は、見るも無残な姿に変わり果てていた。木々は黒く腐ったマナに汚染され、異臭を放っている。構造物だったであろう残骸からは火が立ち上り、人が住んでいたとはとても思えない有様だった。


 崩れた住居の中には炭化しきった人形の墨が残っていて、その被害の恐ろしさを示すかのようだった。


「……アカシャさん。その『魔物』とやらは、炎を扱うんですか?」

「否。違う。奴はまるで黒い厄災そのものだった。最初、我らはそれを殺すために火矢を用いた。しかし、我らの考えが甘かった。まるで知性のなさそうな粘液状の奴は、知性を有していたのだ。奴は火矢を飲み込み、そして吐き出した。炎はまたたく間に広がり、そして、こうなった」


 アカシャは拳を握りしめた。さぞや悔しいことだろう。アンジャ族たちは仲間同士の絆が強いと聞く。この酷い有様を見れば、部外者である私ですら眉をひそめたくなる。


「幸いなことに、奴は今、この集落の中心から動こうとしていない。だが、射程がある。その中に少しでも踏み入れたものは、一瞬で死ぬ」

「死ぬ? どういう風にですか?」

「わからないが、何か頭がおかしくなったように叫び、苦しみ、のたうち回り、そのまま動かなくなる。きっと精神に関わる魔術なのだろう」


 見ろ、とアカシャが指差す。集落の奥、高い木々から見下ろした場所。そこには、木々に絡みつくように、真っ黒く胎動する、巨大な繭があった。


「……あのマナは」

「ああ。リリン。お前のマナと同じ臭いだ。奴も最初はああではなかった。もっと悍ましく、不気味な姿をしていた。けれど、黒水晶を飲み込んでから、ああして繭にこもり、あの真っ黒なマナを放ち続けている」


 それを聞いて、私はなにかモヤモヤとしていることに気付いた。なんだろう。何か、重大なことに気づけていない気がする。その原因はどうにも分からないが、少なくとも、私はあの黒い繭を快くは受け止められなかった。


「どうするっすか、リリン先輩。精神に関わるとなると……先輩なら問題無いと思うっすけど、うちはなんていうか、ちょっと……」


 口ごもるフォマに、エステルは玩具を見つけた、と言わんばかりの笑顔を見せる。


「あら、フォマったら。あなたはてっきり、そういう手合が大得意だと思ってたのだけど? 違うのかしら」

「……エステル」

「ごめんなさい。そうね、アレは愛しい先輩には秘密なんだものね?」

「エステル!」


 秘密? その言葉に反応したのか、フォマは鋭い眼差しをエステルに向ける。だが、確かに「唯一魔王と対等に渡り合える十二聖人はフォマしかいない」というのを、十二聖人たちから聞いている。もしそうなら、精神的な魔法に対する防御手段があってもおかしくはない。


 けれど、どうしてエステルはそれを知っているんだろうか?


(……エステルは見たことがあるんじゃないかな。多分)

(ベル? けれど、ずっと長い付き合いの私が知らないんですよ?)

(そりゃ、リリンに見せるにはちょっと恥ずかしい……か。もしくは見せたくないほど醜い方法とか?)


 私は少し考える。見せたくない、なんてあるだろうか。私はベルに弱みを見せたくないと思うけれど、それはフォマが私に親しくしてくれる感情とは違う気がする。だって私は、フォマが頼ってくれないことに対して悲しい気持ちになる。


(いいや、きっと同じだよリリン。ボクだって、リリンにかっこ悪いところは見せたくないもの)

(ベルが私に弱みを見せたくないからでしょう)

(ええ? ボクら、もっと仲良くなれたと思ってたんだけどなあ。ボク、ショックだよ)


 ベルが私に絡みつく。まるで後ろから抱きつかれるように、ベルの声が耳元で聞こえる。吐息。背筋にゾクゾクとしたものが走る。ベルの黒いマナが、私の心臓を、血液を、脳を、侵食する。


(ねえ。フォマちゃんが可愛い気持ちもわかるしさ、ボクだってエステルが可愛いしさ、でも……。今のボクはリリンのものじゃないか)

(……けれど、私はベルのものじゃない)

(ボクのものだよ。リリンは誰にも渡さない。たとえリリンが嫌だって言っても渡さない。分かってるでしょ。……ねえ? その上で聞くんだけど。フォマとボク、リリンはどっちが大事なの?)


 真っ黒なベルが、私の心臓を鷲掴みにする。


(きっとリリンとフォマちゃんは決別する。リリンはフォマちゃんを殺そうとするし、殺し合う。でも、ボクは違う。ずっとリリンと一緒にいられる。永遠に)

(……嫉妬ですか? ベル)

(……嫉妬?)


 急に、ベルの力が引いていく。すっと視界が明るくなって、心臓の圧迫感がなくなった。


(……ベル?)

(嫉妬? ボクが? 無い無い。だってボク、魔王だよ? ボクが嫉妬なんかするわけないじゃない。だって、ボクに手に入れられないものなんかないんだもの。嫉妬されても、することなんか無い)


 ベルはそう言う。きっと実際に、ベルに手に入らないものなんて無かったんだろう。私だって、どこかでは分かっている。ベルが私の中に入ってきたあの日から、私はきっと、もうベルに逆らえなんかしないということを。


 けれど。


 少し、嬉しくなっている自分自身に気付く。どうしてだろう。ベルは本当に私のことが大好きで、心の底から欲しいと思っていて、独占したいと思っていると、そう分かったからだろうか。そうだ。だって、今のベルは絶対に嫉妬していた。可愛いところがある。ちょっとだけ口角が上がる。


 そう思って、首を振る。そんな訳はない。だって、ベルは魔王で、私は私だ。たとえ聖女でいられなくなっても、私は真に聖なるクロイライト。たとえどれだけ私に心を許していたとしても、ベルの目的は私の体なんだから。渡すわけには行かない。


「リリン、大丈夫か?」


 聞こえる声にハッとする。アカシャだ。相変わらず表情は読めないが、心配してくれていることは分かる。急に黙ってしまったから、心配させてしまったのかも知れない。


「……すみません、大丈夫です。少し考え込んでしまっていて」

「無理はするな。お前のマナが乱れているのを感じた。あの『魔物』に感化されたのかも知れない。一旦離れよう。我らアンジャ族も、一度援軍を待ってから戦う。英気を養え」


 そう言って、アカシャは私たちに背を向ける。少し歩いた先で振り返り、こっちだ、と腕で示す。私はフォマとエステルに目配せをする。二人はアカシャについていく。


 私は、木々の奥底に見える黒い繭を見る。きっと、ベルの魔力が宿った黒水晶を魔物が吸って、おかしくなってしまったのだろう。マナは乱れ、荒く、今にも途切れてしまいそうだ。けれど、そこに眠る圧倒的なまでの暴力性はそのままで、ああ、あれはベルなんだな、というのは私にも理解できた。


 なんだろう。やっぱりモヤモヤする。私は何に引っかかっているんだろう。


「リリンさん、大丈夫?」

「リリン先輩、行くっすよ!」


 エステルとフォマの二人に声をかけられて、顔を上げる。どうも余計なことを考えてしまう。アカシャの言う通り、あの黒い繭の影響を受けてしまっているのかも知れない。


 繭に背を向けて、皆についていこうとしたその時だった。声がした。


『……ま』


 奥底から響く、声。分かる。聞いたことがある。私はこの声を知っている。鼓動が早くなる。心臓がうるさい。駄目だ。早くここから立ち去らないと。


『……ど……ま』


 真っ黒な影のマナ。どろどろとして、恐ろしく、けれど温かい。感じ慣れたベルのマナ。それに乗って、ベルの物でも私の物でもない声が聞こえる。


『ベルナドットさま』


 振り返る。


 辺りは、知らない間に真っ暗になっていた。


 そして、私の視線の先には一人の女が立っている。


 長いボサボサの黒い髪。隈のみえる不健康な目。病人と見まごうほど白い肌。けれど背は高く、スラリとして。女らしい起伏に富んだ体つき。私は知っている。体中に虫のような真っ黒の何かが絡みついていて、背中から得体のしれない無数の腕が生えているけれど、それでも、私はこの女を知っていた。


 眼と眼が合う。


 女は、口角を上げた。


『会いたかった、ベルナドット様。……もう一度、私の頭をメチャクチャにしてください』


 そこには、居た。


 第十二席だった女。マティア・コルンが、変わり果てた姿で居た。

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