再会
「お会いしとうございました。ベルナドット様」
そう言って、頭だけになったミルイは涙を流した。困惑する私をよそに、ベルはその言葉の意味を理解しているようだった。
(リリン、体を貸して)
(後でしっかり説明してもらいますよ)
(ありがとう)
瞬間、黒い力が奥底から湧き上がる。責任があった。ボクが魔王である以上、配下の忠誠を裏切るわけには行かない。ボクは魔王。史上最悪で最強で、イチバン美しくてカッコいい、ベルナドット・ザス・カルトナージュ。
「……何が有ったか良く分からないけれど、ボクの可愛い可愛いエステルを、よくも虐めてくれたね」
第十一席のシモンは、随分な有様だった。再生はまったく間に合っておらず、体中に血をにじませて、顔すらまともに出来ていない。けれど、分かる。このいけ好かない魂の在り方は、ボクを百年前に封印した奴らとよく似ている。
「前より魅力的になったじゃん、シモン君?」
「……魔王か」
「そ、リリンじゃなくて悪かったね。どういう理屈か知らないけど、痛みが感じられるようになったんだ。前のスカした顔よりよっぽど良い。苦しみに歪んだ顔。そっちの方がずっと良い」
ボクの玩具箱が、足元から部屋中に広がっていく。
「……あっしにとっても都合が良い。お恥ずかしい話だが、限界でござんして。ここまで来たということは、十二席は敗れたのでござんしょうが……。そのまま逃げてくれなかったのは好都合。あっしの最後の一振りで、その首を貰い受ける」
そういうシモンの構えは、今まで見たことの無い構えだ。腰を落とし、切っ先を地面に向ける構え。この場で使うということは、相当に自身のある技なのだろう。
(ベル、気を付けてください。あれはシモンの一番疾い剣。『無明』の構えです。目で見てから躱すのは不可能だと思ってください)
リリンの忠告。それは厄介そうだけど、それだけだ。本当に人間というのはわからない。命を懸けて、ボクみたいな格上に挑んで、それもこんなに分の悪い賭けを。
勝負がつくのは一瞬だろう。場を満たす緊張感。でも、まったく足りない。
ボクが瞬きをした瞬間、マナが揺らぐ。つまらない。ボクが目を閉じた瞬間なら、ボクの死角をつけるとでも? くだらない。命を懸けた局面で、そんなつまらない攻撃をするなんて。
リリンはああ言ったけれど、まるで欠伸の出るような、退屈な攻撃だった。見えきっていて、底が透ける。ボクを足止めしていた、あの時の方がずっと厄介で、強敵だった。
シモンの踏み込みは、ボクには届かない。ボクの玩具箱から伸びた無数の黒い腕が、シモンの振った刀を絡め取って、止めていた。切っ先はボクの鼻先で止まっている。
「残念だったね、シモン・ジン。キミの人生は、ボクには全く届かない」
「――無念」
シモンの体を、折りたたむ。『紙細工』。こういうタイプの感情は、今までコレクションしたことはなかった。駄作だけど、まあ良いや。リリンの望みは十二席を全員殺すことだ。一応、玩具箱には入れておいてやろう。
シモンは綺麗な紙細工の小箱になって、そのままボクの玩具箱に沈んでいった。
「さて、エステル? キミはどうしてミルイちゃんの体に入ってるの?」
「話が長くなりますわ。……ねえ、フォマ? ちょっと手伝ってくれないかしら」
そう言ってエステルが見るのは、部屋の隅で立ち尽くしている薄紅色の髪の少女だ。
「……リリン先輩」
「お? もっかしてリリンの知り合いなの? なんだかボクと趣味が合いそうだから、てっきり『こっち側』だと思ってたんだけど」
ボクがそう言えば、リリンが強引に体の主導権を取り返した。
(ええ、そうですよ。第八席のフォマ・キルシュヴァッサー)
(へえ。そうなんだ。全然聖職者っぽくないね)
「フォマ。どうしてあなたが、南アンザスに居るんですか?」
「リリン先輩!」
フォマの顔がぱっと明るくなって、小走りに近づいてきて、そして私を抱きしめた。
「リリン先輩! 良かった……リリン先輩だあ……。本物だあ……」
「ちょっと……フォマ」
やめてください、と言おうとしたけれど、思った以上にがっしりと抱きしめられている。南アンザスはフォマの管轄ではないはずだし、何より、もしも私と聖剣が不在の状態でベルを倒すのなら、フォマは列聖委員会の切り札のはずだ。こんなに中途半端なところで切るだろうか。
けれど、私に抱きついてボロボロと泣いているフォマを見れば、どうも私たちの命を奪いに来たようには見えない。
「フォマ、あなたは私を殺すために来たんじゃないんですか?」
「違うっす! うちが先輩を殺すわけないじゃないっすかあ! 先輩……先輩はうちのこと好きっすか?」
「……ええと?」
「……そっすよね。先輩がうちのこと大事にしてくれたのは、先輩の精神に魔法がかかってたからっすよね……。先輩は別にうちのこと……」
「待ってください。フォマ。私は逆に、あなたが私を騙しているのかと……」
「違うっす! うちはホントに、心の底から先輩のことが……!」
と、そこで静止の声がする。
「いつまでやってるのかしら。フォマ、手伝ってって言ったでしょ。聞いてなかったの?」
「……エステル、なんで死んでないんすか」
「ワタシは魔女よ? 首を切られた程度で死ぬわけないじゃない」
良いからそれ、ちょっと取ってくれないかしら。とミルイが指差せば、そこに転がっているのは体のほうだ。
フォマは渋々といった風に私から離れると、その体を引きずるようにして持ってきた。
「ちょっと! ワタシの大事な体なんだから、もっと大切にしてよ」
「注文が多いっすね。魔王サマにやってもらえば良いじゃないすか」
「そんな畏れ多いことできるわけないじゃない!」
体と頭が近づくと、それぞれの切断面から蔦のようなものが伸びて、絡み合う。そうして頭は体に吸い寄せられ、やがて綺麗にくっついた。
「ふう、ようやく戻れたわ。フォマ、ありがとう」
「はあ、まあ良いっすけど。……それ、うち必要っすか?」
「距離が離れると戻れないのよ。まだこの体にも馴染んでないし……」
フォマとミルイ……いや、ミルイのような見た目をした少女は親しげだった。ミルイは、どうなった?
「ああ、そうだ。リリンさんはワタシを知らないのよね。ワタシはエステル・レカンフルール。ベルナドット様に仕える魔女なの」
「ベルにですか? ……どうしてミルイちゃんの体を?」
「勘違いしないでほしわ。ワタシは別に、無理やりミルイの体を奪ったわけじゃないのよ。約束したの。ミルイを幸せにする代わりに、体をちょうだい、って。ミルイだって消えてないわ。今もワタシと一緒よ」
いろいろなことがありすぎて、よく分からなかった。
「……ベル。約束ですよ。説明してください」
「エステルはボクの配下だよ。まさかまだ生きてるとは思わなかったけど。ちっちゃい女の子の体を取っ替え引っ替えするのが好きな変態だから、今回はミルイちゃんだったってことじゃないかな」
「あらやだベルナドット様! ワタシを変態みたいに! ちゃんと前のナーヤはお婆さんになるまで使ったのよ!」
頭痛がひどかった。ミルイちゃんがベルの配下の魔女と一緒になって、なぜかフォマも私を追ってきた。そもそもどうして、フォマと魔女が仲良くしているのかもわからない。
「エステルさんと……」
「リリンさん、ワタシのことはエステルでいいわ。あなたはベルナドット様の大切な方なんですもの」
「……エステルは、どうしてフォマと一緒に行動していたの?」
私がそう尋ねれば、エステルとフォマは顔を見合わせた。やがてお互いに頷いて、ニコニコと誤魔化すように笑う。
「それは秘密っす」
「それは秘密よ」
「……そうですか」
ふと、辺りが明るくなってきていることに気がついた。夜が明けたのだ。
「夜が明けてしまいましたね。できれば人の目がないうちに出立したかったのですが」
(まあ良いじゃない。十二聖人も一人殺せたし)
確かに、残す十二聖人はあと十人だ。……けれど。フォマを見る。フォマは私に見られていることに気付いて微笑む。
私に、フォマは殺せるだろうか。
「リリン先輩、うちは全力で先輩が幸せになる手助けをするっすよ。そのためなら何でもするっす。十二聖人に復讐したいっていうなら、手伝うっす。もしも列聖委員会が全員憎くて殺したいなら、その手伝いもするっす」
フォマは私の手をとって、自分の心臓に引き寄せた。
「もしもうちを、殺したいって、リリン先輩がそう望むなら。……その時は、うんと苦しめて、うちのことを殺してください」
そんなことはできないと、そう言いたかった。けれど、どうしてかその一言が言えなくて、私は曖昧に微笑むことしかできなかった。
その時、ふと声がした。
「ミルイ! ミルイ! 返事をしてくれ!」
その声には聞き覚えが合った。野太い男の声。ミルイの父、カンタラの声だった。




