同盟のふたり
村の中でも、特に大きな土地。一面の小麦畑の真ん中に立つ、大きな家。
農地改革の前には、この辺り一帯の大地主だった村長の家だ。家が立つ土地も広く、塀の周りには堀があって、簡単な砦のような作りだ。
村長の顔は、ミルイもよく知っていた。だらしなく太った、豚のような男だ。髭はいつも几帳面に剃っていて、目つきはギラギラとしていて、正直、ミルイはあまり彼が好きではなかった。
そんな村長の住む家に、静かにやってくるふたつの影。
ぶかぶかのローブを纏った薄紅色の髪の少女と、まだ年端も行かない幼い少女。
「……で、リリン先輩に合う前に片付けときたい用事ってのが、ここっすか?」
「ええ。そうよ。ワタシと約束したの。お父さんを苦しめたものを、全て消さないといけないから」
「エステルの入ってるその器の、お父さん?」
「器だなんて酷いわ。言ったでしょう? ワタシとミルイは、一つのものなのよ」
そっすか、とフォマは投げやりに答える。ミルイちゃんとやらが、リリン先輩に可愛がられていた女の子なのは知っている。リリン先輩が悲しむなら殺しておきたいけれど、この器がそのへんに転がっていたら、それこそリリン先輩が悲しむだろう。
保留。とりあえず保留だ。エステルの生殺与奪を握っているのはフォマではなく、リリンだ。少なくともフォマの中ではそうだった。
「じゃあ、ちゃっちゃと用事を済ませちゃいましょうよ。うち、はやくリリン先輩に合流したいんで」
「あまり焦らなくても時間はあるわよ。あのお方は、まだそれ程遠くには行っておられないわ」
「どうして?」
「あら、フォマの方が詳しいんじゃない? あなたの元同僚でしょう?」
「……マティア姉さんっすか」
この辺に居る元同僚と行ったら、マティアかシモンのどちらかだろう、とフォマは推測する。シモンの体はリリンが微塵切りにしていたから、今リリンを足止めできるとしたら、第十二席の彼女だけだ。
「嫌だなあ。マティア姉さんは好きだったんすけどねえ。……リリン先輩に手を出したって言うなら、丁寧にぶち殺さないと。まあいいや、うちの兵隊にはおっぱいが足りないと、常々思ってたんすよ」
「兵隊って、あの趣味の悪い?」
「魔女に趣味の話しされる筋合いないっすよ」
それもそうね、とエステルは笑う。
「ワタシも、『趣味の悪い』ことをするためにここに来たんだもの」
「うちは何すれば良いんすか」
「ここに居る人間を、全員殺したいの。できるだけ苦しめて」
「はあ。まあ、苦しめるのは別に良いっすけど、良いんすか? 復讐とかしたいなら、うちが手を出すのもったいなくないっすか?」
できるなら、全員自分の手でじっくり殺したげたいでしょ、と事も無げに言うフォマ。それを見て、いよいよ我慢できない、といった風にエステルは吹き出した。
「フォマって、本当に聖職者だったの?」
「なんすか。どうせ生臭坊主っすよ。十二聖人だって、なりたくてなったわけじゃないっす」
「ふうん。でもあなたなら、それで正解かもしれないわ。だってあなた、昔の仲間によく似てる」
「仲間? 魔王の?」
「ええ」
フォマはどうでもよさそうに「ふうん」と相づちを打って、それからすぐに「結局の所、つまり全員即死しない感じの致命傷で転がしときゃ良いんすね?」と確認する。
「もう、そんなに急がないでよ。せっかちな女はモテないわよ?」
「はあ。うち、そんなモテたがってる卑しい女に見えるっすか? うち、尽くすタイプなんで。リリン先輩に拒否られようが何されようが、リリン先輩のために生きてける女っすよ」
「ふうん? そんなこと言う割には、嫉妬してるみたいに見えるけど?」
「は?」
二人は睨み合う。
「フォマ、嫉妬してるじゃない。ホントはリリンさんに殺されてる人たちが羨ましいんじゃないの? ホントは、十二席のマティアだって、自分で殺したいんじゃない? そして、リリンさんと一緒になれた、あのお方にさえ嫉妬してるんだわ、あなた」
「そういうエステルだって、魔王に気に入られたリリン先輩に嫉妬してるんじゃないすか。それで、リリン先輩に憧れてるミルイちゃんの心とごちゃごちゃに混ざって、今自分が何をしたいのかすら覚束ないんじゃないんすか」
しばらく睨み合った後、二人は同時にため息をついた。
「とりま、エステルの用事終わらせちゃいましょ」
「そうね。どうせここで争う意味もないし」
二人は玄関の扉を開こうとして、鍵がかかっていることに気付く。フォマが踵で地面を三回叩く。「破壊しろ」と言えば、フォマの背中に真っ黒な扉が現れ、そこから首のない兵隊たちが姿を表す。ぞろぞろと隊列を成す兵隊たちは、自分たちの体を気にすること無く、思い切り扉に突進した。
何度かそれを繰り返すと、扉は大きな音を立てて吹き飛び、倒れた。
その音に気づいた、見回りだろう傭兵たちの声がする「玄関だ!」と。おそらく、村長が個人的に雇っている私兵だろう。
「へえ、村長さんとやらは随分と心配性なんすね。雇う金もそこそこするっすよ」
「ええ、お金持ちなのよ。村長って。……丁度いいんじゃない? 帝国に行くにしろ、先立つものは必要だし」
傭兵の数だって、それほど多くはないだろう。声がしてからの集まりの悪さを見るに、練度も高くない。フォマが殺し方の算段を立てていると、奥の扉が開いた。
「何の騒ぎだ……」
と声がして、そこにいたのは若い男だった。
「エステル? 村長ってあれっすか?」
フォマが指をさすが、エステルが答えるまでもなかった。その男は、フォマとエステル、そして背後に並んだ首なしの兵隊たちに驚いたのだろうか。その場で腰を抜かして、へたり込んでしまった。
「……ミ、ミルイ。な、なんでここに居るんだよ」
「あら、お兄様。そんなに怖がらないでほしいわ。ワタシも傷つくのよ?」
なるほど。フォマは何となく察した。この兄妹の関係は、あまりよろしく無かったらしい。
「どうするんすか? やっぱ親族こそ自分の手でグチャグチャにしたいとかあるっす?」
「別にいいわ、こんな小物。だって、魔女に救われたワタシを気味悪がって、恐ろしくて、一緒にいられなかった唯の臆病者ですもの」
「ふうん。まあ傭兵も集まってくるだろうし。……じゃ、ここはうちに任せといてくださいよ。全員ちゃんと殺しとくっす」
「心強いわ。……あと、ただ殺すのは駄目よ? ワタシの復讐なんだから。ちゃんと苦しめてあげてね?」
大丈夫大丈夫、フォマは手をひらひらと振る。
「うち、苦しませないほうが苦手なんで」
そう言って、ローブの下から釘を取り出した。
◆
入り口をフォマに任せて、エステルは奥に進む。背中の方からは小気味良い悲鳴が聞こえてきて、その言葉に偽りなし、という感じだった。
それにしても、釘が武器なのか。太くて長い釘、使いみちは良くわからないが、ナーヤが貼り付けにされた時の釘も、あんな感じの大きさだった。ひょっとすると、異端審問官たちの間では珍しい武器でもないのかも知れない。
歩いていけば、人の気配を感じる。ミルイだったころには、絶対にわかるはずのない気配。それを辿れば、どうやら目の前の扉の向こうに人がいるらしい。
部屋の作りから考えても、きっと寝室だろう。村長が寝ているのかも知れない。そう思って耳をすませば、その奥からは声がする。人の声。
男の声と、女の声。
怒鳴るような男の声と、泣き叫ぶような女の声。水気混じりの音。
部屋に鍵はなかった。そのまま扉を押せば、簡単に開いた。
そこに居たのは、村長とミルイの母だった。裸の村長が、裸の母に覆いかぶさっていた。扉の音に気づいた二人の視線が、こちらに向く。
「――なるほど」
ミルイのものか、エステルのものか。よくわからないけど、最初に出たのは間抜けな一言だった。何がなるほどだ。何一つ納得できない。
「ミルイ、違うの! これは……」
「黙れ」
「聞いてミルイ。お母さんはあなたも、お父さんも愛していて……」
「黙れ」
「だって、こうしないと、あなたが魔女だって、異端審問官に密告するって脅されて!」
「黙れ売女!」
この間、久々に母に会った時、綺麗な服を着ていると思った。効果そうな宝石を身に着けていると思った。あの日からお父さんの元気がないと思った。気付いてたんだ。お父さんは全部わかっていた。分かってて、ミルイを守るために黙っていた!
冷たいものが、奥底から湧き出てくるのを感じる。
「……愛せないなら、最初から生んでくれなきゃよかったのに」
体中の血管が沸き立つ。細い根が体中を這い回る。体中に茨の蔦が絡まって、突き刺さる。痛い。痛いけれど、どうでも良い。真っ黒な蕾がエステルの、ミルイの体じゅうに満ちて、そして花開く。真っ黒なバラ。
黒薔薇の魔女。エステル・レカンフルール。
「ま、魔女……」
母と村長は、その場から動けなくなってしまったようだった。見ればシーツが黄色く染まっていて、それは行為の結果なのか、それとも恐怖の結果なのかはわからないけど、とにかく、ひどくムカついた。
茨の使い方は、簡単に分かった。少し念じてやれば、それは二人の体に絡みつき、締め上げる。茨の棘が刺さった肌からは、真っ赤な血が流れ落ちる。
「ゆ、許して。ミルイ。違うの。これは、違うの」
「もう良い。何も聞きたくない。言い訳なんかどうでも良い」
「ごめんなさい、ミルイ。お母さん、なんでもする。お父さんにだって……」
「お前がお父さんをお父さんと呼ぶな!」
ミルイの怒りに応えるように、エステルの茨が、二人の柔肌に食い込む。その茨は皮膚の内側に入り込み、その中身を削り取るように、皮膚の下を這い回る。叫び声。母の声だ。ひどく不快だった。
「黙れ」
叫び声は消えない。それはそうだろう。だって、痛いに決まっている。
「黙れ」
でも、不快だ。聞きたくない。何も聞きたくない。
「黙れ」
ふと、声が小さくなった。
見れば、母だったはずの女の体が、まるで植物のようになっている。色とりどりの美しい花が、彼女の体中に根を張り、咲き誇っていた。ミルイはこれを知らない。こんなことは聞いたこともない。
だけど、ワタシはこれを、知っていた。
「――『花の宝石箱』」
一人の人間が、花束に変わった。




